#16 スーツの男



「ただいまぁ…はぁ疲れたぁ。」


 今日は空手スクールの日だ。そんな日は朱音の帰りが遅くなる為、出来合いの惣菜などで夕食を済ませることになる。

 紺は一度カレーを作ったことがあるのだが、




「カ、カレーが不味くなるとか紺兄は料理向いてないよ!」

「に、にぃ…に…」…チーン…





 …ブーイングの嵐だった。


 今夜はシャロットが買い出しに行ってくれていた筈だ。紺は冷蔵庫の中を確認する。


        …プリンだ…





「シャロットォォッ!」






 ……


 自動販売機に百円玉を入れるとズラリと並んだボタンがオレンジ色に光る。そんな百円自販機のスポーツドリンクを迷わず選ぶのは空手スクール帰りの凪沙凪子だ。


「…ハズレかぁ。」


 学校帰りにそのままスクールへ通う彼女は制服姿で薄暗くなりはじめた街を歩いている。

 kokonoe洋菓子店を通り過ぎた先の門を曲がれば家はすぐそこだ。


 公園の桜はもう散ってしまったようだ。そんな公園にはスーツの男が一人、ゆらりと立っている。

 凪子は目を合わさず公園を横切っていく。



「…あぁ、そうか…」



 震える男の声がした。凪子は聞こえないふりをして足早に歩く。

 


「…ひひっ…くふふふっ…」



 凪子は振り返ることなく角を曲がる。彼女の小さな胸の鼓動がトクントクン、といつもより激しく脈をうつのがわかる。


 男の啜るような不快な笑い声はやがて消え、凪子は心の中でホッと一息つくのだった。



「正義とは…?…君は、なんだと思う?」


「…えっ…」


 全身に氷水をさしたような悪寒が、凪沙凪子を襲う。痩せたスーツの男は目を丸くする少女を見てケタケタと腹を抱えて笑う。


 やがてピンッと背筋を伸ばし胸ポケットから取り出したのは…黒縁眼鏡だ。

 男はそれをかける。そしてそのまま凪子の前を通り過ぎ公園のある方へ曲がって行ってしまった。




 ………



 凪子は自室のベッドで横になり明かりを消すと星がキラキラと光る天井を見上げる。


 正義とは   君は、何だと思う?



「何だったんだろ…あのひと…」



 思い出すとあの時の寒気が再び身体を蝕んでゆく。確かに後ろにいたあの男が曲がった先にいたこと。

 気味の悪い不快な笑い声。


 頭から離れない声に耳を塞ぐ凪子は小さく丸まり、布団に潜って眠りに着くのだった。

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