第21話 殺人鬼VS亡霊<2>
四人はコテージにやって来ていた。
色々と話し合った結果、壁や障害物で敵の出現場所を限定できた方が、安全なのではないかという結論に至ったのだ。
敵の能力を考えれば、こちらから攻撃を仕掛けるのは得策ではない。
防御に徹するのは不利と分かっていながらもそうせざるを得ない状況に、皆口には出さないが、憔悴しているようだった。
「だが、瞳がいてくれて助かった」
ふいに、ジェイ君が言った。
「自分と似た能力を持つ敵と相対して、改めてその脅威がよく分かる。特に、守る者がいる戦いでは、圧倒的に不利だ。瞳の力がなければ、最初の攻撃で誰かが殺されていただろう」
ジェイ君は瞳を見つめた。
「瞳の力は、誰かを守る力だ。決して呪われた力なんかじゃない」
「……それはジェイ君もでしょ。私達は、ジェイ君の力に何度も助けられた。力が与えられた理由は、誰かを殺すためだったのかもしれない。それでも、ジェイ君はそれを、誰かを守るために使った。大事なのは、きっとそこなんだと思う」
ジェイ君は、ふっと笑った。
「……瞳」
「なに?」
「二人だけじゃない。必ず、俺がお前を守ってやる」
ゆっくりと手を伸ばし、瞳の頬に触れる。
「お前の父親ではないかもしれないが、それでも。……それでも、同じくらい大切に思っている。だから」
瞳の顔が、にわかに赤くなる。
「……あ……えと……私……」
「なになに~? 愛の告白みたいなこと言って」
突然、柚子が背後から瞳に抱きつき、ジェイ君の方を見て、にやにやと笑った。
「ヒューヒュー!」
ミウも吹けない口笛で茶化してくる。
赤くなっていた瞳の顔が、さらに真っ赤になる。
「も、もう! 二人とも──」
「仲が良いようで何よりだねぇ」
その声に、瞳はぞっとした。
振り向く暇もなく、瞳は何者かに突き飛ばされた。
持っていた禍玉の欠片が地面を転がり、開いたリュックの中へ入っていく。
瞳が統島を捉えた時、彼は既に柚子を羽交い絞めにし、全員から距離を取っていた。
「そんな! 兆候は見えてなかったのに‼」
「そりゃそうさ。アタシにコイツを殺す気はないからねぇ。案の定、アンタはアタシの攻撃を予知できなかったわけだ」
やられた。
瞳の力を逆手に取り、不意をついたのだ。
ジェイ君が統島に近寄ろうとした。
「おっと動くな。この娘を傷つけたいのかい?」
ジェイ君はぴたりと止まった。
何もできず、ただ統島をにらんだまま、じっと立ち止まっている。
統島はにやりと笑った。
「二歩だ。あと二歩だけ、こっちに近づきな。ゆっくりだからね。妙な真似をしたら、すぐにこの女をくびり殺してやるから」
ジェイ君はゆっくり歩を進めた。
「ジェイ君、ダメ! あいつは先にジェイ君を殺すつもりよ!」
それはジェイ君にもよく分かっていた。
しかし、今は奴の言うことを聞く以外、方法はない。
ジェイ君は、背を向けたまま瞳の方へ顔を向けた。
「後は頼む」
それは、ジェイ君の心が決まったことを意味していた。
自分が死んでも、三人を守るという決意。そして、瞳ならこの状況を打破できるはずだという信頼。
瞳は込み上げて来るものを堪え、顔を歪めた。
「フフ。良い子だねぇ。ずっとそうやってママの言うことを聞いていれば、生かしてやったってのに」
「黙れ。お前は母親じゃない。ましてや人間でも、呪いでもない。お前は……ただのクソ野郎だ」
それを聞き、統島は吹き出した。
「アハハハハ‼ なかなか威勢が良いじゃないか。けど、それもいつまでもつかな?」
統島の身体から霊体が現れ、ジェイ君の頭を掴んだ。
ジェイ君の身体から出る煙を、霊体が大きな口を開けて吸い上げていく。
その度に、ビクンビクンとジェイ君の手が痙攣した。
「ジェイ君‼ お願い、もうやめて‼」
「うるさいよ! 今良いところなんだ」
統島が、柚子を締め上げる。
霊体が出ていても、肉体は操れるようだ。
しかし、隙があるとしたらそこしかない。
「統島さん‼」
瞳は叫んだ。
「今、あなたは他人に自分の身体を操られてる! あなたが一番毛嫌いしていた、あなた自身を踏みにじる行為よ! それを許してもいいの⁉」
「無駄だよ。奴の意識は恨みに囚われ、永遠に眠ったままさ」
「いいえ、そんなことない! 人間の想いは、そんなに弱くない!」
「はっ。何を馬鹿なことを。いいかい? 人間ってのはね。誰かに依存しなけりゃ生きていけないのさ。恨みがその象徴だよ。他人を傷つけるくせに、他人に依存する。誰かに自分の痛みを知ってもらうためなら、平気で人を傷つける。そんな愚かで馬鹿な生き物が人間なのさ。奴らに想いなんて高尚なものは存在しない。あるのは、どこまでも利己的で他力本願な執着さ」
「違う!」
瞳は立ち上がった。
「人間は、誰かの思い出の中で生きたいだけ。それはきっと、自分のためだけじゃない。誰かに愛されたいという気持ちや、誰かに必要とされたいという気持ちは、誰かを思いやりたいという願いなのよ。……恨みや妬みは、ただの側面よ。願いが強すぎて、間違った方向へ向かってしまっただけ。でも、きっと、人間はいつかそれに気付く。そんなものには負けない力がある。だって人間には、それを乗り越えるだけの勇気があるから!」
「まったくおめでたい……うっ」
突然、統島が呻き始めた。
「くそ……。まだそんな力が……」
瞳は、ちらと自分のリュックの方を見た。
そこにある禍玉の欠片を確認し、一気にダッシュして手を伸ばす。
ガシャン‼
そんな音がして、統島の足がリュックを踏みにじった。
「惜しかったねぇ~」
にいと、統島は笑った。
瞳は、ゆっくりと伸ばした手を戻した。
「隙をついて、禍玉の欠片をくっつけようって腹だったんだろ? アンタが目ざとく欠片を拾っていたのも、さっきの拍子でそこに落っことしたことも、全部把握済みさ」
ミウと柚子は愕然としていた。
これで、万に一つも勝機がなくなった。
「アンタが熱弁した人間の意思もこの程度。唯一の脅威だったコイツの魂も、もうすぐ全て吸い終わる。非力なお前じゃ、霊体になった私でも殺せない。これで私の──」
「言っておくけど、私じゃないから」
突然、瞳は言った。
「あ?」
「壊したのはあなたよ」
統島は、じっと瞳を見ていた。
その視線を、自分の足元へ向け、荷物を踏んでいた足を上げる。
そこには、禍玉の欠片の他に、二つのものがあった。
バラバラになったトカゲのミイラと、壊れた市松人形が。
統島は、それらを見たまま、しばし呆けていた。
そこでふと、自分の手に長い舌が巻き付いていることに気付いた。
「お前ノ欲望は何ダ?」
そんな声が聞こえたかと思うと、突然後ろ手に縛られる。
柚子はその隙を突いて、瞳の方へと逃げ出した。
「柚子‼」
瞳とミウが柚子を抱きしめる。
その様子を見ていた霊体が憤怒の表情を浮かべ、ジェイ君の魂を吸い尽くそうと大口を開ける。
が、その首に長い髪が巻き付いた。
「遊ぼう」
そんな声と共に引き剥がされ、ジェイ君がその場に倒れる。
「ジェイ君‼」
三人がジェイ君に駆け寄ると、彼は頭を振りながら、むくりと起き上がった。
「どうなった?」
「だいじょうぶ。私達の勝ちよ」
霊体の身体に、舌と髪が何重にも絡みつく。
必死に振りほどこうとする霊体の後ろには、オオトカゲと市松人形の姿があった。
「くそっ! くそっ‼ やめろ‼ アンタ達、自分が何をしようとしているか分かってるのかい⁉ アタシはアンタ達の味方だよ! アンタ達の恨みはアタシが一番よく知っている! アタシについてくれば、最高の舞台で恨みを晴らさせてあげられる。それにほら! アンタ達が憎いのはアタシじゃなく、アイツらだろう⁉」
オオトカゲと市松人形は、心配そうな顔をしている柚子とミウを見つめた。
「お前達も気付いているだろ」
ふいに、ジェイ君が言った。
「俺達は、恨みを晴らしたかったんじゃない。ただ誰かに聞いて欲しかった。自分がここにいることを、知って欲しかっただけだ。だが、それを叶える必要はもうない。俺達には、気付いてくれた人がいる。そうだろう?」
オオトカゲと市松人形は、互いに顔を見合わせた。
うなずきせず、声を掛け合ったりもしない。
二人は、息を合わせて霊体を引き剥がしにかかった。
「やめろおおおお‼」
霊体が、完全に統島の身体から抜け出た。
その瞬間、先程まで煙のように存在感のなかった霊体が、音をたてて床に倒れ込んだ。
そこにいたのは、白い着物を着た、一人の老婆だった。
四肢は枯れ木のように細く、顔は皮膚がたるんで今にも崩れ落ちそうだ。
「ひいいい‼」
老婆は悲鳴をあげながら駆けだし、コテージから飛び出した。
「大変、逃げちゃう‼」
「だいじょうぶよ」
瞳は冷静に言った。
柚子とミウが辺りを見回す。
そこには、ジェイ君の姿がどこにもなかった。
「あとはプロに任せましょう」
その言葉が死亡宣告に相応しいことは、ここにいる誰もがよく知っていた。
◇◇◇
老婆は暗い林の中を走っていた。
息も切れ切れに後ろを振り返り、誰も追って来ないことを確認すると、木にもたれかかり、ほっと息をつく。
カサ
そんな音がして、思わず飛びのいた。
「誰だい⁉」
老婆の声に返事をする者はいない。
木々のさざめきや虫の鳴き声だけが聞こえてくる。
老婆は、ごくりと息を飲んだ。
ただの気のせい。
そう思っても拭いきれない、嫌な想像が頭をもたげていた。
カサ
再び音がして、すぐに振り向く。
カサ
今度は逆方向だ。
老婆は気付かぬうちに、肩で息をしていた。
不安と恐怖がないまぜになり、完全に頭が混乱していた。
「はぁっ! はぁっ! はぁっ!」
まるで真綿で首を絞められているかのように、呼吸がうまくできない。
辺りを警戒しながら、ゆっくりと、ゆっくりと後ろへ下がる。
ドンと、何かにぶつかった。
さぁと、顔から血の気が引く。
おそるおそる、後ろを振り向いた。
しかし、それは何の変哲もない、ただの木だった。
老婆は、ほっと胸を撫で下ろす。
「なんだい。驚かすんじゃ──」
突然、老婆の肩に激痛が走った。
「ぎゃああああ‼」
ぼとりと音がして、枝のような腕が地面を転がる。
老婆の目の前には、ジェイ君がいた。
真っ赤に染まったマチェットを握り、ホッケーマスクの内側から、じっと老婆を見下ろしている。
「ひいいい‼」
老婆は走った。
訳も分からず、どこに向かっているかも知らず、ただ闇雲に走った。
突然、横から何かが飛んできて、老婆は盛大に転んだ。
「うぷっ。な、なんだい……⁉」
飛んできた何かを持ち、目の前に掲げる。
それは自分の腕だった。
「ぎゃああああ‼」
老婆は腕を放り投げ、再び走った。
走って、走って、走って。
とうとう、湖のほとりまでやってきた。
ゆっくりと、ジェイ君が林の中から姿を現わした。
「く、来るな! 来るんじゃない‼」
老婆は後ずさり、湖の側へと寄っていく。
そこで、ぴたりとジェイ君は足を止めた。
「……お前が抱えた呪いはそれか」
「え?」
老婆の後ろには、幾本もの腕があった。
それは湖から押し寄せるように現れ、老婆の身体を掴んだ。
「ひっ!」
老婆の真横に、人間の顔が現れた。
怨嗟の念が籠った目で老婆を睨み、湖の底へと連れて行こうとしている。
「ここで死んだ人間達か。お前には相応しい呪いだな」
「や、やめろ! 離せっ‼ アタシはアンタ達とは違うんだ‼ 呪いを操って、不老不死になって、それで……‼」
「そういえば、不死がお前の願いだったな。望み通り、その願いは消さないでおいてやろう。湖の底で、永遠にそいつらになぶられるんだな」
「ふ……ふざけるなああああ‼」
ジェイ君に飛び掛かろうとする老婆の頭部に、彼はマチェットを振り下ろした。
頭が陥没し、老婆はぱくぱくと口を開け閉めする。
「ア……アタシは…………不老不死に……」
「あばよ」
ジェイ君が身体を蹴ると、そのまま老婆は、腕に取られて湖の底へと沈んでいった。
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