第11話 新たなる脅威





オオトカゲとの戦いが終わり、三人は自分達のコテージに帰ってきた。


「瞳……今までごめん!」


息をついたのもつかの間、突然柚子が、ぱんと両手を叩き、瞳に向かって頭を下げた。


「え? な、なに? 急に」

「ここに来てからも、ふてくされたり、怒ったりしてたじゃん。それをちゃんと謝りたくて。瞳は私達のことを第一に考えてくれてるだけだって分かってる。でも……でも私も、瞳の力になりたかったの。守られるだけじゃなくて、ちゃんと瞳を守れる人間になりたかったの。だから……」

「そんな……。そんなこと、柚子が思う必要ない。二人をここに連れて来たのは私だし、だから──」

「私だって、いっぱい瞳に迷惑かけてる! 学校にいた時も、ずっとずっと、瞳の世話になってたじゃん。誰かのせいとか、そんなのなしだよ。誰かが失敗したら、別の二人が助ければいい。だって私達、親友でしょ?」


瞳はそれを聞いて、ふるふると首を振った。


「瞳!」

「だって……私には資格がない」


ぽろぽろと涙をこぼしながら、瞳は言った。


「ずっと二人に気を遣わせて。貧乏で母子家庭で、母親もずっと病気で部屋にこもってて。生活費を稼ぐのにいつも忙しくて。こんな普通じゃない、気味の悪い私みたいな人間と一緒にいたら、嫌な想いしかしないのに……」


柚子は思わず瞳を抱きしめた。


「そんなことない! そんなことないよ! 私、瞳と出会えて幸せだよ? 今まで生きてきて、今が最高に幸せ! だから、そんなこと言わないで……」


知らず知らず、柚子も涙を流していた。

瞳が自分自身のことに、こんなにも引け目に感じていることを、初めて知ることができた。

彼女自身が抱える弱さを、初めて自分に打ち明けてくれた。

それが柚子には、たまらなくうれしかった。


「大好きだよ、瞳。ずっとずっと大好き。何があっても、それは絶対に変わらないから」

「……私も、柚子が大好き」


苦しくなるくらい、二人でぎゅっと抱きしめ合う。

ふと見ると、何故かそれを見ているミウも号泣していた。


「……なんでアンタが泣いてるのよ」

「だってみんなが泣くからぁ~」


柚子と瞳は笑い合い、今度は三人で抱きしめ合った。


「私達、ずっと親友だからね。何があっても、ずっとずっと!」

「うん。ずっと」

「ゔん~」


それから三人は、一番大泣きしているミウを見て笑ったりしながらおしゃべりをし、そのまま疲れて眠ってしまった。




◇◇◇



ジェイ君は、コテージの外で月を眺めながら立っていた。

別に頼まれたわけではないが、今日は三人の番をしていようと、自然と思ったのだった。

少しでも安心できる状態で、ゆっくりと寝かしてやりたいと。


それは今までに感じたことのない感情で、ジェイ君にも、自分自身の気持ちがいまいち理解できなかった。

ふと人の気配を感じて振り向くと、そこには毛布を被った瞳がいた。


「二人は?」

「疲れて眠っちゃったみたい。今夜は色々あったから」


瞳は、ジェイ君の方へと歩み寄った。


「瞳は寝ないのか?」

「うん……」


そう言って、瞳は入り口にある階段に座った。

ジェイ君の方を見上げ、隣をぽんぽんと叩く。

ジェイ君は戸惑いがちに、瞳の隣に座った。


「こ、ここで、寝ようと思って……」


瞳は顔を赤らめながら、ぼそぼそと言った。

ジェイ君は、じっと瞳を見下ろしている。


「迷惑……?」


ジェイ君は、ゆっくりと首を振った。

それを見て、瞳は、ぱあっと顔をほころばせ、ぎゅっとジェイ君の腕に抱きついた。


「ジェイ君の身体、冷たいね」

「死んでるからな」


その言葉に、瞳の顔が雲った。

しかしすぐに、慌てて明るい表情を作った。


「あ、知ってる⁉ 手が冷たい人って、心はあったかいんだって! ジェイ君の手は冷たいから、きっとそれだけ、心が温かいんだよ。ほら、私も」


そう言って、瞳は自分の手を差し出した。

それをじっと見つめるジェイ君の手を取り、自分の手のひらと重ねる。


「ね? 冷たいでしょ? 一緒だね」


えへへと、瞳は笑った。


「今日は、いつもと様子が違うな」

「……これが本当の私だよ。子供っぽくて、誰かに縋りたくてたまらない、人肌の恋しい寂しい女の子」


瞳はジェイ君を見上げた。


「ジェイ君は、どうして私の言うことを聞いてくれるの?」


ジェイ君は黙った。


「私の言葉だから、聞いてくれるの?」

「分からない」


瞳は少しだけ身を乗り出した。


「あのオオトカゲが変身した、ジェイ君の欲望。……あの女の人は誰?」

「覚えていない」

「……思い出したくは、ない?」


ジェイ君は答えなかった。

瞳は手のひらの中で、禍玉の欠片を転がした。

意を決して口を開き、しかし結局、言葉を口にすることはなかった。

瞳は欠片をしまい、再びジェイ君の腕に抱きついた。


「……別にいいよ。何も思い出さなくてもいい。柚子と、ミウと、ジェイ君。三人が、ただそばにいてくれれば。それだけで、私はもう何もいらないから」


ジェイ君はどう返答すればいいか分からず、じっとしていた。


「こうして、ジェイ君に抱きつきながら寝てもいい?」

「寒いぞ」

「ううん。……あったかい」


彼女自身も疲れていたのだろう。

瞳は目を瞑ると、すぐに寝息をたてはじめた。

ふと、瞳の髪が目に垂れる。

ジェイ君はその髪を、そっと指で分けてあげた。


「……お父さん」


瞳は、ぼそりと小さな声で寝言を言った。

その言葉に、ぴたりと動きを止める。


ジェイ君の頭の奥底で、一瞬だけ何かの映像が浮かんだ。

水中に沈む自分。

それを見下ろす何人もの男達。

遠くから、誰かを呼ぶ声。


『かわいい息子』


ジェイ君は、ハッとした。

ママが呼んでいる。

ジェイ君は瞳を抱きかかえ、ベッドの上に寝かせると、一瞬の内に霧になり、自分の家にある頭蓋骨の部屋へと現れた。


『どうして早くあの三人を殺さないんだい?』

「……生かしておいた方が、あのオオトカゲを倒しやすくなる」

『そう。さすがは私の息子だ。賢いね。じゃあそのオオトカゲを倒した今、どうして殺さないんだい?』


ジェイ君は黙り込んだ。


『お前は私の味方かい?』


ジェイ君はこくりとうなずいた。


『なら、ママの言うことを聞いてくれるね?』

「……あの三人は、いつもの獲物とは違う気がする」

『どう違うんだい?』


ジェイ君はうつむき、考えを巡らせてから言った。


「良い子だ」

『そんなのはまやかしだよ‼』


ぴしゃりと、ママは言った。


『そうやってアンタをたぶらかそうとしているんだ! アンタがここにいる理由を考えな! 憎くて憎くてたまらない人間が、三人もここにいる! 殺さないなんてもっての他だよ!』

「……正直に話すと、俺は人間を憎んでいるのか、分からなくなってきた。他に、もっと大事なことがあったような気がするんだ。あの三人といれば、それを思い出せるような気がする」


ジェイ君はそれだけ言って、くるりと背を向けた。


『待ちな! ……待ちなさい、かわいい息子。待てと言ってるんだ!』


バタンと、ジェイ君は扉を閉めた。




◇◇◇



統島は、一軒の丸太小屋に来ていた。

オオトカゲの襲撃を受け、逃走していた際に見つけたのだ。

中には大量の資料と本が山積みにされていて、キャンプ場の正確な見取り図が壁に貼り付けてある。

その見取り図には、『禍玉発掘調査隊』と書かれてある。


「これは驚いたね」


そこに立てかけてあった記念写真を見ながら、統島は言った。


思えば、違和感はいくつもあった。

お世辞にも勇気があるとは言えない柚子を引きつれ、わざわざ女子高生三人でこんな場所までやって来るなんて。

しかも、聞いた話では、その発案者は瞳だというではないか。

自分の命以上に二人を心配する彼女が、敢えてこんな危険な場所に二人を連れて来るなんて、どう考えてもおかしいのだ。


「僕の勘に狂いはなかった。全てのキーを握っているのは彼女だ」


あの女は何か隠している。

それを解き明かすことが、禍玉を手に入れるための手がかりだと、統島は感じていた。


統島は、発掘隊員の記念写真の中にいる、瞳とうり二つの大人の女性を見ながら、にやりと笑った。




◇◇◇



肉倉は自分達が乗って来た車の操縦席に座っていた。

鍵を差し込む場所を近くにあった岩で破壊し、キーシリンダーを取り出す。そこにあるイグニッションスイッチに、十徳ナイフについているドライバーを刺し込み、ゆっくりと回した。

ブルンと音がして、エンジンが吹いた。

肉倉はそれを聞き、にやりと笑う。


「統島の野郎、驚いて泡をふかすかもな。いつも俺を見下していた罰だ」


肉倉が、早速アクセルを踏もうとした時だった。


「……ぅ」


何かが聞こえ、肉倉は林の方を見た。


「統島か?」


窓を開け、声をかけてみる。

しかし、返事がない。


気のせいかと再びアクセルを踏もうとした時だ。


「遊ぼう」


確かに聞こえた。

今度は、はっきりと。

林の方ではなく、自分の真後ろから。


肉倉のハンドルを持つ手が震え出す。


「……気のせい。気のせいだ」


大きく息を吐き、意を決し、肉倉は一気に後ろへ振り向いた。

後部座席には、誰もいなかった。

ほっと息をつき、再び操縦席に座り直す。


「遊ぼう」


目の前には、一体の市松人形がいた。


「うわあああ‼」


叫び声をあげた瞬間、その口に、大量の髪が入ってきた。

一瞬の内に車の中は髪一色に染まり、バタンバタンと揺れていた車は、すぐに静かになった。


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