#15 kokonoe洋菓子店

 


 買い物を済ませた紺とシャロットは町の小さな公園の前を横切る。

 サラリーマンだろうか、真昼間からベンチで一人何処を見るでもなくサボりに耽っているかのようだ。

 細い身体に少し痩せ気味の男はただ無表情で足元のアリを観察している。


 公園の前には、小さな洋菓子店。看板には、

 『kokonoe洋菓子店』と書かれている。とても良い香りが漂ってくる。するとシャロットが紺の服をグイグイと引っ張っては立ち止まる。


「…なんだ?何か欲しいのか?」


 シャロットは、うんうんと首を縦に振る。

 あまり気乗りはしない、そんな表情だが仕方なく紺は幼女を連れて店内へ入った。



「いらっしゃいませ~!」

 女の子の声だ。



 紺は心の中で心底後悔する。


 店内には綺麗な洋菓子が所狭しと並んでいる。シャロットはまるで子供のようにはしゃぎながら店内を見渡して目を輝かせている。子供だけど。


 因みに姿は消してあるので紺以外の人間には見えてはいないからいくら暴れても大丈夫。


「よ、よう…九重ここのえ…久しぶり…」


「と、当真君…っ⁉︎…あっ…久しぶり…」


 艶やかな明茶色ライトブラウンのミディアムヘア、女性的なフワリとした身体とたわわな果実、白い肌にぷっくりとした唇、琥珀色の瞳は優しさをイメージさせる、そんな少し垂れ目な瞳。


 彼女は紺を当真君と呼ぶ。


 ………



 紺の心拍数が上がる。心なしか冷や汗もかく。目の前にいる九重という少女を見てから、どうも気まずい雰囲気である。


「だ、大学は…?」


「えっと、辞めちゃった…というか…最初から行かなかったと言うか…うん…」


「え?つまりその、ずっとここにいたって事?」


「う、うん…そゆことになるかな。当真君は良く見かけてたけど忙しそうにしてたから…」



 彼女の名は九重ここのえ桜、高校時代の紺の同級生であり、この洋菓子店の一人娘である。


『何をそんなに気まずそうにしてるのよ?』


 紺はシャロットに睨む。


 するとシャロットは、ぴょん、ぴょんっと跳ねながら『にっしっしぃ』と不敵な笑みを浮かべた。


『わかったのよ、お前が告白を断ったのはこの娘なのよ?のよ?図星?』



 紺は黙り込む。



「あ、当真君っ…き、今日は妹さん達に何か買って帰るのかな?」


 桜は固まる紺に言った。


「え、あ、そうなんだよ。何にしようかな~っと。」


『そんなのプリンに決まってるのよ!』


「はぁ、じゃこの焼きプリン四つ、くれるかな?」



 桜はその四つという数字に少し首を傾げたが何も言わず焼きプリンを四つ、箱に入れ、それを手慣れた手つきで袋に入れた。


「当真君の家は近いから、ドライアイス一つだけ入れておくね?」


「お、おう。ありがとう。じゃあな、九重。」


「っ…う、うんっ、それじゃ。当真君…また。」





 洋菓子店を出た紺は外の空気を吸って大きく深呼吸した。シャロットはそんな紺の頭にちょこんと座って『にっしし…』と笑うと、


『あんな可愛い子をふるとは、お前もとんでもない馬鹿なのよ?』



「い、いいから…ほら、帰るぞ?」


『帰ったらプリン全部食べていいのよ?』



「朱音達が帰るまでは駄目だ。我慢しろ。で、一人一つだ。全部は駄目だ諦めろ。」




『ケチ。』


 …


 …

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