#17 優しいヒーロー



 季節は巡り、今年も梅雨の季節がやってきた。


 そんなジメジメとした六月の第一日曜日、当真家には那月環奈が遊びに来ていた。遊びに来た、と言うのはあくまで建前であり、本当の目的は紺の更生の為である。


「ちょっとお兄さん?…アンタの存在なんてさ、卵かけご飯を食べようと卵を取り出したはいいけど、うっかり落として割れた卵より低いんだからね?わかってるの?」


「か、かか、環奈ちゃんそっち系⁉︎…」

(これがアイドルの本当の顔だぞーー!)



「何考えてんのよ?ほら、下僕は下僕らしく四つん這いで私の椅子になりなさい?」


 環奈は言われるがまま四つん這いになる紺の背中にちょこんと座り、冷蔵庫にあったプリンを一口食べる。

 そんな環奈に、ぴょんぴょんっと近付いてくるのは幼神のシャロットである。


『環奈、それは紺にとってはご褒美でしかないのよ?お前のおしりの感触を背中で堪能する変態の顔をよく見てみるのよ。』


「えっ?」


「おいこら幼女⁉︎適当なこと言ってんじゃ…」


「うわ、マジキモいよ…お兄さん、ほんとどうするのこの先?」



「わぁーい、紺にぃに、お馬さんして!」


 そんな紺の背中に跨ったのは藍音だ。紺は「よっしゃ任せろヒヒィン!」と言いながらリビングを走り回るのだった。

 そんな姿を朱音と環奈は冷たい目で見つめる。


『あっ、わたちも乗るのよ!』


「ちょ、待っ…」







 ………



「いけないっ雨降ってきちゃった…」


 凪子は母に頼まれた買い物を済ませて帰るところだった。しかし運悪く雨が降り出した。

 あいにく傘は持ち合わせていない。凪子は仕方なく公園のトイレで雨宿りをすることに。




 …


 暫く待ってみたが一向に止む気配がない。時刻は昼の一時半を回った。買い物袋の中にはお昼のお弁当と野菜とお肉、マヨネーズも入っている。


「はぁ、仕方ない。お母さん待ってるだろうし濡れて帰ろう…」




 凪子は走り出そうと一歩足を踏み出した。


 雨が凪子の髪を濡らす。いや、濡れない。


 凪子は自分を覆うように立ちはだかる影を見上げてみる。…目の前に、傘をさした男の姿がある。


 思わず「きゃっ…」と声をあげた凪子だったが、目の前の男をよく見てみると安心したように大きく息を吐いたのだった。



「何してんの?凪子ちゃん、こんな雨の中。」


「あ、それは…」


 男は凪子の持つ買い物袋を見ておおよその検討はついた表情を見せる。


「傘、忘れたんだな?急に降ってきたからな。家も近いし、送ってくよ。」


「あ、ありがとう…お兄さん。」



 凪子の前に現れたのは遅めのお昼ご飯の買い出しに出ていた紺だった。凪子は胸を撫でて、紺のさす傘にお邪魔した。


「た、助かりました。もう濡れて帰ろうと思ってたんで。」


「今日は環奈ちゃんが来ててよ…散々メンタルやられたわ。終いには馬にされて永遠にリビングを走り回るという…」


「お、お疲れ様でした。あ、着きましたね。お兄さん、ありがとうございます!」


「構わないよ?凪子ちゃんを助けてあげる機会なんてそうそうないからなぁ。」


「お、お兄さん…こ、これをいいことにあたしに変な事、しないですよね?」


「…しねーよ。じゃあな。少し濡れたみたいだし、すぐにシャワー浴びた方がいいぞ?」



 紺は片手で傘を持ち背を向けるともう片方の手を振りながら一つ先の角を曲がって行った。

 彼の背中がびしょ濡れになっていたのを見た時、凪子は紺という男の優しさを知った。


「…正義の…みかた…なんちゃって。」



 凪子は玄関のドアノブを握る。





 雨音…


 雨音。



      雨音、



             足音。


   雨音。



 雨音…






 

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