#20 闇堕の拳








 降りしきる雨、校舎の体育館、


 その壁には赤、


 濡れた茶色い砂に滲むも、赤、


 倒れる生徒を染めるそれも、赤。


 雨に流されても尚、こびりつくように赤が主張する。


「ゔっ…い…だ…ゔぁぇっ…」

 啜るような、声。泣き声。痛い、いたいと助けを乞う、そんな声。それは雨音にかき消され、誰にも届かない。


 そもそも、凪子がこの場所に来た時から周囲に人の気配が全くといっていいくらいしない。


 凪子は地に這う男を跨ぎその場を後にする。


 ふらふらと、どこを見るでもなく、ただグラウンドを歩く。


 ここにも、気配がない。


 彼女はふらふらとグラウンドの中央まで歩く。


 凪子はゆらりと空を見上げる。


 空の色が、消えていくのがわかる。背後の校舎も、グラウンドの砂も、見えるもの全てが色を失っていくのだ。


「はぁっ…はぁっ…あぁぅ…ゔぁ…っ…」


 頭を抱えうずくまり小さく独り言を漏らす少女は濡れた砂に額を擦り付ける。

 「出て行け…でていけ…出…」

 彼女の身体を、黒が覆ったのはそのすぐ後だった。漆黒の瘴気は半裸の少女を包み込む。


 それはやがて少女の身体に吸い込まれるようにして消えた。


 降りしきる雨すら止まった世界で、少女は自らの真っ赤に染まった拳を見つめる。


 そして、口元を緩めた。



「…そっか…そうだよ…ははっ…悪い奴らをやっつけて何が悪いんだ…何がそんなに後ろめたいんだ…別に…いいんだよ…」



 彼女は来た道を戻るように振り返っては、再びふらふらと歩きはじめた。奇っ怪な笑い声をあげながらふらふらと歩くその姿、その表情は狂気に満ち溢れている。


 そんなモノクロの世界に声が響く。静寂の中でその声は少女を呼び止めた。



「凪子ちゃんっ!」


 そこに現れたのは紺、そしてシャロットの二人だ。狂気の少女、凪沙凪子は首だけで振り向き見開いた瞳で二人を睨みつける。焦点が合っていないような、どこを見るでもない、そんな瞳で。



「なっ…あれが…凪子ちゃん…かよ…⁉︎…そ、それに学校の敷地に入った瞬間、また色のない世界になったんだが⁉︎」


『これはこちらとしても好都合なのよ。今はそんなことより目の前のことに集中なのよ!』


「かなり…ヤバそうな雰囲気だな…それに…あんな姿で…何があったんだよ…」


『ロリ紺、朱音のいないところでなら問題はないのよ。…さ、キッスなのよ。合体せずに何とかなるレベルではなさそうなのよ!』


 幼神シャロットはそう言ってくるりと振り返った。その頬は心なしかほんのりと赤らんで見える。

低い位置から紺の顔を見上げる幼女の表情はいたって真剣だとわかる。


 手を後ろで組み上目遣いでキスをねだる幼女。


「お、俺から…かよ…」


『…早くしろなのよ…!』


「せ、せめて…目、瞑ってくれ…」


『…意外とシャイなのよ…ん。』



 シャロットは目を閉じあごを少しあげて頬を染める。

 紺はしゃがみ込み、そんな幼女の唇に自らの唇を重ねる。


 ゆっくり、割れ物を扱うように優しく。


 シャロットは紺の背中に腕を回す。

 そして更に深く、入り込んでくる。


 例によって例の如く、謎の快楽が紺を襲う。

 


(また、この味だ…)




 やがてシャロットの小さな身体は光となり、当真紺の身体に溶け込む。文字通り、一つになる。


 紺はゆっくりと立ち上がって、目の前の正義の味方と対峙する。魔力が飛躍的に上昇していくのがわかる。

 身体の隅々にまで、シャロットが感じられる不思議な感覚は中々慣れるものではない。




「凪子ちゃん…」


『…中々のキッスね。ロリ紺、まずは動きを止めるのよ。得意の拘束具なのよ!』



「拘束具言うなっ!拘束魔術だ!」



 紺は魔力を解放、その力を身にまとって拘束魔術、チェインの詠唱を開始。


 紺の背後に、二つの紺色に光る魔方陣が浮かび上がりそこから二本の鎖が飛び出した!


 …



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