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こうして雪華との交流は続いたわけだけれども、彼女と接している間も一秒何分何時間何日何ヶ月と時間はくるくる回っていくわけであり、僕はあっという間に中学生になっていた。
中学生になったら、だれに弁解する必要もないくせに、おとぎ話もごっこ遊びも恥ずかしいなあなんて、ちょっと生意気なことを考えるようになった。
だからっておとぎ話や雪華が嫌いになったわけじゃないし、相変わらず親しい友達なんてできなかったから、黒いカラスの学生服に袖を通すようになっても、雪華のところには通い続けていた。
若い植木が大木へ変わりゆくように、僕がちょっとずつ身長を伸ばしていくのに対して、雪華はいつまでも小さく、細いままだった。
気のせいもあったんだと思う。
その頃から、僕は自分のお母さんにも、雪華のお母さんにも、いつも雪華と遊んでてて偉いわねえと言われるようになった。
雪華本人にも、遊んでもらってばかりでゴメンなさいと言われるようになった。
「偉くなんかない、ゴメンなさいもいらない」
中学生だった僕には、その言葉を否定するだけで精一杯だった。
雪華が大好きだから苦にならないとは、大人にも雪華本人にも言えなかった。
ごっこ遊びの中でならどんなに恥ずかしい言葉だって言えるのに、一度王子様の仮面を捨てて舞台を降りてしまうと、「ゆきかがすき」なんて六文字の単純な言葉も、まともに言えやしなかった。
子どものままで時間が止まったような雪華のセカイが砕けてしまうような気がしたから。
六文字の言葉をココロの片隅に放置したまま、僕と雪華に別れの日がやって来た。
病気の治療のために、もっともっと交通の便のいい、大きな病院のあるところに引っ越すことになったらしい。
「仁さんとお別れなんて、イヤ、イヤ、イヤ」
その事実を知らされた日、雪華は僕の腕にしがみついて泣き叫んだが、僕にどうにかできる術があるはずもない。ただ、寂しいからって泣くのはカッコ悪いと思い、歯を食いしばって、お別れの事実に零れそうになる涙の雫を引っ込めようと必死だった。
素のままの僕のままだと、それは叶いそうもないから、僕はサッと王子様の仮面を取り出して、雪華に笑いかけてみせた。
「メールだってするし、電話もするよ。だから泣かないで、雪華」
「……はい」
お姫様は、聞き分けの良い子どものように、頷いて、涙を拭った。
それから数日も経たない内に、雪華とその家族は何台ものトラックを引き連れて、去っていってしまった。
立派な車から顔を出して、車がゴマ粒くらいの大きさになってもずっと手を振り続けていたに違いない雪華は、その空色の目からも、たくさんの雨の雫をこぼしていたに違いなかった。
だって別れるときの雪華は、今にも堪えきれずに泣き出しそうだったから。
彼女と会ったのはそれが最後。
約束通り電話もメールもしたけど、直接顔を見ることはなかった。
それもここ最近途絶えている。
メールをしても返事が帰ってこないし、携帯に直接電話をしても、電話を取ってくれないのだ。
月日の流れを考えれば、それも仕方がないことなのかもしれない。
舞台の上の王子と姫君の魔法は、春の雪のように溶けて消えてしまったのだ。
雪華が住んでいた立派な屋敷もしばらくはそのままだったけれど、誰も買い手がつかなかったからか、そのうちに取り壊されて空き地になってしまった。
他に家を建てても採算が取れないからなのか、跡地には各種草花が入れ替わり立ち代わりで生えているだけだ。今は黄色いタンポポと白いナズナの大家族が仲良く同居している。
僕もショックではあったけど、前よりは雪華のことを思い出さなくなっていた。
そのことにもショックだったけれど、カラスの学生服も代替えして、今は高校の制服に腕を通すようになって、ずいぶんと時間が経ってしまった。
昔もらった、猫のストラップだけが、彼女が存在した事を懸命に訴えているようだった。
高校に入って二度目の春。彼女と初めて会った季節も、春。
降りしきる薄桃色の桜吹雪の中を歩いていたから、寂しさを感じてしまったのかもしれない。
寂しさを感じてしまったから、昔の思い出に浸ってしまったのかもしれない。
でももう、ずっと昔のことだ。
ヒーロー気取りの、一人ぼっちの小学生はどこにもいない。
今いるのは、一人ぼっちの高校生だけだ。
夢はもう終わっている。
桜の花びらで埋めつくされた、アスファルトの歩道に転がっていた石を蹴りながらそんなことを考えていたら、ふと植木に変なものが乗っているのを見つけた。
小さなアンモナイトの化石に見えた。
びっくりしてそばに寄ってみたら、それはただの、カップケーキの下にくっついている紙、用なしになって捨てられたゴミだった。
目、悪くなってきたからなー。
ゴシゴシ目をこすってから、もう一度あたりを見回すと、枝が伸び放題の木々の葉っぱが、銀と金とプラチナに変わっていた。
パチパチ瞬きをすれば、元のお日さまに照らされた、なんの変哲もない木の葉に早変わり。目、おかしくなったかな。高校に入って、二回目の春が来て、感傷的になっているのかもしれない。
前方には桜並木。青い空に向かって咲き誇る今が見所の花は、この瞬間も地上に薄桃色をした春の雪を降らせている。
それはとても幻想的ではあったけど、べつにどこもおかしいところはなかった。
やっぱり目の錯覚だよなと流そうとしたところで、僕は次の瞬間、また信じられないものを目にすることになった。
春の鮮やかな色の花みたいに、金色の長い髪の毛。
桜の花びらを縫い合わせたような、薄い桃色のワンピース。
小さな足に、シンデレラのガラスのくつのようにピッタリはまっている赤いサンダル。
未練がましくカバンからぶら下げていた猫のストラップが、嬉しげに揺れている。
「お久しぶりです、仁さん」
終わりを告げた夢が、また始まろうとしていた。
ドキドキする。
すごくドキドキする。
ホントにびっくりすると、ドキがムネムネするなんて、コトバがくるっとひっくりかえっちゃうってきいたけど、いざそういうたちばになってみると、ドキドキであたまのさきからあしのさきまでみたされて、コトバがひっくりかえるヒマもなかった。
そのくらい、ドキドキした。
からだじゅうが、ドキドキするオトでみたされて、ほかのキカンが、やくたたずでさっぱりうごかないぶぶんもふくめて、ぜんぶドキドキのオトをつくるキカンになっちゃったみたいに。
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