#18 剥がれた正義




 チャイムの音、下校の時間である。


 朱音、凪子、環奈の仲良し三人組は下駄箱で上履きをしまい靴を履き替えていた。


 そんな時だった。クラスの女子数人が「大変凪子ちゃん!」と慌てて走ってきたのは。肩で息をする彼女達に凪子は「どうしたの?」と首を傾げる。



「体育館裏で…またあいつらがイジメを…!」


 あいつら、とは恐らくこの前の男子達だろう。凪子はすぐに行くよと女の子達に言って、綺麗な運動靴を履いた。これは良くあること、いつも喧嘩やイジメがあると凪子に助けを求めてくる。


「凪子ちゃん、私もっ…!」


 朱音が言ったが凪子は、


「大丈夫、朱音は妹ちゃんのこともあるし、先に帰っててよ。サクッと成敗しちゃうからさ!」


「あ、でも…」


 朱音は言葉に詰まる。そんな朱音のスカートをくいっと引っ張るのは少し遅れてやってきた妹の藍音だった。

 藍音は来未みくり、暦せつなといった不思議っ子三人組で下駄箱へやって来たのだ。


 朱音は集団下校の班長をしている。近くに上級生がいないこともあり、真面目で信頼のある朱音が一任されたのだ。


「んじゃ、朱音、環奈、また明日。朱音ん家で集合だよね?」


「うん、お昼前に来てくれたら!…あの馬鹿幼女がプリン大量にストックしてるからオヤツには困らないよ。」



 凪子は「アイツらしいな…」と苦笑いして、その場を後にした。


「か、かっこ…いい…!」ムフーッ


「わっ…なんだかせつなちゃんが興奮してるよ?凪子お姉ちゃん、格好いいもんね。みくりには到底真似出来ないや。」


「凪子の強さはチート級だからね。さ、おチビちゃん達、帰るよ?」



 環奈はみくりの手を引いた。下級生の面倒見がいいのが環奈の意外な一面でもある。いや、そもそも表の顔は優しくて、可愛くて、皆んなの人気者。


 紺に見せる一面が恐らく本当なんだろうけど。





 …



「またアンタ達?…ほんっとに懲りないよね。」



 現場に辿り着いた凪子は体育館の壁に背をもたせながら震える男子の前に立った。

 凪子の心拍数は上がる。いつもの事とはいえやはり男子と喧嘩となると緊張はするものだ。


「男女が出たな?」


「ふん…何とでも言いなさいよっ!」


「お前さ、いつもいつも邪魔ばっかしやがって。今日こそは泣かせてやるぞ?」


「泣かす?それは、こっちの台詞よっ!…っ…?」




 拳を握りしめた凪子を見て男子二人はニヤニヤと不敵な笑みを浮かべる。

 凪子の身体は後方から何者かに拘束される。


 後ろから羽交い締めにされた凪子はその人物を見て眉をしかめた。



「体力馬鹿の女なんて簡単に騙せるんだな?そいつは俺達の仲間だよ?…帽子を深くかぶってただけで騙されるとはなぁ。」


「馬鹿なおんな、かくごしろよ?」



 凪子を羽交い締めにする男子は虐められているフリをしていた奴らの仲間だった。

 最初から仕組まれたことだったのだ。しかし後ろから拘束されたくらいでは凪子を止めることは出来ない。


 いつもなら一気に振り解いて…


「んっ…はな、せ!」


 目の前の二人はケタケタと腹を抱えて笑い出す。凪子は二人の眼を見て寒気を感じた。


 その眼光は薄っすらと赤く揺らぎ残像を残す。正気とは思えない、狂気に満ちたけたたましい笑い声。明らかに、何かがおかしい。


 そう、凪子は知っている。この眼の揺らぎを。


 凪子は知っている。この視線を。


 凪子は…



 凪子の腹部に拳がめり込む。…殴られた。


 意思と反して声が漏れる。無防備に腹を殴られたことによりガクンと膝の力が抜けた。

 しかし羽交い締めにされた凪子が膝を地につけることは許されない。


 激痛、そして、また激痛。


 その度に、声が漏れる。


 痛い。いたい。凪子は抵抗虚しく順番に、何発も腹部を殴られる。


 その度にまた、悲鳴に近い声が漏れる。


 そんな凪子の姿を見て気分が良いのか興奮した表情で何度も、何度も殴る。


 気の済むまで殴った男子は拘束していた仲間に凪子を解放するように命じる。

 凪子の拘束を解いた男子はフラつく彼女の肩をどんと力強く押した。踏ん張れずに激しく尻もちをついた凪子は体育館の壁に頭を打ち付けてしまった。


 見上げると、いつもより男子達が大きく見える。


 凪子は男子達を睨みつける。


 男子達の眼の揺らぎは消えている。先ほどまでの異様な雰囲気はどこかへ消えてしまった。そして少しばかり驚いた表情で、目の前でボロボロになり肩で息をする凪子を見た。


「はっ、ははっ!やった…遂に凪子を倒した!」


「ど、どうするコイツ?」


「き、決まってる…泣いて土下座するまで順番で殴ってやろうぜ。」


「いいね、散々殴られたお返しだな。」


 凪子は恐怖に顔を強張らせ後ずさろうとするが、背中は壁、逃げ場はない。



「それよりさ、いい事思い付いた。コイツがこれから調子に乗れないようにさ…」



 凪子は男子達の言葉に畏怖した。今すぐ逃げなければ大変なことになる。しかし、逃げ場がない。



「おっ、お前天才かよ?おい、スマホ出せよ。」


「お、おう。くくっ…これで凪子の伝説も終わりだな。明日からは、俺達の奴隷ってことで。」



 凪子の制服に男子、いや、男達の手がかかる。抵抗も虚しく両手を押さえられた凪子の肌が露わになった。


「なんだコイツ?一丁前にブラつけてんのか?いらねーだろそんなもん。」


 凪子は許しを請う。「やめて!」とか弱く抵抗する。しかし男達は止まらない。


「おい、スカートも脱がしちゃえよ?くくっ…ヤバい、何か興奮してきた…」


「ばか、男女に興奮してんなよ?こんな馬鹿力女にはスカートなんて似合わないんだよ!はっ、どんな気分だ?今から写真撮ってやるから喜べよ?」


 凪子の頬を涙がつたう。


「ははっ、泣いたぞ!見ろよ、凪子が泣いてるぜ?これでおまえもおしまいだな。」



 スマホが向けられる。両側から腕を拘束され、白いブラウスのボタンを外され、スカートを半分降ろされた無様の姿をデータに残さんと、スマホのカメラレンズが凪子に向けられる。


 男子達の行き過ぎた行動は、歯止めがきかないところまで来てしまった。まだ少年の彼らに、この衝動を抑える術はない。



 凪子は叫ぶ。


 しかし口を押さえられ声は出ない。


 凪子は叫ぶ。


 心の中で離せ!と叫ぶ。



      離せえぇぇっ!



  闇、喰ゥ…



  コンナクズ、




  ミンナ消エテシマエバ、




            イインダ…







 …雨が降り始める。



 雨音。


  雨音…


         打撃音。


 雨音、



 雨音…



          足音…



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