第12話 殺人鬼VS市松人形




【二週間前】




「ぶぅーん‼ いえいえーい!」


ミウは自分の部屋で、市松人形を飛行機に見立てて遊んでいた。

その人形は、一年前に死んだ、ミウが大好きだったおばあちゃんから受け継いだものだった。


「この子は生きてるんだよ」


死ぬ間際、一人きりで病室に呼ばれたミウは、そう言われておばあちゃんからこの市松人形を受け取った。


「この子の前の所有者も、前の前の所有者も、みんな不運な事故で死んじゃってね。不幸を呼ぶ人形だって噂されて、押しつけられるように色々なところを転々として、おばあちゃんのところへやって来たの。……もしかしたら、本当にこの子が不幸を呼び寄せているのかもね」


おばあちゃんはそう言って優しく笑い、市松人形の髪に触れた。


「ただね。彼女は寂しがり屋なだけなの。寂しくて寂しくて、どうしようもなくて、きっとそういう悪さをしちゃうんだろうね。もしも私が死んだら、きっとまたどこかで、この子は悪さを繰り返すだろう。他の人にこんなこと言っても、老人の戯言だと思われておしまいだろうけど」


おばあちゃんは、ゆっくりとミウを見つめた。


「でも、ミウならきっと分かってくれると思ったの。私の言うことを信じて、この子の気持ちを理解してあげて、そしてきっと、この子を成仏させてあげられると思ったの。だからね、ミウ。あなたにこの子を持っていて欲しいの」


ミウは溢れる涙を拭い、こくりとうなずいた。


「わかったよ。ミウ、ぜったいこの子を大切にする。寂しい想いなんてさせない。だからおばあちゃん。死なないで。ミウとこのお人形さんと、三人で一緒に遊ぼうよ」

「……そうだね。一度くらい、そうしてあげましょうか。このことをミウに話す勇気がなくて、なかなかできなかったけど。最後くらい……」


そうして、三人で遊んでからおよそ一時間後、おばあちゃんは息を引き取った。



それ以来、ミウはこの市松人形と遊ぶのが日課になっていた。


「わぁ! 今日も怪獣『ダサっくま』が攻めてきたぞぉ!」


ミウがダサいくまの人形を片手で操り、オモチャの町を破壊している。


「うぬぬ! そうはさせるか! いっちゃん、出番だよ! 髪の毛ハリケーン‼」


市松人形を回転させ、その遠心力で回る髪を、ばしばしとダサっくまに当てていく。


「ぐわぁ~。やられたぁ」


ばたりと、ダサっくまは倒れた。


「やった! やったぞいっちゃん! 地球の平和は守られた‼ 全部君のおかげだ‼」


偉いぞ~、と、ミウは市松人形を撫でてあげた。

ミウは市松人形を撫でるのが大好きだった。

それをしている時は、なんとなくこの人形が、こちらに微笑みかけているような気がするのだ。


おばあちゃんと約束して預かった市松人形だったが、ミウはその約束がなくても、ずっとこの人形と一緒にいたいと思っていた。

ミウにとってこの人形は、かけがえのないものになりつつあった。


「そうだ、いっちゃん。今日はスペシャルなホラー映画を借りてきたんだ。一緒に観よっ!」


ミウが市松人形を抱きかかえて、リビングに行こうとした時だった。


「お前がそうやって甘やかすからだろうが‼」


父親のそんな怒声が聞こえてきて、ミウはびくりと震えた。


「……きょ、今日はやめとこっか。一緒に漫画でも読もう」


そそくさとベッドに横になろうとした時だ。

ずかずかと歩いてくる音がしたかと思うと、父親がノックもせずに部屋に入って来た。

ミウは思わずびくりとし、市松人形を抱きしめる。


「……お前が言ってたのはこれか」


後ろで、母親が何度もうなずいている。


「母さんから聞いたぞ。お前、そんな気味の悪い人形、どこで拾ってきたんだ」

「い、いっちゃんはおばあちゃんからもらったの。それに気味悪くなんかないよ。ミウが頭を撫でたら笑ってくれるもん」

「嘘をつくな‼」


ミウは思わずびくりと震えた。


「そうやって母さんや父さんを怖がらせて何が楽しいんだ‼ 高校生にもなって人形遊びなんかして。恥ずかしいと思わないのか! それに、いつも自分のことは『私』と呼べと言ってるだろ!」

「で、でもミウ──」

「『私』だ! ついさっき言ったこともできんのか! このポンコツ‼」


ばしんと、父親はミウの頭を殴った。


「ごめんなさいは⁉」

「……うぅ~」


殴られた頭を押さえながら、ミウはぼろぼろと涙を流した。


「泣いたらそれで済むと思ってるのか! これだから女は──」

「あ、あなた! ミウは反省してるから、もうやめてあげて。それより、今はその人形を……」


怒りで息を荒くしていた父親は、母親にそう言われ、こくりとうなずいた。


「とにかく、これは父さんが捨てておく。お前もそろそろ大人になりなさい」


父親が、市松人形を乱暴に掴んだ。


「やだぁ‼」


そのまま部屋を出ようとする父親のふくらはぎを、ミウは思い切り噛みついた。


「ぐあああ‼」


父親は思い切り足を振った。

その勢いで、ミウはごろごろと転がる。


「親に暴力振るっていいと思ってるのか⁉ こいつ‼」


何度も何度も頭を叩かれ、ミウは縮こまった。

ようやく折檻が終わったとき、ミウはベッドに顔をうずめて号泣していた。


「くそっ。血がでてる。お前の教育が悪いからだぞ‼」


父親はそう吐き捨て、人形を持って部屋から出て行った。




自分に意思があることを知ったのは、ずいぶんと前のことだった。

それが特別であることも、そしてそれによって、蹂躙される側でなく、蹂躙する側に回れると気付いたのも、ずいぶん前のことだ。

何度もお祓いをされたし、土の中に埋められたり、湖に沈められたり、様々なことをされたが、それで何かが変わったことはない。

自分を捨てた人間がどこにいようとすぐに分かったし、そんな人間を、ことごとく始末してきた。

しかしそれも、前の所有者の手に渡ってからは、なくなった。


あの老婆は自分を無視することなく、気味悪く思うこともなく、いつも優しく自分と接してくれていた。

そしてそれは、あの子も同じだと思っていた。

だから、自分は待つことにした。


自分を迎えに来てくれるのを。また、優しく頭を撫でてくれるのを。

他のごみと一緒に袋に入れられ、ごみ収集車にプレスに潰され、ごみくずの山に放り投げられても、ずっと待っていた。

そしてとうとう、もう自分を迎えに来ることはないんだと悟った時、あの忘れていた憎悪を思い出した。


誰も遊んでくれないのなら、無理やりにでも遊んでもらおう。

そして最後は、つまらないおもちゃを捨てるように殺してやるのだ。

それが、この寂しさを埋める、唯一の方法なのだから。




◇◇◇



「1,2,3、と。えーっと、なになに? 『赤ちゃんができました。出産祝いにみんなから一万円もらう』。やったー‼」

「もう。ミウのところ、これで何人目よ?」


柚子が一万円を渡しながらぼやいた。

もちろん本物ではなく、人生ゲームで使用する偽物のお金だ。


「えーっと……これで五人目!」

「まだ序盤でそれはすごいね」


瞳は苦笑いで一万円を渡した。


「えぇ~? でもみんなもけっこう子だくさんじゃん。柚子は3人でしょ~。んで、瞳は二人だし。みんなにぎやかな家族で楽しそう──」


ぱさりと、一万円札が置かれる。

三人は、それを置いたジェイ君の方を見た。

三人が当たり前のように結婚して子供がいる中、ジェイ君の自動車ゴマは未だ一人ぼっちのままだった。


「……ええと……、あ! ジェイ君、次進んだら、お嫁さんもらえるって!」

「す、すごいじゃん! これでもう寂しくないね!」


ジェイ君の番がきて、ルーレットを回す。

強制停止になる結婚マスに到着すると、三人はウキウキしながら文面を読み上げた。


「ええと、なになに? 『6の目が出てこのマスに止まったプレイヤーは、独身ルートに進む』」


三人は、ルーレットの目を見た。

6だった。


「……」


嫌な沈黙が辺りを包んだ。


「あ! でも見て! 『他のプレイヤーにじゃんけんで勝利したら、そのプレイヤーの子供を養子としてもらえる』だって!」

「ようし! 早速じゃんけんだ‼」


瞳と柚子が意気揚々とじゃんけんの用意をしている時、ミウがこそこそとジェイ君に近づいた。


「ジェイ君、ジェイ君。ミウの必殺技、教えてあげる」


そう言って、ミウはこしょこしょとジェイ君に耳打ちした。


「それじゃいくよ。さいしょはグー。じゃんけん……ぽい!」


瞳はパー。柚子はチョキ。ミウはグー。そしてジェイ君の手は……何故か銃の形をしていた。


「あちゃぁ。そうきたかぁ」


ミウが、その手があったかと自分の額を叩いてみせる。


「……いやいや。なにこれ?」

「知らないの? 別名『スナイパー』。ぐーちょきぱー、全ての要素を兼ね備えた最強の手だよ。ミウが開発したの」

「知るわけないでしょ! てか、勝手に開発するな!」


いつものようにツッコむ柚子の裾を、瞳はちょんちょんと引っ張った。

ジェイ君の方を指さす瞳を見て、柚子はその真意を察する。


「まぁ~、知らなかったとはいえ、負けは負けよね~。はい、というわけで、私の子供、ジェイ君にあげるね」

「私も」

「ミウのも~」


一人だったジェイ君の車に、たくさんの子供が積まれていく。


「……こんなに乗らない」


ぼそりと、そうつぶやくジェイ君を見て、三人は笑った。




◇◇◇



「はぁ~。遊んだ遊んだ」


そう言って、ごろんと柚子はベッドに横になった。


「ミウ、このままお昼寝したいかも~」


ミウも、むにゃむにゃと枕に頭を預けている。


「二人とも。今日はキャンプ場を調べるって決めたでしょ? 早く起きて」

「う~ん。一時間だけ~」


完全にだらけ切っている二人を見て、瞳はため息をついた。


「もう。……ジェイ君。悪いんだけど、二人を見ていてくれない?」

「構わないが、ここを調べるなら俺が案内した方がいいんじゃないか?」

「そうだけど、二人が心配だし、一応ついていてもらいたいの」


瞳は、ジェイ君が直してくれたドアを確認してから、窓が割れていないか、思いもよらない侵入経路がないかを改めて調べた。


「どうしてそこまで気にするんだ?」

「え?」

「もう差し迫った脅威はなくなった。キャンプ場には瞳達と、一緒に来た男二人、“この五人しかいない”。そんなに気を回す必要はないと思うが」


瞳はジェイ君を見つめたまま固まり、動かなかった。


「……何か根拠があるのか? また何者かに襲われるという、瞳なりの確信が──」

「じゃあ申し訳ないけど、二人を頼んだね」


瞳はそう言って、そそくさとコテージをあとにした。




◇◇◇



瞳は林の中を歩きながら、先程の投げやりな態度を反省していた。

ジェイ君の言っていることはもっともだ。

差し迫った脅威がなくなった今、ここまで気を張る必要はない。


だけど、そうせざるを得なかった。

ジェイ君の指摘を、どうしても聞いていられなかった。

それを聞いてしまったら、自分の心が、ばらばらに砕け散ってしまうんじゃないかという、恐ろしい予感がしたのだ。


「やっと一人きりになったね」


そんな声がして、瞳はすぐに振り向いた。


「……統島さん」

「君には、色々と話を聞かなくちゃと思っていてね」


林の影から現れた統島は、昨夜、オオトカゲに襲われて別れた時から、何も変わっていなかった。


「生きてたのね。てっきり私達を置いて逃げた時に、殺されたんだと思ってた」

「手厳しいね」


いつものように、統島は肩をすくめてみせた。


「それで、一体何の用? ジェイ君に守ってもらうつもりなら、わざわざ私一人の時を狙う必要はないと思うけど」

「それとは別の件だ。単刀直入に言うと、禍玉についての話さ」


ぴくりと、瞳の眉が動いた。


「やっぱり知ってるか。君も禍玉を狙っているのかな?」

「……そういうあなたは?」

「隠し事をしても意味がないから、正直に話そう。オレはこの地に未だ眠るといわれる禍玉を探しにきた。禍玉伝説が本当なら願ってもないことだし、そうじゃなくとも学術的価値のある禍玉は高く売れる。そういうことさ」


それが本当のことであるというのは、なんとなく分かった。

しかし、自分も正直に話すべきかどうかは、少し迷った。

控えめに言っても、統島は良い人では決してない。

打算的だし、いざとなったらすぐに自分を切り捨てるだろう。

しかし、その自信満々な笑みから、瞳の知らない何かを握っていることは確かだった。


瞳は小さくため息をついた。


「父の遺品から、禍玉の欠片が見つかった。私がここに来たのは、父について調べるためよ」

「見せてくれないか? その禍玉の欠片とやらを」


瞳は警戒し、少し後ろに下がってから、欠片を取り出してみせた。


「……オレの知っているものと少し違うな」

「え?」

「それは普通の勾玉と同じで、まるで禍々しいものを感じない。オレが見たのは、もっと黒く濁っていた。まるで血が凝固してできたようにね」


瞳は、改めて自分の持つ欠片を見つめた。

それは深緑色の、変哲のない普通の色をしている。


「……どこでそれを見たの?」


統島はにやりと笑い、何も言わずに背を向けて歩き始める。

怪しい、なんて言っていたらキリがない。

仕方なく、瞳はついて行くことにした。




◇◇◇



しばらく歩くと、小さな丸太小屋に到着した。

中には棚がたくさんあり、いくつもの資料や本が並べられている。

壁に張られた見取り図に『禍玉発掘調査隊』と書かれていることに、瞳はすぐに気付いた。


「これだよ」


ファイルの一つを取り出し、統島はそれを瞳に見せた。

そこにある一枚の写真には、確かに統島が言っていたように、黒く濁る禍玉の姿があった。


「調査によると、ここには村八分や、事情があって故郷を捨てた人間達が集ってできた村があったらしい。その村を治めていた人間が、この近辺にある石を使って禍玉を作っていたようだ」


統島はファイルをぱらぱらとめくりながら、そう説明した。


「一説によると、どこかの国で勤めていた高名な霊媒師が、何らかの禁忌を破ったことで追放されたんじゃないかといわれている。その人物は呪いを鎮める役目を担っていたが、いつしかその呪いを自由に操る方法を模索することに耽溺(たんでき)し始めたらしい。その過程でできたのが、この禍玉だったんだそうだ」


そう言って、統島は写真の禍玉を指で叩いた。


「禍玉によって呪いを閉じ込め、それを解放することで願いを叶える。しかしそれはまだ未完成で、呪いによって願いを叶えると、その人物は呪いの力を一身に受けてしまうらしい。それを防ぐには、使用した際に砕けた禍玉をもう一度くっつける必要があるようだ。叶った願いが消えると同時に、その人物にかかった呪いも解ける」

「……つまり、私の持つ禍玉の欠片は、やっぱり使用済みだっていうことね」

「あるいは偽物か。まあ、聞いた話じゃ、それも可能性としては薄そうだけど」

「調査隊が見つけた禍玉はどうなったの? もしも超常的な力を持っていたなら、大ニュースになっていそうだけど」

「ニュースにはなったよ。まったく別の件でね」


瞳は首をかしげた。


「オレがここに来たきっかけは、その事件について調べていたからだ。この調査隊のメンバーは、ここでの調査の際に死んでいるんだよ」

「死んだ……?」

「原因は不明だけど、何故か調査中に乱闘になったみたいでね。それは殺し合いにまで発展し、一人の女性を残して全員が死んだんだよ。斬殺死体として調査隊メンバーが発見される中、ただ一人の調査隊員だけは、現在も行方不明だ」

「……その、生き残った女性というのは?」


統島は、一枚の記念写真を瞳に渡した。

そこに写っている自分の母親を見て、瞳は驚愕した。


「その女性は、婚約者と一緒に調査に参加したらしい。その婚約者というのが、現在行方不明になっている男性だ。彼女はPTSDを発症し、今現在も完治には至らず、まともに証言もできないままだそうだ」


写真の母親は笑っていた。

瞳が、今まで見たことのない、明るい笑顔だった。


「そういえば、この調査隊はプライベートでも仲が良かったらしい。よくチームを組んで、アイスホッケーに興じていたらしいよ。その時おふざけで、現在は禁止されている80年代に使用されていたホッケーマスクを誰かが持ってきたらしく、それ以来、そのマスクが彼らのトレードマークになったそうだ」


統島はその写真のある一点を指さした。

そこには、黒いマジックで顔を塗りつぶされた男がいた。

長身の大男だ。


「この人物に心当たりは?」


瞳は喋らない。


「思えば、君は最初から、あのジェイ君とやらに親しみを覚えているようだった。……もしかして、君は彼と──」


その時だった。

突然、丸太小屋がガタガタと揺れ始めた。


「な、なに⁉」


それは収まることなく、強くなっていく。

統島は舌打ちし、瞳が持っていた写真をひったくった。


「資料をできるだけ持って逃げるんだ‼」


統島が資料に手を伸ばすと、突然棚が倒れてそれを阻んだ。


「早く逃げないと‼」


瞳が統島を引っ張り、急いで丸太小屋から脱出する。

二人が小屋から出た途端、まるでそれを待っていたかのように、近くの大木が倒れてきて、丸太小屋を押し潰した。

地面に倒れ込み、肩で息をしていた二人は、思わず顔を見合わせた。


「……これも呪いってやつか?」


地面に倒れ込んだまま、統島は皮肉っぽく言った。



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