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思わず雪華にのしかかりそうになって、何とかついた手に力をこめて体勢を維持する。イテテテ……一体、何なんだ? 起き上がって横っ腹をさすりながら辺りを見回すと、一匹の猫がこちらをギロリと睨んで去っていった。
「どうしたんですか、仁にいさま」
「いや、なんか目を覚まさせられた」
ぱっちりと空色の瞳を開いた雪華に、僕は答える。こんなセカイで目を覚ますもクソもないと思うけどね。
一体僕たちはいつ目を覚ますんだろう。この変なセカイの中で。もしかしたらずっと、このセカイから出られないのかもしれない。一つのお話を出たと思ったら、また次の世界に足を踏み入れて。そうして、ずっと、いつまでも繰り返す。僕と雪華が何度もおとぎ話のセカイを演じたように。
永遠に。いつまでも。
「仁にいさま?」
「ああ、ゴメンゴメン」
不思議そうに首を傾げる雪華に僕の意識は引き戻されて、だいぶ危ない構図になっていた体を慌てて起こした。
「食べないんですか?」
「あ、えーっと、また、今度ということで」
「残念です」
雪華はむうっとむくれて、けれども素直に起きあがってくれた。手を差し出してエスコートしてみる。長いスカートをおさえながら、雪華は立ちあがった。
「雪華を食べないとすると、いったい何を食べましょうか」
「食べることに変わりはないんだね?」
「仁にいさまが食べてくれたら、雪華も仁にいさまを食べることが出来たのですが」
「も、もうこの話はやめようか!」
熱くなった顔をぶんぶん振り、慌てて柏手を打つと、僕は改めて辺りを見回した。ごくごく普通の森の中と言う感じだ。でも心ない人が捨てて行った空き缶弁当の空箱なんてものは見当たらず、樹の枝の影になった景色にキラキラの木漏れ日が落ちている。
もちろん僕の体にも、雪華の髪の毛にも。なんか金色の植物が朝露を受けたみたいだ。キレイ。キレイすぎて、植物と土以外のものが何もない。
「木の実すら落ちていないってどういうことなんだ」
「キノコなら生えていますよ?」
「魔女窯でグツグツ煮えてそうだね、はい却下」
「むー」
緑に白い水玉のやばそうなキノコを雪華から奪い去って、遠くへ放り投げる。なんか食った人間が一人増えそうなパワーを感じたけど、死んだらプラスマイナスゼロだからね。
いやそれにしてもお腹がすいた。腹が減りすぎて気持ち悪いってよく聞くけど、腹の部分がぽっかり空いたこの感じは一体何なんだろうね。いや実際に胃の中が空っぽだからだろうけど。
さっきのヒナギクのセカイだと、喉が乾きすぎてこっちには意識が向かなかったけどこれはこれで気持ちが悪い。にしても僕、さっきから喉が渇きすぎて死にかけたり、空腹で行きだおれそうになったりで結構ヘビーな気がする。
いっそそのへんにある草でもかじろうか。ああウサギとカメのウサギさんだったら、それが可能なのに。あのウサギは走ることしか頭になくて草食うシーンないけど。なんて愚かなんだ。
「仁にいさま、仁にいさま」
いつの間にか横からいなくなっていた雪華の声が後ろの方から聞こえて、僕は振り返った。言葉を失う。
猫足バスタブに、きれいな裸のお人形さんが入っていた。ちゃんと言うと、裸の雪華がバスタブの中に浸かっていた。
雪華は棒きれみたいに細い足を泡だらけの湯船の中からちょこんと出しつつ、バタ足の練習をする子どもみたいに、パタパタと動かした。陽の光の中で、濡れたバスタブと金色の髪と白い肩が輝いている。きっとひきつっているのであろう笑顔を貼り付けたまま、尋ねる。
「これはどういう状況なのかな?」
「妹の久しく一緒にお風呂に入っていない間にいろんなところが発達してドッキドキ★シチュエーションですよ」
「いや妹じゃないし一緒にお風呂なんて入ったこと無いし」
まあたしかにしばらく見ない間にずいぶん発達して……ウオッフォン。
「とにかくやめやめ。着替えて出て来なさい」
「むー。はーい」
ザバーッと豪快に湯船から立ち上がり、雪華は風呂から出た。普通ならたちあがった時点でいろいろヤバイあれそれが見えてしまうはずなんだけれども、不思議なことに立ち上だった瞬間に雪華はもう服を着て立っていて、風呂もまさに湯けむりのごとく消え去ってしまった。
うーん、便利といえば便利なような、雪華の発達したあれそれが見えなくて残念なような……オホンオホン!
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