第13話 殺人鬼VS市松人形<2>




瞳は服についた土をはたきながら、立ち上がった。


「ここでぼーっとしていても仕方ないわ。とりあえず、私達のコテージに帰りましょ」

「あれ? オレもお邪魔しちゃっていいのかな?」


わざとらしく、統島はそう言った。


「不本意だけど、野垂れ死にされるのも寝覚めが悪いし、仕方ないわ」

「そういうことにしておいてあげるよ」


あいかわらずのナルシストぶりに、瞳は目を瞑ってため息をついた。


「言っておくけど、また私達を見捨てるような……こと、を……」


瞳の言葉は、周りの異様な景色に圧倒され、途中で消えてしまった。

先程まで、自分たちは昼間の林を歩いていたはずだ。

なのに、さっき目を瞑ったあの一瞬で、辺りが夜へと様変わりしていた。


「……え?」


先程まで日差しが差し込んでいた林が、漆黒の闇に包まれている。

ドクン、ドクンと、心臓が警告するように早鐘を鳴らしていた。


「何だこれは? いきなり──」

「しっ」


瞳は人差し指を口元に近づけ、小さく言った。

全意識を五感に集中させ、どんな反応も逃すまいと、辺りを警戒する。


「遊ぼう──」


ふいに、そんな声が聞こえてきた。


「ふざけやがって。誰が遊んでなんか──」


瞳が統島の口を塞ぐ。


「返事をしないで。何がルールに抵触するか分からない」

「おーにさんこーちら。手―のなーる方へー」


ぼんやりと、空中に浮かぶ市松人形の姿が遠くに見えた。

二人はすぐに踵を返し、人形とは反対の方向へと逃げ出した。


「それで? プロの君はこれから一体どうするんだ?」

「あなたはいちいち皮肉を言わないと気が済まないの? とにかく私のコテージまで行って、ジェイ君に助けを求めるしかない」

「そう簡単に来てくれるかな。もしも助ける気があるのなら、今この場に現れないはずがないと思うけどね」


瞳は無視して、足を動かすことに集中した。

しかし走れど走れど、ジェイ君たちがいるコテージには辿り着かなかった。


「おかしい。距離を考えても、絶対に到着しているはずなのに」


さらにしばらく走ると、驚愕の光景が目に飛び込んできた。

目の前に、大木で押し潰された丸太小屋があったのだ。


「賭けてもいいけど、円状にぐるぐる回っていたなんてことは絶対にない。方位磁石で確認してたからね」


統島が方位磁石を見ながらそう言った。


「空間に干渉してる……? そうか。だからジェイ君に気付かれなかったのね」

「感心しているところ悪いけど、奴さんは待ってちゃくれないみたいだよ」


再び、何もない空間から、ぼんやりと市松人形が現れた。

先程よりも、明らかに距離が近くなっている。


「おーにさんこーちら。手―のなーる方へー」


統島が逃げ出そうと背中を向けた時だった。


「待って」


瞳がそれを制止した。


「なんだい? あきらめて、あの人形のエサになることに決めたとか?」

「何かおかしい。私達を襲う気がないみたい」


言われて、統島は宙に浮いている人形を改めて見つめた。

何故か人形は、こちらに近づこうとせず、その場に留まっている。


「怯える僕達を観察するのが趣味なのかもしれないぜ?」

「おかしいのはそれだけじゃない。あの人形が最初に言った言葉、覚えてる? 『遊ぼう』って言ったのよ。そして『おにさんこちら。手のなる方へ』」

「何が言いたいのかさっぱりだな」

「鬼ごっこをしてるのよ、私達は。そして鬼はあの人形じゃなくて……」


瞳は、黙って自分を指さした。

統島は、宙に浮かぶ人形と瞳を見比べて、渇いた笑みを浮かべた。


「あれに近づけって言うのか?」

「それがあの人形が仕掛けた罠よ。心理的に、どうしたって私達は逃げてしまう。向こうが100%勝てる鬼ごっこなのよ」

「だからって……」


統島は逡巡している。


「議論してる暇はないわ。相手は私達に近づいて来てる。たぶん、タイムリミットがあるのよ。その時間までに、私達があの人形を捕まえなければ殺される。そういうルール」

「ただの推測だろ。外れていたら、わざわざ食われに行くようなものだ」

「逃げていても食べられるだけよ」

「正気とは思えない」

「正気のままで、呪いに勝てるはずない」


統島は歯噛みしていたが、やがて投げやりな態度でため息をついた。


「分かったよ! やればいいんだろ! やれば‼」


瞳は冷や汗を流しながらも笑みを浮かべ、こくりとうなずく。

それを合図に、二人は人形に向き合った。


「いい? ゆっくりと近づくわよ」


一歩一歩、二人は噛みしめるように歩いていく。

市松人形は、近づきもしなければ逃げもしなかった。

ゆっくりと距離を縮めていき、とうとう人形の目の前に辿り着いた。


「同時に触れるわよ」

「食われる時は一緒にって?」


瞳は苦笑した。


「あなたと一緒なんて願い下げ。でももしそうなっても、二人同時なら、片方は助かる可能性がある」

「現実的な考え方は大好きだ」


瞳が「せーの」と合図したと同時に、二人は人形に触れた。


その瞬間、真っ暗だった空間が人形を中心に収縮したかと思うと、周りの景色が、先程までの明るい林に戻っていた。


「戻ってきた!」


思わず歓喜の声をあげた瞳だったが、すぐに顔が強張った。

彼女の腕を、人形が掴んでいたのだ。


恐ろしいほどの力で握られ、瞳は思わず苦悶の表情を浮かべる。

それと同時に、ぎちぎちと音をたて、市松人形の身体が大きくなり始める。

それが二メートルほどの大きさにまでなった時、市松人形の顔が鬼のような形相で、大きく口を開いた。


「ひっ!」


その鋭い歯が瞳の腕を食いちぎろうとした時だった。


突如、瞳の背後から伸びた手が、がしりとその顔を掴んだ。


「あが……が」


市松人形がぴくりとも動けずにいる中、瞳は後ろを向いた。


「ジェイ君‼」


そこにいたのはジェイ君だった。

すばやくマチェットを取り出すと、そのまま人形の首を跳ねようと動く。


が、首を切断する直前、ふっと、人形は消えてしまった。


瞳がジェイ君の背中に隠れ、ジェイ君は辺りを見回す。

が、すぐに警戒を解いて、マチェットをしまった。


「逃げられた」


言葉短にそう言うと、ジェイ君は瞳と向き合った。


「……来てくれると思ってた」

「遅れてすまなかった。異変には気づいていたが、どうしても干渉できなかった」


瞳はふるふると首を振り、ジェイ君に抱きついた。


「来てくれただけで、すごくうれしい。ありがとう、ジェイ君」


瞳のスキンシップに戸惑いつつも、ジェイ君は、ぎこちない手で彼女の頭を撫でた。

そんな二人の様子を、統島は何も言わずに観察していた。




◇◇◇



三人はコテージに戻ると、早速二人にも人形のことを教えた。


「……もしかして、いっちゃんなのかな」


ミウはそうつぶやいてから、みんなに事情を説明した。


「もしかも何も、それ以外にないだろうね。どうやら君達は、必要以上に呪いに好かれる体質らしい」

「……ご、ごめんなさい」


しょぼくれるミウを、瞳は抱きしめた。


「だとしても、ミウのせいじゃない。今はとにかく、無事に生還できることを考えましょう」


ミウはこくりとうなずいた。


「それじゃあみんなで対策を考えよう。ジェイ君、あの人形と戦った感想を教えて」

「以前のオオトカゲよりも呪いの強度が高い。強い呪いの持ち主は、相手にもルールを強制する。俺が湖周辺から出られないように、相手も湖周辺から出られなくなる、といったようにな」

「あの人形は、私達に『遊び』を強制できるわけね」

「はっきり言って、かなり厄介だ。『遊び』を強制している間は、外部の人間は干渉することができない。かといって、今奴を狙うこともできない。別次元に隠れる能力を持っているようだからな」

「……向こうが攻撃してくるまでは、手の打ちようがないということね」


ジェイ君はうなずいた。


「じゃあ今のうちに考えるべきことは──」

「気になるのは数だ」


全員が首をかしげた。


「今現在、この湖周辺にいるのはここにいる五人だけだ。つまり、もう一人の男は死んでいる」


瞳が心配そうに統島を見た。

しかし、彼は何の感傷も示さず、肩をすくめた。


「ま、そんなところだろうと思ったよ」

「問題なのは、俺がそれに気付かなかったことだ。あの人形は別次元からこの場所に侵入し、男を殺した。そしてどこかのタイミングで、男になり替わっていた。別次元に逃げられるというのに、わざわざ現実の世界に残っていたんだ。俺を欺くためだとしか思えない」

「……つまり、敵はジェイ君の能力を知っていたの?」

「そうとしか考えられない。教えたのは……」


ジェイ君は黙り込んだ。

一向に喋り出さないので、瞳は咳払いした。


「ええと……誰が教えたのかはひとまず置いておくとして、考えるべきことがもう一つある。ジェイ君を欺いて、何をしたかったのか」


柚子は首をかしげた。


「どゆこと?」

「だって、『遊び』を強制させればジェイ君だろうと手出しはできないのよ? わざわざ欺く必要なんてない。ジェイ君が目の前にいようが、一人一人さらって殺していけば済む話よ」


それを聞いて、統島はパチンと指を鳴らした。


「なるほどね。一人ずつさらえないのか」


全員が、統島の方を向いた。


「オレ達が二人で捕まったのが何よりの証拠だ。おそらく奴は、獲物を空間ごと別次元へ転送するんだろう。だから側にいる人間も、一緒に連れて行ってしまう。彼の空間移動能力を知っているなら、確かに奇襲をかけたくなるのもうなずける」

「そっか。ジェイ君なら、ワンチャン滑り込めるってことね」

「電車の駆け込み乗車みたい」


ミウの言葉で、三人は、スーツ姿のジェイ君が電車に駆け込んでいるところを想像した。


「ぷっ。アハハハ!」


三人が抱腹絶倒しているのをジェイ君はじっと見つめていた。


「ご、ごめんなさい。でも……ぷっ。クスクスクス」

「ジェイ君、スーツ似合ってなさすぎぃ」


着てもいない服のダメ出しをされ、ジェイ君は下を向いている。


「平和で何よりだよ」


統島は一人、ため息をついていた。




◇◇◇



しばらく笑い転げていた三人がようやく落ち着いたのは、日も暮れ始めた頃だった。

いい加減にしろという統島の一喝で、三人の中にようやく緊張感が戻ったのだ。


「さて。それでは対策ですが」


ごほんと咳払いし、瞳は言った。


「対策はシンプルだ。『遊び』を強制されるのを防げないなら、『遊び』で確実に勝てばいい」

「そうは言うけどさ。そんな簡単に勝たせてはくれないんじゃない? 種目だって変わるだろうし」

「それに、『遊び』に勝ったからといって、また逃げられたのなら意味がない」

「別次元への逃亡を防ぐ方法、か」


うーんと、全員が考え込む。


「簡単だ」


ジェイ君が当然のように言った。


「逃げられる前にやる。殺しの鉄則だ」


全員が、どう反応したものかと沈黙した。


「……前回それで逃げられたのは、どこの誰だっけ?」

「あの時は瞳を助けることが最優先だった。呪いによる強度が薄れさえすれば、やり方はいくらでも思いつく。殺すことにかけては、俺はプロだ」


その言葉の力強さには、強がりとは思えない凄みがあった。


「極限状態の駆け引きにも自信がある。そこは俺に任せてくれ」

「……まあ、そこまで言うなら」


ジェイ君の並々ならぬ熱意に、統島が折れた。


「ふふ。ジェイ君があそこまでやる気なら、もうだいじょうぶね」


ふと、瞳はミウがうつむいていることに気付いた。


「どうしたの?」

「いっちゃん、倒さなくちゃダメなの? きっとさみしいだけなんだよ」


その言葉に、しんと辺りが静まりかえった。


「寂しいからで殺されたらたまったものじゃないね」

「でも……ほんとはこんなことしたくないって思ってるよ」

「なら、君が生贄になってそれを証明すればいい」

「統島さん! 口が過ぎると怒るわよ」


統島は黙って肩をすくめた。


「……わかった」


ミウは口を尖らせ、すっくと立ちあがった。

慌てて、柚子がミウの肩を掴む。


「なに意地なんて張ってんのよ。アンタらしくもない。いつもみたいにぽやぽや~っとしときなよ。それがアンタの唯一の利点なんだから」

「……怖がりの柚子に言われたくない」

「……なんですって?」

「怖がりで、胸が小さくて、一か月で体重が●●キロ増えた柚子に言われたくない!」

「なっ⁉ ア、アンタねぇ‼ 言っていいことと悪いことがあるのよ⁉」


突然、二人はお互いの頬を引っ張り合いながら、取っ組み合いの喧嘩を始めた。

しかしそれは、控えめに言っても小学生同士のじゃれ合い程度にしか見えず、瞳は呆然と静観していた。


「ええと……ジェイ君」

「おそらく、呪いの影響だろうな」


なるほどと、瞳は思った。

呪いの効果も、この程度で済むならかわいいものだ。


「柚子のバカ! 成金!」


柚子にマウントを取られたミウは、転じて悪口による攻撃に出た。

柚子も、負けじとそれに応戦する。


「こんの……ポンコツ‼」


ミウは、父親に言われたことを思い出し、はっとした。

異変に気付き、はたと柚子が動きを止める。

ミウはぼろぼろと涙を流しながら、柚子を睨みつけていた。


「あ……ええと。ほ、本気にしちゃった? 冗談よ……じょ、冗談」


たまらず、瞳が二人の間に入った。


「ほら、もうおしまい。柚子、ミウに言うことがあるでしょ?」

「う……。ご、ごめん。そんな傷つくとは思ってなくて……」

「ミウもごめんなさいは? あなただって、柚子にいっぱい酷いこと言ったでしょ?」

「……やだ」

「ミウ」

「やだもん‼」


ミウは後ろを向いて、そのまま座り込んでしまった。

柚子はおろおろした様子で瞳を見つめている。

瞳がどうしようかと考えていた時だった。


「ミウ。少し外の空気を吸いに行こう」


ジェイ君が、ふいにそう言った。

ミウは返事こそしなかったが、小さくこくりとうなずいた。

心配そうにする瞳に、ジェイ君が耳打ちする。


「呪いの効果で単独行動をし始めるのも時間の問題だ。予測できない行動を取られるよりは、ガス抜きさせた方がいい」

「……そうね。お願い」


ジェイ君は、優しくミウの肩に手をやり、ゆっくりと立ち上がらせた。

その様子を、瞳は微笑ましい目で見つめていた。

ジェイ君は、今まで何度も自分達を助けてくれたが、自主的に気遣う姿勢を見せてくれたのは初めてだった。

そのことが、瞳にはとてもうれしかった。


「瞳。もしも襲われたら……」

「だいじょうぶ。こっちは三人いるし、なんとか対応できると思う。あなたはミウについていてあげて」


ジェイ君はこくりとうなずいた。

ジェイ君に支えられるように、ミウは涙を拭いながら、コテージから出て行った。


「ミウ……」


心配そうにつぶやく柚子の肩を、瞳は抱きしめてあげた。



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