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「仁にいさま仁にいさま、向こうから甘くておいしそうなにおいがしますよ」
そんな僕の服の裾をクイクイ軽く引っ張りながら、雪華が指さす。
平らなお腹から、グーと音が鳴った。
「ホントだ」
ホカホカ焼きたてクッキーのにおい。チョコレートの甘い香り。みずみずしく甘酸っぱい果物の香りなのに、どこかお菓子っぽい匂いはキャンディだろうか。僕達は花のミツに誘われるちょうちょよろしく、フラフラと匂いのする方へ歩いて行った。
「お菓子の家だね」
「お菓子の家ですね」
アイスとかについてくるウエハースの屋根が、色とりどりのマーブルチョコやホワイトチョコでデコレーションされて、あたたかい日差しの中で不思議と溶けることなく光っている。絵壁はプレーンクッキー、ドアはチョコレート、窓ガラスは透明な飴細工で出来ていた。
家の周りにはカタツムリの殻みたいな、渦巻き棒付きキャンディーがニョキニョキ生えていて、もう少し離れたところに、包みの両端をねじったキャンディーの実った木が飢えてある、違った植えてある。
「どう見ても甘いワナだよね」
「おかしだけに、ですか?」
「上手いこと言ったね、座布団一枚」
「むー、ファンタジーが台無しな言い回しは禁止ですよう」
「ゴメンゴメン」
そもそも森の中にお菓子の家がある時点で変すぎるし、ヘンゼル(本物)とグレーテル(こっちも本物)はちょっとおかしいと思わなかったんだろうか? あまりにおかしすぎて、夢か何かと間違えてかぶりついちゃったんだろうか?
それとも、空腹状態で理性もクソも、おっとっと、さっき雪華に怒られたばかりなんだった、理性も何もなくなっちゃ売ったんだろうか? かくいう僕も、地獄の底まで続いているような空腹を抱えた状態だと、百パーセント罠だって、分かりきってるのに、ぶっ壊れた理性が、腹の虫の止まらないお腹が、さあ食えやれ食えたんと食えって言ってるみたいで、今にも、手を伸ばしてしまいそうな。
ググーグルルルキュー。ちょっとまて、ググーグルルルキュー。食べたら、どうなるか、わかってるだろ、ググー、おい。いくらろくに食べてないからって、グー、こんな、グー、タネが丸見えの手品みたいな、グー、わっかりやすい、ググー、ワナにハマったら、ググググー。
「おいしい!」
「……うわちゃー」
僕が一人空腹と欲望に抗っている間に、ユキーテル(雪華グレーテルの略)は、大喜びでおうちにかじりついてましたよ、ええ。キャンディーとチョコとクッキーとケーキを一度に口に入れて、ほっぺをリスのごとくふくらませながら、モッチャモッチャやってますよ。いやーその食べ方だけは、ちょっとどうかと思うなあ。
普通なら、百年の恋も冷めちゃうと思うよ。僕は冷めないけど。甘すぎたりしないのかなあ。
もうこーなったら一蓮托生、雪華と一緒に捕まってやりましょう、つーことで、僕もお菓子を口にした……うーん、ミラクル! 素晴らしい味わいだ!
家の近くに生えてるペロペロキャンディーなんて、思わず無敵になってしまいそうなくらいのワンダフルが、口の中で甘味の妖精が飛び交っているかのように広がっていくよ。
このチョコレートのおいしいこと! パキッとかじれたかと思いきや、口の中で生チョコレートみたいにふんわり溶けて、胃の中へとするする入って行く。胸焼けとは無縁だ。
ケーキなんて、雲をかじったらこんな味がするのかなあ、なんてメールヒェンな考えが広がるくらいフワッフワで、食べるたびに空へ舞い上がってしまいそうだ。クッキーは永遠に焼きたてみたいにサクッサクで、こっちもいくらでも食べられそうだ。
「おいひいれふね、仁にいさま」
「ほら、食べカスがついてるよ」
「取ってください♪」
「はいはい、しょーがないなあ」
雪華のほっぺにくっついたクッキーのカケラを取って、口に含む。いやあ、つきたておモチほっぺから取れたクッキーのかけらはおいしいなあ、うへへへへ……。
などととてつもなく危ないことをやっていると、背後から人間なんて一口でパクリと行っちゃう大蛇のようにおっそろしい気配がしてきた。
「おやおや、どこから湧いてきたのかねえ、アタシの大事なおうちを食べるクソガキちゃん達は」
あー、そりゃそうですよね。ヘンゼルとグレーテルがお菓子の家をかじったら、持ち主のおばあさんが出てきて怒るのがセオリーですよね。
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