そんなわけで、僕は牢屋に叩き込まれてしまいました。何故「僕」はなのかというと、雪華は入っていないから。妹だから魔女にこきつかわれるんだよね。そして僕は魔女のおいしいご飯としてテーブルに乗っかる(もちろん調理済)前にぶくぶく三匹の子豚の長男みたいに太らされてしまうと。


「仁にいさま、お食事の用意が出来ましたよ♪」


 僕専属のメイドみたいな口調で、雪華が食事を乗せたお盆を持ってやってくる。牢屋の鉄格子越し、ところどころが切り取られた状態で見ても雪華は未完成という感じがしない。


 むしろ全体がしっかり見えないことでよけいに見える部分の美しさが引き立つというか。色気のある格好をしてるわけじゃないけど、こういうのもチラリズムって言うのかな。


 雪華は猫が一匹通れるくらいの、食事を出し入れする為の穴越しにご飯を差し入れてくれた。籠に入った山盛りのパンは、焼きたてらしくふっかふかの、おいしい匂いを暗い牢屋の中いっぱいに振りまいていて、異様に大きな器に入ったクリームシチューは、大きな鶏肉がゴロゴロと転がっていた。


 おまけにミルクの入ったカップと、リンゴが丸々一個ついている。パン一個を半分こしていたのを考慮すれば、ものすごいご馳走だ。


「雪華は食べないの?」

「仁にいさまの食べている姿を見ているだけで、雪華は胸がいっぱいなのです♪」

「うれしいこと言ってくれてるけど、だいじょうぶなの?」

「だったら、あーんしてください、あーん♪」


 目を眠るときのように閉じて、小さなお口をいっぱいに開けて、雪華はご飯待ちのお顔になった。忙しなく雛にご飯を運ぶ親鳥の気持ちもわかる気がする。パンを半分ちぎって、牢屋の柵越しに雪華へ差し出す。


「んぐんぐ・・・・・・・」


 小さな口いっぱいにパンを頬張っているのを見ていると、僕も幸せな気持ちになるなあ。 あれ、似たようなことをさっきもやったような。


 ま、いっか。パンを租借しきるのを待ってから、シチューの器を持って、ひとさじ雪華の口に運ぶ。


「中々にクリーミィな味わいです。自分で言うのもどうかと思いますが、雪華、いいお嫁さんになれるかもです」

「それはそれは、嬉しいことだね」

「はい。ところで仁にいさま、式はいつになさいますか?」

「旦那さん僕前提!?」

「不服ですか?」

「そんなことは、ない、けど」


 反射的にシチューをすくったスプーンを雪華ではなく自分の口に入れてしまう僕。あ、マズい間接キスだ。雪華なら抵抗ないけどさ。嫌かどうかとは別に恥ずかしい。


 何だか雪華、すっごくグイグイくるなあ。元からこんなんだったかもしれないけど、昔はなんていうか、それこそ妹がなつっこく接してくるイメージに近いものがあったんだけど。


 一応は妹である今この場の方がとても直球。どっちがいいかって言われたらどっちもいいし敢えて言うなら今の方が喜ばしいけど、何か、変な感じがした。説明が上手いこといかないのだけれども。


「あんまりのんびりしてたら、魔女のおばあさんに怒られるんじゃないかな」

「問題ありません」

「どうして?」

「もうかまどで焼きましたから」

「ふーん、かまどで・・・・・・えっ!?」

「わあわあ喚いてうるさかったので」

「うるさかったって・・・・・・」


 今の今までかわいくてしょうがなかった雪華が、急に魔女よりも恐ろしい生き物に見えてきた。恐ろしくてもかわいいことに変化はないんだけれど。


 むしろかわいい顔で怖いことを言うのも、甘いお菓子にひとつまみのソルトを足すごとく、雪華の愛らしさを引き立てている気がする。甘くて辛い。かわいくて、残酷。


「こうして仁にいさまを閉じこめておけば、仁にいさまをどうするのも雪華しだいです。例えば、殺しちゃうことだって」


 花びらのような唇が、恐ろしいことを言う。僕はというと、恐ろしいことを言う若い魔女に恐怖を抱くこともなく、むしろ柵ごしでない彼女の顔を見たいとさえ考えてしまった。遮るもの無しで相対したとき、本当に僕は命を奪われてしまうかもしれないのに。


「嘘ですよ」


 少女が笑う。


「女の子は、どんなことがあったって、好きな人のことを殺せないものです」


 微笑む雪華の姿は、人魚姫のように溶けて消えてなくなってしまいそうだった。

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