#2 幼女、降臨


 

 当真紺、彼は可愛い妹達に囲まれ暮らしている。父親は単身赴任で年に一度家に帰ってくるか来ないかで母は藍音が産まれてすぐに天国へ旅立ってしまった。


 だから藍音は母親のぬくもりを殆ど知らずに生きてきたのだ。






 紺とその妹達は月に一度、口座に振り込まれるお金で生活している。基本昼の家事は紺が引き受けている。


 料理は妹の朱音が担当。学校から帰るとすぐにキッチンに立ち夕飯の準備に取り掛かる。朱音の作る料理はすこぶる家庭的で、小学生にして母の味を会得していると言える。



 本日は金曜日。昼前に近くのスーパーに買い出し来たのは兄の紺だ。


 確か朱音が醤油を補充しないと駄目だよ?って死ぬほど可愛い笑顔で言ってたな、なんてことを考えながら歩く紺の口元は微かに緩む。


 そんな朱音だが、朝に熱を測ると微熱があった。しかし朱音は滅多なことでは休んだり早退したりしない。今日行けば土曜日はお休みだから、と健気に学校へ向かったのだった。


「2,560円になります。」


 …

 買い物を済ませた紺は部屋で朱音の取ってきてくれた求人雑誌に目を通す。部屋の窓際にあるベッドに腰掛けページをめくる。

 コンビニのレジ、スーパーの裏方から新聞配達に工場のライン作業、ありとあらゆる求人情報がひしめき合うように並ぶ。

 更に雑誌のページをめくった、その時だった。





『これは中々の器なのよ?』




 女の声が聞こえた。紺は周囲を見渡してみたが誰も見当たらない。それもそのはず、今この家にいるのは当真紺、その人のみなのだから。

 にもかかわらず再び同じ声がする。




『ふむふむぅ、まだ若いし、唇を重ねるとしてもまぁ悪くないと思うのよ。』




 何故か一瞬途切れた意識、そしてボヤける視界。目を凝らすといつのまにか目の前に幼女がいる。


 覗けば顔が映り込むのではないかと思わせる鏡のように綺麗な銀白色シルバーホワイトの長い髪。それは腰の辺りまで綺麗に流れるように伸び先の方でふわっと丸みを帯びている。


 大きな潤青色ジュンブルーの瞳はゆらゆらと光を反射して見つめると吸い込まれてしまいそうな錯覚すらおぼえる。


 真っ白な肌にほんのりと赤らむ頬、少し癖のあるくりんとした前髪。そんな彼女は紺を覗き込むように見上げる。


 純白のワンピースに首元には鍵穴のついた金色の首飾り。腰には小さな赤い水筒。



 紺は突然現れた幼女に戸惑いを隠せない様子だ。そしていったい何者だ?といった表情で首を傾げる。


 そんな幼気な幼女を目の当たりにした紺は呆然と彼女を見つめる。


(…何故こんなに胸が騒つく…?)




『そんなこと、ロリコンだからに決まっていると思うのよ。』



  紺は驚いた表情で目の前の幼女を見る。



『何を驚いているのよ?まさか自分が普通だと思っていたとか?それはとんだ勘違いなのよ。』


「お、俺がロリコン⁉︎」


『これは驚いたのよ?自覚はないのよ?…のよ?』



 現れるや否や紺をロリコン呼ばわりした謎の幼女は、ぴょん、ぴょん、と跳ねるように部屋の中を歩き回る。

 紺はその幼女に質問を投げかけてみた。


「高校の時、クラス一番の美少女に告白されて断った俺は?」


『…ロリコン。』


「グラビアを見ても何とも思わないのは?」


『…ロリコン。』


「それじゃぁ…」


『…ロリコン。』


「まだ何も言ってないぞ⁉︎」


『それもロリコン。』


「なら最後に一つ。俺が妹達を愛してやまないのは?」



『どう見繕っても、それはお前がロリコンだからなのよ。それ以外の何でもないのよ。妹達が大人になれば、可愛いと思うことはなくなるのよ。…のよよ?』



「…そ、そうなの…か?」


 目の前の不思議な幼女は頭を抱える紺を見てニヤニヤと笑いながら、ぴょん、ぴょんっと跳ねるように近付いていく。

 そしてベッドに腰掛けた紺に飛び付き、覆い被さるように対面で跨る。

 密着した身体はあたたかく、そして何より軽い。





『幼女の味をご堪能あれ。』



 幼女の唇は紺の唇を塞いだ。文字通り、幼女は紺にキスをしたのだ。


 瞬間、彼の中で何かが弾け飛んだ。言葉に出来ないほどの快楽が身体の隅々にまで満たされていく。


 朦朧とする視界に映る影は小さく震えている。

 謎の幼女とキスをする兄の姿を見て、呆然と立ち尽くす、そんな妹の姿がそこにあった。


「…紺、にい?…」

 震える声は、風が吹けば消えてしまいそうなくらい小さな声で。


 紺は慌てて幼女を引き離そうとするが強く抱きついた彼女は離れない。それどころか…


「んんっ…」


 幼女の小さな舌が入り込んでいく。紺の身体の力が抜けていく。甘いとも、苦いとも言えないそんな味が紺の口の中で広がっていく。

 紺の奥深くまで入り込んでいた幼女の舌がようやく彼の唇からはなれる。


『…んっ…はぁ…ありゃま。』



 紺と幼女の間に糸が引く。それを幼女はすすって紺を上目遣いで見つめる。頬を赤らめ、してやったりといった表情は何を意味するのだろうか。


 扉の向こうには誰もいない…兄のキスシーン、しかも幼女とのキスシーンを目の当たりにして涙をためていた朱音の姿は既にそこにはなかった。


『うっかり姿を現したら見つかっちゃったのよ。…てへっ』


「…てへっ、じゃねーよ…⁉︎」


『さ、続きをするのよ。びっくりして中途半端になってしまったのよ。にっしし…』



「…っ⁉︎待てっ…た、頼むからちょっと待ってくれ!状況が全くといっていいくらい把握出来ないんだが⁉︎そもそもお前は何者だ?」


 紺は迫るロリを膝から降ろし部屋の隅に退避した。白銀の幼女は急に抱き上げられたことに驚いた表情を見せる。そして部屋の扉をサッと閉め、『にっしっし…』と小生意気な笑みを浮かべる。


『…何者…ふむ…お前達にわかり易く説明するなら…あ、そうなのよ!よくネット小説とかで主人公の前に現れる幼女神の類なのよ?訳あってこのつまらん人間界に降りて来たのよ。』


「よ、幼女神…だと…」


  にやける幼女は極めて憎たらしい表情で首を傾げる紺を見上げては小さな胸をはるのだった。


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