#9 大嫌いなんだから…
「こ、こんの変態!」
妹の部屋で、紺は暦せつなに覆い被さるように倒れている。せつなは気持ち良さそうに眠っている。
朱音から見ると変態の兄が二人っきりになった途端に暦せつなに襲いかかった、と認識せずにはいられない光景ではある。
紺は殺気に気付き目を覚ます。
その瞬間、脳が激しく揺れた。
「ゔごぁっ⁉︎」
朱音の回し蹴りが紺の顔面にヒット…
顔面を強打した紺は再び眠りにつくのだった。
……三分後。
「な、なんだ…てっきり紺兄が発情してせつなちゃんを襲ってたのかと思ったよ。それならそうと最初から言ってよね?」
「いやいや、朱音さん?弁解する間も無く回し蹴りをかまされては…」
「そ、それはそうとっ…」
朱音はすやすや眠るせつなを少し気にしながら小声で会話を続ける。
「紺兄、あの銀髪の幼女は何者なの?」
「だから、神さまだって言ってるだろ?」
「はぁ?」
「だぁっ⁉︎待て待て殴らないでっ…て…あれ?殴られてない?」
「…そう、神、ね。そうだとして紺兄と何の関係があるの?あのエロ神幼女、紺兄が調教したんじゃないでしょうね?」
「ち、調教って…朱音はどこでそんな言葉をおぼえてきたんだ…兄は少し心配だぞ…
というか俺が襲われた側だからな?俺の身体に憑依までして…」
「ふーん…ひょういね〜?」
「朱音…そんな顔するなよ。」
「フン、だ。…そういえば環奈ちゃん達は?まだ戻ってないの?」
「いや、まだみたいだな…」
「…紺兄、私達も探しに行こう…藍音が心配だよ。」
「お、おう。でも、この子どうする?」
「き、気持ち良さげに眠ってるし…と、とりあえず放置で。さ、行くよ?」
紺はせつなに薄手の毛布をかけてやり、朱音と共に藍音の捜索を開始するのであった。
『
……
「おーい!藍音ー?くそっ、マジで何処にもいないって…」
藍音の行きそうなところは全部回った。公園、近くのスーパー、コンビニ、駄菓子屋も…
しかし見つかる気配がない。それどころか、来未みくりと那月環奈の姿すら見つからない。
「…私のせいだ…」
「お、おい朱音のせいじゃねーよ…気にするなって…」
「でもっ…私がやり過ぎたから…藍音が…あいね、私の事、嫌いって…」
消えそうな声で俯く朱音。
「藍音が、朱音のこと嫌いになるわけないだろ?ほら、いくぞ?」
朱音の小さな身体は震えている。…妹と喧嘩して心細いのか、次第に焦りも見えはじめる…
紺は、震える少女の肩に手をあてる。
「触らないでっ!」
「ぶびらぁっ⁉︎」
紺の身体は宙を舞う。
綺麗に帆を描き、顔面からコンクリートの地面にドサリと落ちる。
目が回る。朱音の回し蹴りはとんでもない威力で空手スクールでも有名なのだ。
紺の意識は朦朧とする。朱音の声が、ぐわんぐわんといった音に混ざって聞こえてくる。クリティカルヒットで吹き飛んだ兄を気遣う声。
(はは…心配した顔も可愛いな…朱音は…)
「はっ⁉︎ま、また覗いてるっ!やっぱり死ね!死んでやり直せっ!この!このこの!」ゲシゲシ
「や、待ってくれっ⁉︎これ以上はマジで死んでしまうっ⁉︎ぐはっ…し、仕方ないっ許せよっ朱音!」
「このこのっ…って、きゃぁっ⁉︎」
紺は顔面を踏みつけんと迫る朱音の右脚を掴み、ぐいっと手前に引いた。引っ張られたことで体勢を崩した朱音は下にいる兄の顔面に尻もちをつく。
「えぇっ⁉︎ちょ、紺兄っ⁉︎ひゃっ…」
朱音が怯んだ瞬間に紺は妹の小さな身体を後ろから拘束した。地面に寝転がり、幼女の身体を両手足で拘束する男の姿は側から見れば完全に犯罪者である。
しかしこうなった朱音を止めるには力でねじ伏せるしかない…!紺は拘束したまま身体を回転させ朱音を地面に押し付けた。抵抗しているようだが大人の男の力には到底及ばない…
「朱音っ…今はそれどころじゃない筈だろ?」
「…うっ…く、はなして…!紺兄なんかっ嫌いなんだからっ、はなしてよっ!もうっ!変態っ!嫌い嫌いきらいっ!大っ嫌い…!だから…はなして…」
紺は唇を噛み締めた。朱音の言葉が思った以上に重くのしかかってくる。
「別に嫌われてもいい…でも今は落ち着け。」
「…え…?」
朱音の抵抗が止まった。…一気に、力が抜けたように、ただ己が身の上に覆い被さる兄の、その先の空を真っ直ぐ見つめる。空は彼女の瞳のように赤く染まり始めている。
そんな時、二人の前にアイツが姿を現わす。
そう、幼神シャロットだ。
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