#8 激おこ神さまプンプンなのよ


 


「待てぇぇっ!な、なんて速さの小走りなのよっ!」


 朱音は紺の唇を奪った幼女を追いかけて家の外へ飛び出した。しかし、


「…あれっ…いない?」


「朱音!さっきの女の子は⁉︎」


 凪子がすぐに追いついてきたが…


「あ、凪子ちゃん…見失ってしまって…って、いた!あそこよ!」


 朱音が指を指すと、幼女は『のよよ~』と口走りながら小走りで逃げ始めた!しかもその小走りはとてつもなく速い!

 朱音は凪子と共にその後を追ったのだけど…次第にその距離が離されていく。


「あの子っ…速いっ⁉︎」


「嘘っ…凪子ちゃんでも追いつけないなんて…」


『遅い遅いのよ~?そんなことしてるとまたまた大事な紺兄をいただいちゃうのよ~。にししぃ』


「ムカつくムカつく!何なのよアイツ!絶対取っ捕まえてやるんだから!」


 朱音は走って走って、それこそ呼吸が追いつかないくらい限界まで走った。しかしまるで追いつけない。凪子も体力に限界を感じ始めている…


 朱音は父親に魔術を人前で使ってはいけないと言われている。朱音だけではなく紺も藍音も同じく魔術の使用は原則禁止とされている。

 朱音は魔術を使えれば捕まえられるのに、と唇を噛む。


「朱音、あたしに任せて…!風の精霊で捕まえてみせる!」


「凪子ちゃんっ⁉︎でも人目につく場所では…」


 朱音が周囲を見渡すとそこは町の寂れた小さな公園だった。確かにこの場所なら多少は無理が出来る。

 周りは空き家と洋菓子店が一軒あるくらいで人通りの少ない場所なのだ。


「見てなよ、朱音。…さ、おいで…」


 凪子が目を閉じると身体を若葉色の光の粒が取り巻いていく。


 普通の人には見えないくらいのそんな光の粒を片手で集めるようにして小さな球体を作り出した凪子はそれを前方の公園玉の上に立つ幼女に放った!


『のよっ⁉︎』


 光の玉は完全に幼女を捉えた!


 その手のひらサイズの球体は弾け、竜巻のように渦巻いていく。

 シャロットはクルクル回転して朱音の前にポトっと落ち、ひしゃげたカエルのように項垂れた。


「やったぁ!さすが凪子ちゃんだね!」


「大丈夫かな?怪我してなけりゃいいけど。」


 二人はうつ伏せに倒れた幼女に駆け寄る。割りかしキツい技をかましておいて、一応心配する凪子は優しい女の子だ。


 しゃがんで幼女の頭をつんつん、と突いてみると…ぴくぴくっ、と反応した…そして、


『のよのよ⁉︎びっくりしたのよ~!ちょ、ちょっとだけ怒ったのよ。』


 幼女は何事もなかったかのようにぴょんと立ち上がった。潤青の瞳が二人を捉える。


 瞳の中で揺らぐ波動が二人の身体に異変をもたらす。身動きが取れないのだ。まるで金縛りにでもあったかのように。


 色が消えていく。


 彼女達の周りの世界がモノクロの世界に変わってゆく。


 空の水色、木々の蒼、散った桜のピンク、砂の茶色、遊具の黄色や緑、その全てがモノクロと化した。


『わたち、神なのよ?お前達が敵うわけないのよ?よいしょ、よいっしょっと。』


 幼女は少し背の高い凪子によじ登っていく。


『動けないのよ、動けないのよ~!こんな事しても、こんなところ触っても、動けないから抵抗出来ないのよ~、きゃははっ、愉快ゆかいなのよ!』


 動けないことをいいことに凪子の身体を弄ぶシャロット。幼女の悪戯は加速する。


『こんな~ところも~?にっしし、愉快ゆかい、…お?なのよ~!さすがは幼女ちゃんなのよ~!お前も見たい?触りたい?駄目なのよーー!』


 友達が辱しめられることに堪え兼ねた朱音は父親との約束を破り自身の魔力を解放しようと試みる。


『…無駄なのよ?わたちのチカラ、なめてもらっては困るのよ。にししっ…』


 魔力の解放をしても幼女の世界から脱出することは叶わないようだ。

 シャロットは動かぬ少女の唇を小さな指でそっと撫で『にしし…』と不敵に笑う。




 瞬間、いたずら幼女の動きがピタリと止まる。


『…む?…来たのよ…お前達と遊んでいる暇はなくなったのよ。またなのよ~ん…!』




 幼女はポン!と消えた。


 世界に色が戻っていく…公園の木々は蒼く、遊具は色鮮やかに、空は水色に。

 それと同時に二人の身体の硬直も同時に解除されるのだった。


 凪子は力無く公園の砂の上に崩れ落ちてしまった。身体が震えてる。

 彼女はまだまだ幼気な少女、シャロットの悪戯は少々刺激が強かったようだ。



「…凪子ちゃん、立てる?」


「うん…大丈夫…ちょっと、びっくりしただけだから…うん…それより、あの子何者なんだろう?間違いなく、人間じゃないよ…」


「わからない…少なからず紺兄と関係があるみたいだから帰って問いただしてみる…」


「そ、そうだね…でも…ゴメン…ちょっとあたし…今日は帰るよ…疲れちゃった。」


「あ、うん…また、明日ね。」




 朱音はそんな凪子を見送り、兄のいる部屋へ一度戻ることにしたのだが、




 部屋の扉を開けた朱音に戦慄が走る…




「こ、こ、こんの変態!」

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