#21 少女の傷


 紺の放った拘束具…もとい拘束魔術チェイン。

 その紺色に光る二本の鎖は凪子の両手首に巻きつきピンと張る。


 校庭で半裸の少女を拘束することに成功。


『流石ロリ紺なのよ!拳を封じれば怖いものなんてないのよ!』


「…見てくれが完全に犯罪だがな…」



 拘束され両手を広げた状態の凪子はキョトンとした表情で目の前に立つ紺を見上げる。


「ご、ごめんな。すぐに終わるから。」


 紺は藍音の時と同じように、彼女の身体を抱き寄せようと一歩踏み出した。



「…お兄さんも…同じなんだ…」



 凪子は俯き、消えそうな掠れた声で小さく呟いた。



「…な…凪子ちゃん?」




「皆んな同じ…お兄さんも…クラスの男子も…皆んな同じなんだ…」


 凪子は顔を上げた。紺を睨みつけるその瞳は憎悪に満ち溢れ、心なしか涙が溜まっているように揺らぐ。


「…男なんて…汚らわしい…皆んな死ねばいいんだ…」



「…なぎこちゃん…お、俺は凪子ちゃんを助けに…」


     「うるさぁぁい!!」



 突如ブワッ!と突風が凪子を包み込む!その若葉色の風は激しく回転して目の前の紺の身体を吹き飛ばした!


「ぬわぁぁぁっ⁉︎」


 例によって例の如く、紺は地面を滑るように転がっていく。


『…厄介なのよ。精霊の力を使う凪子に近付くのは簡単ではないのよ?』


「…そうみたいだな…」


『しかも闇が表に出ていないのよ。完全に取り込んでしまっているからまずは闇を表に引きずりださないと打ち消すことは出来ないのよ⁉︎』




「…おとこなんて、男なんて…ゔぁぅっおんどりゃぁぁぁっ!」




 バチィッ!と音を立てて引き千切れたのは、紺色の二本の鎖だ。凪沙凪子が気合いで拘束魔術を打ち破ったのだ。



「ぐあぁぁっ⁉︎」『い、痛ったいのよーー!』



 二人に激痛がはしる。


 まるで自身の両腕が無理矢理引き千切られたかのような想像を絶する痛みが二人を襲ったのだ。


 思わず膝をつく紺は目の前の凪子を見上げる。凪子は両手首に絡まった鎖を、ジャラジャラと引きずりながら、一歩、一歩とこちらへ近付いてくる。


 息は荒く、瞳は狂気に満ち溢れ、口元は緩む。


 鎖を引きずる音、音、おと…


 足音、足音、


 やがて巻きついていた鎖はその形を維持できずに弾けて消えた…

 …目の前には凪沙凪子。



『ロリ紺!立つのよ!』



 凪子は拳を握りしめ振りかぶる。

 紺は回避は間に合わないと見て咄嗟にガードの体勢をとる。


       …打撃音…!


 その瞬間、紺の腕に電撃がはしる。


 痛みを感じる間もなく紺は後方へ吹き飛ばされてしまった。

 しかしそこは何とかダウンせずに持ち堪える。



「ぐっ…なんてパンチ力だよ…」



 ゆらり、ゆらりと身体を揺らしたかと思えば、突風と共に再び目の前に凪子の姿が。


「は、はやいっ⁉︎」


   ーーーーーーーーーー!


            「ぐっはぁっ⁉︎」


 強烈なボディ…まともに凪子のパンチを喰らった紺はまっくずに鶏小屋の壁に激突、破壊する。

 驚いた鶏達は紺をこれでもかと突きまくり小屋から追い出そうと躍起になる。




「わ、わかったから…くそっ…あんなパンチ、合体してなけりゃ下手すると死ぬぞ…」


『当たり前なのよ…相手はお前を殺しにかかってるのよ。いや正確にはお前の身体を欲しているのよ。』


「お、俺の身体を…」


『そうなのよ。とにかく、あの精霊の力は危険過ぎなのよ…ってき、来たのよーーーー⁉︎』



 風に乗り、凪子が迫る!


 紺はすかさずガード!今度は気合いで耐える!


 しかし凪子の二発目、三発目が容赦なく襲う!


 打撃音、打撃音。鈍い音がモノクロの世界に響き渡る。



「ぐあぁぁっ凪子ちゃんっ⁉︎気をしっかり…も、うわぁっと⁉︎」


 連撃、連撃、留まることを知らない強烈な拳が紺の腕を滅多打ちにする。


『な、何してるのよーー⁉︎はやく反撃するのよ!死んでしまうのよよよー⁉︎』


「反撃なんてっぐっ出来るか、よっ!ぐあぁぁっ…朱音の友達に手、出せるわけっ…ねぇ、だろーがって…ぐあっ!」



 ガードの吹き飛んだ紺の顔面を小さな拳が完全に捉えた!脳が揺れた。


 意識が吹き飛びそうになる。


 ぐわんぐわんと耳元で鳴り響く。


 身体が地面を激しく転がっていくのがわかる。やがて水たまりにうつ伏せで倒れた紺に立ち上がる力はもはや残されてはいないようだ。


 視界がボヤける、力が抜ける。




      (…な、シャロット…?お前…)



 ふと顔を横に向けると、幼神シャロットの姿が視界に入った。あまりのダメージでシャロットとの合体が解除されたのだ。


 倒れる紺を庇うように立つシャロットに、一歩、また一歩と迫る凪子。その表情は何故か楽しそうにも見える。



『むむぅ…馬鹿ロリ紺…!ま、まずいのよ…覚醒した闇を倒すには神のわたちじゃ…』



「…あ、神さま。…この前のお返し、してあげるよ。神さまはどこをどうされるといいのかな?あはははっ!こわいの?震えてるよ?」


 闇、その存在は神という存在にとって最も煩わしい存在。何故なら闇は神に対して滅法強いのだ。

 シャロットが紺の身体を使う理由はそこにあるのだろう。


 闇に対してはただの幼女でしかないシャロットは一歩後退るが震える身体で抵抗する。


『そ、そんなの…い、嫌なのよーーー!』


 シャロットは潤青の瞳を揺らめかせ凪子を視界に捉える。しかし、凪子は歩みを止めることはない。


 シャロットの技が通用しない。


 一歩、一歩と幼女に迫る凪子。


『はうっ…や、やっぱり相性悪いのよ…⁉︎』



「あたしが受けてきた仕打ち…男なんて皆んな消えればいいの、汚い汚い…ろくな奴がいない!そう!アイツと同じ!…そんな男に肩入れするなら…女でも…殺すよ?」


 表情は笑っているのだが…



『お、お前の過去に…な、何があったのよ…!ど、どうしてそこまで男を嫌う…の、のよよーー⁉︎』



 幼女の小さな身体はまるで枯葉が風に吹かれるように飛ばされてしまう。凪子の放った突風がシャロットを吹き飛ばしたのだ。


 ころんころん、ぽよん…と吹き飛んだシャロットは地面に大の字で倒れる。


『よ、容赦ない、のよ…』


 シャロットは、ぴょんと立ち上がる。しかし、ダメージは思った以上で立っているのがやっとである。そんな幼女に、一歩、また一歩と不敵な笑みを浮かべて迫る凪子は観念した幼女の胸ぐら掴んで校庭の端からから校門まで投げ飛ばす。


『のよっ⁉︎よっのよっ?…のーーよー⁉︎』



 幼神シャロットは敢え無く退場…


 凪子はケタケタを奇っ怪な笑い声をあげながら水たまりに倒れた紺を見下す。



「あははっ…邪魔がいなくなったよ、お兄さん?…それじゃ、お兄さんの身体、


          いただきますね。」



 …

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