第10話 チャプター3-1

【レヴィウス歴 六四七年】


[ルシーナ=アストラル 二十歳    セリア=ジル 十二歳]



この国に…この世界に神などいない。いるとしたら、全てを神頼みにして解決した気になり、自分では何一つしようとしない愚かな人間達だけだ。

 

 セリアは迷っていた。

 二年前にルシーナが言い放った言葉は、セリアのそれまで生きて来た世界の概念を大きく変え、衝撃を与えた。

 今まで自分が兄として親しみ、教えの師として尊敬していたルシーナの言葉だからこそかもしれない。ルシーナは神の教え、その存在、これまで長い年月を掛けて学び、培ってきたもの全てを否定したのだ。あの話をしたときのルシーナの気持ちは計り知れない。

 セリアはその話を聞いて、しばらくの間は良く理解できなかった。ルシーナが本気でそのようなことを言っているとは到底思えなかったからだ。

 しかし、徐々に言葉の真意を深く吟味し始めると、セリアは、途方もないことをルシーナは言っていたのだ、と気付く。

 それと同時に数多くの疑問が降って沸いて出てきた。

 その中でも最も重大な疑問は、自分の存在意義についてである。

 『姫神子』として生まれてきた自分は、やがては『最も美しいとき』に、太陽の神に嫁入りし、この国の永きに渡る平和と安定をもたらすはずの存在であった。

 だから、神の化身としての待遇を受け、太陽の神の側で仕えるに相応しい器を持っていなければならないと教えられ、これまでルシーナやファムル長老についてきたのである。

 しかし、ルシーナの言う通り、この国に、この世界に神などおらず、全てが神の意志ではなく自然の法則によって成り立っているというのであれば、自分は何のために生け贄になるというのであろう。自分が死んで何になると言うのだ? そのことがずっと頭の中を彷徨ったまま、離れないでいるのだ。

 十年前、初めにセリアの世話役を務めていたヴァナーが死に、その役目は今のルシーナへと引き継がれている。何故、ヴァナーが突然いなくなったのか、幼かったセリアには話されなかったし、当時、話をされても理解できなかったと思う。しかし、今になってあの時のことを詳しく調べてみると、ヴァナーはあの時、太陽の儀式によって生け贄になったらしいのだ。

 その頃、この国では、長きに渡って大地は日照り、不作が続き、民は飢え、苦しんでいたという。

 井戸は枯れ、食料は尽き、全ての国民は太陽と水の神殿に集まった。それぞれの神子に、神の怒りを鎮めてもらうためである。もちろん神子達も民の不安を取り除き、願いを叶えるのが自分たちの務めだと思っているので、急遽、儀式の準備が進められた。そこで選ばれたのが、長老のファムルを除く太陽の神子の最年長者でもあるヴァナーであった。 儀式は定刻通りに行われ、ヴァナーは還らぬ人となる。同時に水の神子の一人も神にその身を捧げたのは言うまでもない。儀式を行ったことで、人々の不安は取り除かれ、安堵し、不思議なことに状況は全く変わらなくても、普段通りの生活を行いだしたのだ。苦しいながらも、いつか豊かな時が戻ると信じて。

 すると、神の奇跡か偶然か、数日後、しっとりと雨が降り出し、井戸からは水が沸き、作物は育ち始めた。

 国の民達は驚嘆、歓喜し、さらなる神子達への信仰を心に刻んだというのだ。

 その文献を読む限りでは神子の偉大さ、素晴らしさが大きく書き留められているが、今のセリアが読むと何の感動もなく、疑問しか頭の中には浮かばなかった。

 本当にヴァナーは死ななければならなかったのか? 儀式も何もしなくても、数日経てば雨は降ったのではないのだろうか? そんなことを考えて止まない。

 ヴァナーの死は無駄だったのか? 結果論で考えるとヴァナーの死は無駄ではなかったように思える。しかし、様々な書物を読む限りでは、儀式を行ったからといって、状況がすぐに良くなった例は少なかった。多くは、最初の一人では状況は改善されず、幾人もの生け贄と儀式を経て、初めて、神の怒りが収まったように自然災害が安定する。最初の儀式を執り行ってから、半年もの間、毎月儀式を行い、生け贄を捧げていたという記述も残っていた。

そんな過去の書物と、現在の神子達に囲まれる中、この二年間、セリアはずっと自分の死についての意味を探し続けていたのだ。しかし、いくら頭で悩もうがその答えは出ない。それに関してルシーナに尋ねても、ルシーナは言葉を濁すだけだった。このようなことをファムル長老に聞くわけにもいかず、ずっと一人で答えを模索しているのである。

 塞ぎ込むように自室で悩み続けていると、時折、あの町の騒がしさが恋しくなる。活気と笑顔に満ちた国の人達の姿は、セリアの心を躍らせたものだ。町に出たためにこんなにも悩む羽目になってしまったのは否定できないが、もちろん後悔はしていない。

 あれ以来、しばらくの間はルシーナの監視の目が一層厳しくなり、一歩も神殿からは出ていないが、二年という歳月はあの時の町をどのように変えたのか、セリアの好奇心を擽り、とても楽しみであった。

 町に出たい。

 セリアは最近、特に強く思うようになっていた。全ての疑問の始まりの地でもあるあの場所に行けば、答えは出ないにしろ、何か得られるものがあるかも知れない。

二年間大人しくしていたことで、ルシーナの監視は少し弛まったように思える。偶然にもルシーナは今、ファムル長老に呼び出されてしばらくは帰ってこない。神殿を抜け出すのなら今しかない。

 そんな思いに強く押され、多少の罪悪感は感じつつも、今回は楽しむためではなく、答えを見つけるためだと自分に言い聞かせて、迅速に準備を済まし、セリアは町へと飛び出した。

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