第20話 殺人鬼VS亡霊




三人はしばらくの間、抱きしめ合っていた。

瞳が、ゆっくりと二人から離れる。


「……落ち着いた?」

「うん。二人とも、ありがとう。……ジェイ君も」


ジェイ君は、ゆっくりとうなずいた。

それを見て、二人は微笑んだ。


「……あのね、二人とも。私──」

「一人だけハッピーエンドか? そうはさせないよ」


その声に、全員が振り返る。

気付けば、小屋の扉の前に、統島が立っていた。


「オレの誘いを断りやがって……。そうやっていつもオレを出し抜いて。お前もオレを見下すつもりだな‼」


統島が言っていることを、ここにいる誰もが理解できずにいた。


「呪いにあてられている」


ぼそりと、ジェイ君が言った。


「オレは頂点に立つ! オレを見下す奴を全員血祭にあげて、今度はオレがお前らを見下してやるんだ‼」


統島は、小屋の中へと駆けて行った。


「まずい! 何かする気だ‼」


ジェイ君に続いて、他の三人も慌てて追いかける。

統島が入った部屋は、遺体が安置されていた部屋だった。

真っ二つに割れた頭蓋骨を払いのけ、統島はテーブルのシーツの下から、一つの石を取り出した。

それは、ドス黒く濁った禍玉だった。


「オレの身体をくれてやる! だから……、だからオレに力を! 世界がひれ伏すような力を‼」


統島の言葉に呼応するように、禍玉が割れた。

その瞬間、禍玉を覆っていた黒い闇が周囲に散り、それはU字型に方向転換すると、そのまま統島の身体に入っていった。


「統島さん‼」


瞳の声をかき消すほどの笑い声が辺りに響く。

闇が全て統島の体内に吸収された時、音をたてて禍玉の欠片が床に落ちた。


「……ふぅ。なんとか間に合ったねぇ。あてられやすい奴が残ってくれていて、助かったよ」


統島の喋り方が変わった。

いつものすかした口調ではない。どこか声の調子が高く、まるで老練な女性を連想させる。


「……お前、誰だ?」


ジェイ君は統島を睨みながら言った。


「誰ってことはないだろう? 前みたいに、ママって呼んでおくれよ」


ジェイ君が目を見開く。

それを見て、統島はクククと笑った。


「未完成のまま使ってしまうのは抵抗があったけど、まあ、健康的な肉体が手に入ったんだ。これで良しとしないとね」

「……そうか。お前は俺に人を殺させ、怨念を集めていたんだな。禍玉を完成させるために」

「そうだよ。全ては私が現世に蘇るためにね。……本当に、長い道のりだった。お前に邪魔さえされなければ、こんな場所に閉じ込められることもなかったっていうのにね」


ジェイ君は、じっと統島を睨んでいる。

どうやら、統島が言っていることを理解していないようだ。


「アハハハ! なんだい⁉ 全部忘れちまったのかい! アンタがここの辺ぴな村で暮らしてた時のことだよ。嫌われ者同士が傷をなめ合っていた、あの気持ちの悪い村さ」


それは、村八分にされた者達が作ったという村のことだった。


「アンタらを率いて、アタシがこの村を作ってやったんだよ。場所はどこでもよかった。生きながらにして、悪霊のような怨嗟を込めたアンタらが密集している場所ならね」

「最初から、それが狙いだったのか。なら、村が襲われたのは……」

「その通り。アタシが黒幕さ。おかげで禍玉の呪いは、何も知らない馬鹿な襲撃者共が被ってくれた。……誤算だったのはアンタさ。嫌われ者の村の中で、さらに嫌われ者だったアンタが、まさか唯一アタシの企みに気付いて殺しに来るなんてね。そのせいで、不老不死になるはずだった私の願いは、あんな中途半端な形で止まってしまった」


忌々しそうに吐き捨て、しかしすぐに思い出したように笑みを浮かべる。


「まあおかげで、アンタは酷いリンチにあって殺されることになったわけだがね。元々、図体のデカい異国人のアンタは、周りから毛嫌いされてたからねぇ」


意気揚々と語る統島の言葉を聞き、瞳は何かに気付いた。

同じような話を、どこかで聞いたことがあったのだ。


「……ちょっと待って。じゃあ、調査隊の人間が突然暴動を起こしたのは──」

「当然、アタシが動かしたのさ。理不尽な死を迎えた人間の魂ほど、上質な素材はないからねぇ。あのクソ女に禍玉を使われたのは計算外だったけど、そのおかげで便利な駒が手に入り、人を呼ぶ方法も、確実に殺す方法も確立できたわけだけどね」

「……じゃあ、アンタが全ての元凶ってわけね」


柚子が、統島をキッとにらんだ。


「ミウ、聞いてるだけでムカムカしてきた! ほとんど何言ってるのかわかんなかったけど」

「分かってないのね……」


二人を見下ろし、統島は鼻を鳴らした。


「さて。ちょいと長話が過ぎたようだね。久しぶりに身体を手に入れて、興が乗っちまったようだ」


統島は、瞳の方を向いて、にこりと微笑んだ。


「瞳。和解できたみたいでよかったね。呪いなんていう世界の汚物でも、友情なんてものが芽生えることがあるとは、思いもよらなかったよ。感動させてくれたお礼だ。ここから出て行く前に、アンタ達全員、アタシが八つ裂きにしてあげる」


統島が瞳達の方へ駆けて来る。

三人が身構えた時、ジェイ君の裏拳が、統島の身体を吹き飛ばした。

ぐるんぐるんと空中で二回転し、テーブルを叩き割って床に倒れる。


「ちょ、ちょっとジェイ君! あの身体は統島さんなのよ⁉」

「すまん。つい」


ガラガラと音がして、統島が起き上がる。

その腕はありえない方向に曲がっていた。

しかしそれをゴキリと無理やり戻すと、まるで何事もなかったかのように、その手を開け閉めしてみせた。


「……どうやら遠慮する必要は無さそうだな」

「言ってる場合⁉ と、とにかく逃げよっ!」


四人は小屋から脱出し、林の中を走った。


「あれどういうこと⁉ あいつは無敵なの⁉」

「どうもそうらしい」


ジェイ君はこともなげにそう言った。


「最後の敵は無敵かー。相手にとって不足なしだね!」

「だから言ってる場合なの⁉ その無敵の敵を私達で倒さなくちゃいけないのよ⁉」

「だが、奴の話は半分だ」

「え?」


ジェイ君の言葉に、柚子は首をかしげた。


「敢えてぼかしていたが、今回禍玉を使ったことで、奴は願いが叶ったと同時に呪われたはずだ。どういうものなのかは分からないが、奴の弱点であることは間違いない」

「それに、あいつは中途半端な形で禍玉を使ったと言っていた。物理的には不死かもしれないけど、どこかに欠損があるはずよ」


ジェイ君と瞳が淡々と話す様子を、二人は、じっと見つめている。


「なに?」

「いやいや。ちょっと忘れてたというか……」

「そうそう。相手が無敵でも、二人がいれば、こっちだって無敵だもん」


そう言って笑う二人を見て、瞳は恥ずかしそうにうつむいた。


「それに、奴の弱点はもう一つある」


いつも通りの冷静な声で、ジェイ君が言った。


「禍玉だ。割れた二つの欠片を繋ぎ合わせれば、願いは消える。当然、あいつ自身も消えることになるだろう」

「そっか。あ、でも……欠片ってどこにある?」

「片方は奴が持っているのが見えた。さすがに警戒しているんだろう」

「もう一つは……確か、床を転がってったような……」

「だいじょうぶ。その欠片は既に拾ってある」


瞳はそう言って、手のひらの上にある欠片を見せた。


「さっすが瞳! やっぱ瞳が味方だと心強いわ!」


柚子は興奮した様子で、くしゃくしゃと瞳の頭を撫でる。

瞳は、照れ隠しに咳払いしてみせた。


「願いの欠損と呪い。この二つは現状どういったものかは分からないわ。作戦をたてるなら、禍玉を再び完成させることを目的にした方がよさそうね」

「そうだな。問題はどうやるかだが、何か案はあるか?」

「そうね……。私は──」


言いかけて、瞳の言葉が止まった。

一緒に走る柚子の影がなかったのだ。


瞳は、咄嗟に彼女を押した。

その瞬間、何もなかったはずの場所から、統島が煙のように現れた。

柚子を狙ったその手が瞳の首を掴み、地面へ押し倒す。


「死を感知する呪いか。面倒くさいね。先にアンタを食ってやるよ」


統島の身体から、白い煙のようなものが浮かび上がる。

その煙は女性の身体を形作り、瞳の頭を両手で掴むと、大きく口を開けた。

なんとか抵抗しようともがいていた瞳の顔から、突然生気が失っていく。

彼女の身体からも煙があがり、それは統島から出ている霊体の口へと吸い込まれていく。


「このっ! このっ‼」


柚子とミウががむしゃらに手を振り回すが、むなしく空を切るだけだ。

その時、二人の間から大きな手がぬっと現れ、霊体の首を掴んだ。


「瞳から離れろ」


マチェットを振り下ろそうとした時、霊体は統島の身体と共に消えた。

逃げられたのだ。

煙が瞳の中へと戻っていくと、彼女の顔に生気が戻り、その場でせき込み始めた。


「瞳、だいじょうぶ?」

「うん。なんとか。もう少しやられてたら危なかったけど」

「立てるか?」


ジェイ君が、瞳に手を差し出す。

その優しくも力強い手に戸惑いながらも、瞳はそれを握った。


「あいつ、ジェイ君と同じ技が使えるのかな」


ぼそりと、ミウがつぶやいた。


「いや。俺の力は誰かの側に現れる能力だ。奴はおそらく、この湖周辺ならどこへでも姿を現わせられる」

「完全に上位互換じゃん……」


柚子の声は、絶望で淀んでいた。


「だが、さっきの攻撃で確信した」


ジェイ君の言葉に、瞳もうなずく。


「ええ。相手は念力が使えなくなってる。肉体を手にしたことで、物理法則にも左右されるようになったってところかしら」

「それに、願いの欠損もなんとなく分かった。奴はあの肉体を完全に手にしていない。だから攻撃する時、以前のように霊体を見せなければならなかった」

「ただあの口ぶりからして、さっきの攻撃をやられると、呪いだろうと問答無用で殺されるみたいね。私もジェイ君も、あれでトドメを刺すつもりみたい」

「その代わり、霊体になったあいつは、呪いである俺達なら触れられる」

「絶好のカウンターチャンスってわけね」


二人が口早に状況を確認しているのを、柚子とミウは、ぽかんとしながら見守っていた。


「……ミウ達も何か言った方がいいかな?」

「やめとこ。惨めになるだけよ」


諦観したように、柚子は、ぽんとミウの肩に手を置いた。


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