第19話 殺人鬼VS女の子<3>



「ジェイ君!」


ジェイ君の元に、二人は駆け寄った。


「二人とも、大丈夫だったか?」

「余裕! だってミウ、ジェイ君がなにか仕掛けるだろうなーって、思ってたもん!」

「嘘つけ。ずっとあたふたしてたじゃん」

「むぅ。柚子だって泣きそうな顔してたくせに」


軽い口喧嘩を始める二人を見て、ジェイ君は、ふっと笑った。


「はぁ。でも心臓に悪かったわ。今までだったら兆候が見えたのに、今回まるで分からなかったんだもん」

「そうだね。ミウ、あれ見つけるの得意なのになー」


ジェイ君は、じっと二人を見つめた。


「兆候とはなんだ?」


その言葉に、ミウがぷぷぷと笑った。


「え~? ジェイ君知らないの? 遅れてる~」

「呪いに襲われる直前に見えるのよ。影とか、音とか。そこに殺される時のヒントが隠されてるの」


ジェイ君は、しばらく動かなかった。


「……そんなものはない」

「え?」

「少なくとも、俺は知らない」


二人は思わず顔を見合わせた。

ジェイ君は呪いに関して言えば、いわばプロだ。

そのジェイ君に知らないことなんてあるはずがない。


三人の間に意味深な沈黙が流れていた時だった。

突然、周囲を地鳴りが襲い始めた。


「な、なに⁉」

「この辺りは地盤が緩い。よくあることだ。しばらくすれば止む」


しかし、ジェイ君の言葉とは裏腹に、なかなか地鳴りは止まなかった。

先程の戦いで傷ついた大木が、パキパキと音をたてながら揺れる。

かと思うと、地鳴りの衝撃に耐えきれず、すぐ側にいたジェイ君を巻き込んで倒れた。


「ジェイ君‼」

「ま、待って。これ……何かおかしい」


柚子はその異変を、無意識に察知していた。

二人の影を、揺れる木々の影が何度も横切る。それはちょうど、二人の首の部分だった。

ふと、誰かが落としたものなのか、レプリカの金貨が風に揺れてころころと転がる。

うめき声に振り向くと、野犬が遠くでネズミの肉を食い漁っていた。


「金貨……金…………金井……? それにもしかして、肉倉……」


柚子は地面に目を落とし、愕然とする。

落ちた枝葉が、『死』という文字を形作っていたのだ。


「柚子……」


ミウがそう言って指さした方向には、瞳がいた。

瞳は、ぐったりとうなだれたまま、地面に立っていた。


「一人はいや……。一人はいや……」


抑揚なく、ぶつぶつとつぶやいている。

そんな彼女の周りに、ぼとぼとと枝葉が落ち、大量の『死』の文字が地面にできあがる。


「ど、どういうこと⁉ もう洗脳は解けたんじゃないの⁉」


訳も分からず、柚子が叫んだ。

それに呼応するように、ジェイ君が大木を押しのけ、ゆっくりと立ち上がった。


「……お父さんの仇‼」


瞳がそう叫んだ瞬間、地鳴りと突風によって小屋のトタンが一枚剥がれ、勢いよくジェイ君の身体にぶつかった。

ジェイ君が仰向けに倒れると、跳ね返ったトタンが一本の枝をへし折り、宙へと飛ぶ。

その太い枝はぐるんぐるんと回転し、倒れていたジェイ君の胸にぐさりと突き刺さった。


「ジェイ君‼」


ジェイ君の身体が硬直する。

しかし、すぐにその枝を掴み、一気に引き抜いてみせた。

柚子はそれを見て、ほっと安堵し、瞳に向かって叫んだ。


「もうやめて‼ ジェイ君はあなたのお母さんが呼び覚ましたの! だから、その婚約者を殺すような真似するはずない!」


瞳は、一瞬だけ目を泳がせ、しかしすぐに殺意を込めた目をジェイ君に向けた。

しかしジェイ君には分かった。

それが殺人鬼の目ではないことに。

瞳が、既に気付いていることに。


「……そういうことか」


ジェイ君はゆっくりと立ち上がった。


「瞳。もういい」

「……お父さんの、仇……!」


ジェイ君は、ゆっくりと首を振った。


「俺はお前の仇じゃない。それは、お前自身がよく分かっているはずだ」


ふいに、瞳が痛みに顔を歪め、額を押さえた。


「ずっと疑問に思っていた。どうしてここまで、二人を守ろうとするのか。どうしてここまで、自分が二人に相応しくないと思っているのか。……お前は、俺と同じだったんだな」

「……え?」


意味深な言葉に、柚子とミウは首をかしげた。


「瞳。あの写真に写っていた人物は、お前の父親じゃない。そしてそこに写っていた女性も、……お前の母親じゃない」

「……やめて」


瞳の悲痛なつぶやきを無視し、ジェイ君は言った。


「お前に両親はいない。お前は……俺と同じだ。禍玉を使用したことで生まれた、呪いなんだ」


瞳は大きく目を見開いた。


自分でも忘れていた、数時間前の出来事が、瞳の脳裏で再生された。




「死体を見つけたんだね?」


ジェイ君が父親殺しの犯人だと誤解して、思わず逃げてしまった時、最初に追いついたのは統島だった。

統島は瞳の顔を見て全てを察したように、身の上話を始めた。


「オレの父親は、あの調査隊の隊長だった。勘違いしないで欲しいが、ここに来たのは父親が死んだことで感傷的になったからじゃない。家庭を顧みずに好きなことばかりしているオヤジが、好きなことして死んだ。自業自得だ」


そう言って、統島は自嘲するように笑った。


「オヤジがどれだけ勝手なことをしても、稼いでいるのは自分だと言われれば、オレもおふくろも黙るしかなかった。オレが何も知らないガキだった頃、おふくろは病気で死んだ。パートで働くおふくろを誰かが気に掛けてくれれば、オヤジが普通におふくろと生活していれば、気付ける病気だった。その時、オレは思った。誰かに軽んじられるということは、誰かに踏みにじられて死ぬということだ。だから他人を押しのけてでも這い上がり、力を得て、頂点に立ってみせるってね。その力がオカルトだろうと科学だろうとなんでもいい。これ以上、誰かに尊厳を踏みにじられないように」

「……そんなことを話して、何を言わせたいの?」

「本音でいこうっていう提案さ。オレは君のことが嫌いじゃない。他人なんてただの道具だと思っていたが、君は特別だ。互いの利益のために、協力し合おうじゃないか」

「……だから、一体何の話を──」

「最初から知っていたんだろ? あの二人に呪いがついていることを」


瞳は黙り込んだ。


「だから君はここに来たんだ。お父さんのことを調べるためじゃない。ここにいるはずの殺人鬼に、呪いと戦ってもらうためにね」


統島は写真を見せた。


「柚子ちゃんから聞いたよ。君は父親に会ったことがないそうだね。物心ついた時から、君の家には仏壇が飾られてあったとか」

「……そうよ。それが一体──」

「この写真は二年前の写真だ。普通に考えれば、君が幼かった頃に仏壇が飾られているのはおかしい。ならこの矛盾が、どういう事実を導き出すのか。それは二つの可能性だ。君の見ていた仏壇が、ここに映る人物のものでない可能性。そして、君が嘘をついている可能性だ」

「嘘じゃない。本当に私は──」

「ところで禍玉についての記述を覚えているかな。禍玉は所有者の願いを一つ叶える。しかしそれと同時に禍玉は割れ、それによって呪われてしまうというものだ。それともう一つ、大事な事実がある。この場所で起きた調査隊同士の乱闘事件。そう、君のお母さんが唯一生還したという事件だよ。おそらく、君の持っている禍玉の欠片は、お母さんのものだね。……ここまで言えば分かるかな? 禍玉の欠片。乱闘事件。そして、誰も出られないはずのこの場所から、唯一生還した女性。それらを結び付けて考えれば、自然と結論が見えてくる」


ズキンと、瞳の頭に頭痛が走った。


「やめて……」

「調査隊の女性は禍玉を使用し、この場所から脱出した。しかし同時に、その代償として呪われた。人間ではない何者かに、母と呼ばれ、ずっと付きまとわれる呪いだ。その呪いこそが君だった。そう、君は人間じゃなかったんだ。……ま、以前も言ったように、オレはそんな些細なことは気にしない。だから──」

「やめてえええええ‼」


その時だった。

突然、突風が吹いたかと思うと、密集した木々によって弓なりにしなびていた枝が、一気に弾かれた。

その枝は勢いよく縦に回転し、側にいた統島を吹き飛ばす。


「ぐふっ!」


うめき声をあげながら宙を飛び、地面に平行して突き出ていた枝に、吸い込まれるように貫かれた。

ビチャリと、瞳の身体に統島の血が飛び散る。


あまりに突然起こったことに、瞳は頭が真っ白だった。


「あ……あ……」


瞳の脳裏に、調査隊の丸太小屋が大木に押しつぶされた記憶がフラッシュバックした。

今まさに、それと同じことが起こった。

あの時、突然小屋が揺れ出したのはいつだったか?

そう。自分が写真を見ていた時だ。

あれが、二年前の写真であることが、分かった時だった。


「ち、違う……。私じゃない」


首を振りながら、後ろへと後ずさる。

自分が赤ん坊の頃の記憶、幼稚園児、小学生、そして中学生の時の記憶。

それらが全て存在しないことを否定するように、首を振っていた。


追い詰められていた瞳に、さらに別の記憶がフラッシュバックする。



「……お母さん」


そう言ってノックするドアに、母親は声を荒げながら物をぶつけていた。


「私に子供なんていない! 誰もあなたなんか産んでない‼ あなただって知ってるでしょ⁉ 私は子供を産めない身体なの‼ ……お願いだから、これ以上つきまとわないで‼」



「違う。こんなの……、こんなの違う‼」


瞳は逃げるように走り出した。

女の亡霊にそそのかされたのは、それからもう少し後のことだった。




「……全部思い出したか?」


ジェイ君に言われ、遠い記憶の彼方から、瞳は帰ってきた。


「……やだ……。こんなの違う……」

「違わない。お前は呪いだ。人間じゃない」

「やめてよ! なんでそんなひどいこと言うの⁉」


瞳は耳を塞ぎ、その場にうずくまった。


「受け入れないと前に進めない。消えることのない妬みから、いずれ二人を殺してしまう。だから──」

「だから死ねって⁉ このまま消えてしまえって言うの⁉」

「違う! 思い出すんだ‼ 二人なら──」

「そんなのいや‼ 気付きたくなんてなかった。思い出したくなんてなかった! だって……。だって、呪いは……人を殺して……傷つけて……。そんな存在が……誰かと…………いていいなんて……」


地揺れが徐々に酷くなっていた。

近くにいたタヌキが、飛んできた枝に貫かれる。

眠っていた鳥が慌てて飛び起き、急降下して大木にぶつかり潰れる。


瞳を中心に、音をたてながら動物たちが死んでいく。

明らかに異常な状態だった。

呪いが暴走しているのだ。


「柚子、ミウ‼」


ジェイ君は叫んだ。


「瞳は呪いだ。人間じゃない。それでも、二人は瞳を信じるか⁉」


二人は、戸惑うように顔を見合わせる。


「そのために、命を賭けれるか⁉」


ジェイ君の必死の叫びに、二人は力強くうなずいた。


「分かった」


ジェイ君はマチェットを取り出した。

大きく振りかぶり、それを二人へ投擲する。

瞳は、ハッとした。

二人の影には、首から上がなかった。

回転するマチェットは、二人の首に吸い込まれるように向かって行く。

二人は、その場に立ったまま、黙って目を瞑った。


マチェットが、二人の首を切断する。

……その瞬間だった。


誰かが二人を押しのけ、マチェットは空を切った。


「……瞳」


瞳は、地面に倒れた二人に馬乗りになっていた。

彼女は肩で息をしていた。

焦りと恐怖で、額に大量の汗をかきながら。


二人は、泣きながら瞳に抱きついた。


「ちょ、ちょっと離して! 私は二人を──」

「離さない‼ 絶対に離さない‼」

「ミウも離さない‼ 瞳がなんであろうと関係ないもん! ミウ達、ずっとずっと親友だもん‼」


痛いくらにしがみついてくる二人を見て、瞳はじわりと涙を浮かべた。


「だって……。だって、私は……」


感極まり、答えられずにいる瞳に、ジェイ君は口を開いた。


「俺も二人に怒られた。呪いだからとか、人間じゃないとか、資格があるとかないとか。そうやって言い訳するのは、ただの逃げだってな。……そんなことで、二人が態度を変えるような子じゃないことは、俺達が一番よく知っている。そうだろ?」


瞳は唇をわななかせた。

決して力を緩めない二人の頭に、力無く手を置く。

耐えきれずに流れる涙が二人へと落ちると、我慢できずに二人を抱きしめた。


「ごめん……。二人とも、ごめん。ずっと騙してて。二人を……殺そうとして……」

「本当よ。帰ったら、アイスおごってもらうから」


柚子は涙を拭いながら言った。


「ミウも。今度こそ四段に挑戦する!」


いつもの調子でそう宣言するミウに、二人は思わず吹き出した。


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