#10 闇を喰らう、闇


 

 朱音は仰向けでただ、赤みを帯びはじめた空を見つめる。その緋色の瞳の揺らぎに、紺は気付くことはなかった。


 そこに突如幼神シャロットが現れた。


 シャロットは『にっしし~』と不敵な笑みを浮かべながら、ぴょん、ぴょんっと紺の前まで近付いていく。腰の赤い水筒もぴょんと跳ねる。


『兄妹仲良くて微笑ましいのよ?…でも今は愛を確かめ合っている暇はないのよ?…お前、早速出番なのよ。また、わたちと合体するのよ?』


「お、お前っ⁉︎」


「はっ…ムカつく幼女!」


 朱音は紺を振り払いシャロットに掴みかかる。


『お、お前も幼女なのよ、あまりわたちを怒らせるななのよ?まぁ、あの娘と同じように…愛でてやってもいいのだけど…?にしし…』


「…っ…!」



「はぁ…俺達は忙しいんだ。今はお前に構ってる暇はない!家でプリンでも食ってろ。色々聞きたいことがあるが話はその後だ。」


『わたちの行く先もお前達と同じなのよ。そもそも、お前にわたちを拒否する権限はないのよ?…既に契約は成されたのよ。』


「契約…?」


『あの時の熱い口づけなのよ?忘れたとは言わせないのよ、唾液と唾液が絡み合い、お互いの舌でその味を確かめ合った仲ではないのよ?今更恥ずかしがることはないのよ。』



 幼女の生々しい表現にドン引きする妹を横目に紺は硬直する。そして目の前の小生意気な幼女を睨みつける。


『わたちとしても中々悪くなかったというか…どちらかといえば…』


「おい、幼女!」


『のよよ?幼女じゃなくシャロットなのよ。』


「どっちでも構うか!藍音の居場所、わかるのか?お前には…」


『わかるのよ。さ、手遅れになる前に…付いてくるのよ?』



 目の前の小さな銀髪幼女は小走りで走って行く。








 ………


 ふらふらと歩いているうちに隣町との境界線にあたる小高い丘の上まで来てしまった藍音。


 空は暗くなり始めている。周りには沢山の木々が揺れ、目の前には古びた神社がひっそりと佇む。


「どうしよう…帰り方…わからない…うぅ、紺にぃに…あかねぇ…」




「…ー…ね、…ちゃ…」


 藍音の耳に聞き覚えのある声が聞こえてくる。



「…ーん?」





 声はどうやら環奈とみくりのようだ。

 しかし藍音は朱音と喧嘩してしまい少しばかり帰るのが億劫になっていた。


「酷いことする朱ねぇなんて…」



 …闇…喰…ゥ…



「だ、誰っ⁉︎…はぅっ…ゔぁぅっ…⁉︎」



 藍音の身体に激痛が走る。

 あまりの痛さに痛い痛い!と叫ぶが声が表に出てこない。藍音は心の中で助けてと叫ぶ。


「ゔぁぁぁっ…はっ…はぁっ…ゔぁぅっ…」



 藍音はもがきながら地面に膝を落としガクガクと身体を震わせ狂ったように奇声をあげた。


 すると少女の身体を、


 …黒が包み込んだ。




「あ、藍音ちゃん!」


「良かったぁ、こんなところにいたんだ…さ、皆んな心配してるから帰ろ?」


 来未みくり、那月環奈の二人はやっと見つけた、と安堵の表情を浮かべた。町中探し回りまさかと思いこの丘に登って来たのだ。予想は的中、遂に藍音を見つけることが出来たのだった。しかし、














 ……………



「お、おいっ幼女!ほんとにこんなとこにいるのかよ⁉︎」


『幼女じゃなくてシャロットなのよ!この階段を登った先に気配を感じるのよ。…闇の気配…急がないと、初戦で終わってしまうのよ!つべこべ言わず付いて来いなのよ!』



「ちっ…仕方ねぇ…!朱音!」


「っ、紺兄っ?」



 紺は朱音の手を引いて走る速度を上げる。朱音の体力がそろそろ限界に近いと見たからだ。


 幼女の小走りの速さは尋常じゃない。


 魔力を使った形跡を見逃さなかった紺は朱音の体力が想像以上に低下していることに気付いたのだ。

 嫌がられてしまうかも知れない。それでも今は我慢してくれ、と朱音の手を強く握り走った。



 そして辿り着いた先、そこは小高い丘にある小さな神社。そこで紺が目にしたモノは、


『これは想像以上なのよ…?』



 来未みくり…那月環奈…地面にうつ伏せに倒れた二人の前に…黒き靄がたちこめる。



 その中心でゆらりと揺れる小さな黒は駆け付けた二人をその虚ろな瞳に映す。



「なっ…藍音…なのか…?」


「…紺兄、まずいよこれ…」


 朱音は目の前で起きている現象を目の当たりにして愕然とする。



 藍音は、魔力暴走を起こしていたのだから。



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