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仕方がないので、僕は長靴を履いたまま、国王陛下のところに行った。長靴を履いた僕。なんちゃって。
「この鳥とウサギは、ガラバ侯爵から陛下へお贈りするよう授けられたものです」
物語のネコみたいに恭しく会釈すると、国王陛下は大いに喜んで、感謝の念をガラバ侯爵に伝えるように言われた。はーい、了解しました。
何しろこの場合僕がガラバ侯爵なわけだからね。伝える必要がない。何だか変な気持ち。頼んだお使いに自分で行ってるみたいだ。
数日くらい経ってから、僕はもう一度手をバンソウコウだらけにして袋を縫い、ヘトヘトになりながらウサギと鳥を追った。裁縫も狩りも、一回目の時よりはマシなものになったと思う。ナイフを投げる動きも様になった。んじゃないかなあ。ナイフ投げってあんまり刺さらないって効いたけど、僕が投げたナイフは獲物に見事ブスッと刺さって次の瞬間にはお亡くなりになっている。
夢のセカイだからなあ。努力が報われるわけだ。素敵だよなあ、努力が報われるっていうのは。あいにく僕はロクに努力をしない人間ではあるけれど。雪華のためなら、火の中、水の中さ。
こうして僕は何十日も鳥やウサギを追いかけては捕まえて、国王陛下に贈った。そうして、ある日、ネコの助言の通りに行動して、晴れて王様の娘、つまり雪華とようやく出会うことが出来たのだ。
僕じゃなくて、ネコが。
ちょっと、いや明らかにおかしいことを言っているけれど、嘘じゃない。どういうこっちゃ。
何故かネコが川で水浴びしてて、僕の方が「大変だ! ガラバ侯爵様が溺れてる!」って叫ぶ方だって時点でおかしいとは思ったけれど。ネコと共に去っていく王様達を背後から見送りながら、おかしな事態に転がっていくのを口を開けて実感していた。
去り際に僕の方を雪華がチラッと見て、気にしていてくれているのを実感できたのは救いだった。立葵みたいに上品な桃色のドレスを着て、銀のティアラを被った彼女は、僕の想像よりもずっと可憐で、花の香りがして、散った花びらみたいにそのままセカイの向こうがわへ飛んでいってしまいそうで・・・・・・。
とにかく、美しかった。よく考えたらネコじゃなくて僕が苦労して狩りをしている時点でおかしいんだよね。立場が逆転している。
意味もなく川に入って、ザバザバと溶けたガラス色の川面を蹴り上げた。水しぶきは一瞬だけセカイの空中に跳ねてキラキラと輝いて、儚い一生を永遠に僕へ焼き付けて消える。水を意味もなく蹴るのは、雨の日の帰り道の密かな楽しみだった。長靴は水が染みてこないから、水溜まりをよけなくても大丈夫。
歩く面積が増えただけで、小学生の頃の僕はとても偉い人の気分になれたのだ。まてよ、長靴・・・・・・。まさか、立場が完全に逆転してしまったのは、この長靴のせい?
ないとはいいきれない。元々の長靴を履いたネコっていうのは、もちろん長靴を履いているから長靴を履いたネコなわけであって。もしあのネコが長靴を履いていなかったら、ただのネコになってしまって、忠義を尽くすという役割が成立しないんじゃないか?
そして、迂闊にもネコの長靴を履いて、お話の真ん中まで忠義を尽くしてしまった僕は、人間なのに長靴を履いたネコの位置に収まってしまったのでは?
嘘みたいな、ホントの話。いやここは夢のセカイだから、嘘みたいな、夢の話なのかな。
そんなことはどうだってよくて、今重要なのは僕が王子様じゃなくなってしまったということだ。実際はガラバ伯爵だけど、お姫様のところへ行く僕は、いつだって王子様なんだ。そうは見えなくても、気持ちがそうなら王子様なんだ。
王子様の僕は、お姫様をなんとしても奪還するために、動かなくてはいけない。さて、どう動くべきか。
思案したけれど、とりあえずは元の話に忠実な動きをすることにした。トホホ、僕ってヘタレ。そもそも人間がネコの代わりやってるネコ人間状態な時点で忠実も何もないだろうけれど。
お姫様をさらうなら、連れて帰るお城がないとね。
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