第10話 殺人鬼VSオオトカゲ<4>



ジェイ君と別れた場所に到着すると、三人は思わず息を飲んだ。

大量の木が山のように積まれていて、完全に道を塞いでいたのだ。


「アイツが先回りしたのかな……?」


不安そうに聞く柚子に、瞳は首を振った。


「さすがに、こんなことをする時間はなかったはず。……もしかして、この中にジェイ君が……」


瞳は駆け寄り、木々をどかそうと踏んばった。

しかし、自分の力ではびくともしない。


「ジェイ君! ジェイ君‼ 返事して‼」


瞳は動揺していた。

もしかしたら、ジェイ君が死んでしまったかもしれない。

そう思った途端、ぼろぼろと涙がこぼれ始めた。

自分達を助けてくれたというだけじゃない。それ以上の想いを、瞳は抱えていた。


「お願い……。お願いだから、返事してよ……」


自分の言葉が、誰にも届かず空虚に消える。

その現実が、仏壇に届かぬ言葉を語りかけていた毎日を、嫌でも思い出させた。

もしかしたら、ようやく会えた人だったかもしれないのに……。

会いたくて会いたくて、こんな場所までやって来た。なのにちゃんと話もできずに、また離れ離れになるなんて……。

それは瞳にとって、何よりも耐えがたいことだった。

今まで必死になって築いてきた理性が、ぼろぼろに崩れ落ちるくらいに。


瞳が泣きわめく中、柚子もミウも、ただそれを見つめることしかできなかった。

いつも自分達を引っ張ってくれる瞳がこうなってしまっては、もはや何をどうすればいいのかも分からない。

ただただおろおろして、困り果てるだけだ。

しかし柚子は、そうじゃないと思い直した。

瞳が泣き崩れている今こそ、自分が瞳を支えるんだ。


「瞳っ!」


柚子は瞳の肩を取り、無理やりこちらに向けさせると、思い切り抱きしめた。


「大丈夫! ジェイ君はきっと生きてる!」

「……柚子?」

「ジェイ君がやられるはずない! きっとまた私達を助けてくれる! だから、それまで私達だけでがんばろ⁉ 瞳が辛いなら、私も支えるから!」

「ミウも! ミウも支える‼」


瞳は泣きはらした顔で、二人を見つめた。


「二人とも……」


力強くうなずく二人を見て、瞳は涙を拭い、笑みを浮かべた。


「そうだよね。私達が信じてあげないと、ジェイ君がかわいそうだよね」


瞳はすっくと立ちあがった。


「二人とも、ごめん。今度こそ、本当にもう大丈夫だから」


いつもの瞳の表情に戻ったことを確認すると、二人は笑い合った。


「もうちょっと落ち込んでてもよかったのになぁ。ミウの包容力を見せつける良い機会だったのに」

「アンタにそんなものがあるなら、私はマリア様にもなれるわ」

「じゃあミウもなる」

「じゃあってなによ⁉」


二人のやりとりに、瞳はくすくすと笑った。


「それで、これからどうする? きっとすぐにでもオオトカゲが襲ってくるわよ」

「そうね。それまでに、色々と考えなくちゃいけないことがある」


頭を冷やした瞳は、早速今後について考え始める。

当面の問題は、どうやってオオトカゲから逃げるのか、ではなく……


「どうして最初にミウ達を襲った時は、呪いが効かなかったの……?」


車に変身していたオオトカゲを倒した時、あの化け物はジェイ君に手も足も出なかった。

そこに、あのオオトカゲを攻略するヒントが隠されている気がした。


「ねぇミウ。あのオオトカゲに襲われた時のことを、詳しく教えてくれない?」

「うん。いいよ。あのね~。車だと思ってたのに、トカゲになって、ジェイ君吹っ飛ばされて~。あ、ジェイ君ね。すごかったんだよホント! しっぽ掴んで『うおおおお!』ってさ。ばんばん崖に叩きつけて──」


瞳は思わずストップをかけた。

ミウに好き勝手に話をさせると、要領を得なくなることが大半だった。


「ええと、とりあえず時系列順に教えてくれない?」

「んーと……、トカゲがミウに迫って来て、もうダメ~! って思ってたら、トカゲの手に瞳とか柚子とかジェイ君の顔がぽぽぽぽって!」

「ぽぽぽぽ?」

「出てきたの! んで、バンって弾けて、『姿が定まらない~』って」


姿が……定まらない?

瞳は顎に手をやって考え込んだ。


「ミウが馬鹿過ぎて、何考えてるか分からなかったんじゃない?」

「むぅ。ミウ馬鹿じゃないよ。いっぱいいろいろ考えてるもん。考え過ぎて、なに考えてるかわからなくなるだけ」

「それを馬鹿って言うのよ」


それを聞いて、瞳は、はっとした。


「もしかしたら、拡散思考が原因かも」

「拡散思考?」


ふいに漏らした瞳の言葉に、二人は首をかしげた。


「ほら。ミウの話って、よく飛び飛びになるじゃない? それって、色々な考えが並列で浮かんでいるからだと思うの。つまり、なんていうのかな。何か一つのことを連想してと言われても、ミウはそこから色んなものを連想して、頭がいっぱいになっちゃうのよ」

「おおー。そうなのか」


ぽんと、ミウは手を打った。


「いや、アンタのことでしょ」

「オオトカゲは欲望の姿になる。でもその欲望がたくさんあり過ぎると、混乱して変身できないのかも。ジェイ君が言ってた、呪いを倒す方法はこれよ。ルールの中で、呪いは無敵の力を誇る。そしてオオトカゲのルールは、他人の欲望の姿になること。そのルールに則って、オオトカゲを欲望の姿にさせなければ……」

「アイツを倒せるかもしれないってこと⁉」


瞳はこくりとうなずいた。


「でもそれをするには、オオトカゲの注意をミウ一人に絞らせないといけない。相手もそれだけは避けようとするはず。問題は、どうやってオオトカゲの注意を引くかよ」

「注意を引く……」


柚子は、先程ジェイ君から聞いた話を思い出した。


「それなら、たぶん大丈夫」


柚子の方を見る二人に、彼女は、にっと笑ってみせた。


「私に考えがある」




◇◇◇



オオトカゲは、ぬっと木々の間から顔を出した。

そこには、先程自分が作った木の山がある。

あの三人はこれ以上先へはいけないはず。きっとこの近くに隠れているはずだ。


カサ


音のした方へ振り向くと、そこに一瞬だけ人影が見えた気がした。

オオトカゲは、ゆっくりとその場所へと向かった。

人影が消えた木の側まで近づくと、素早く木の裏へ顔を出す。

しかし、そこには誰もいなかった。

オオトカゲは小首をかしげる。

その時、ちょんちょんと、自分の背中をつつく者がいた。


「キシャア‼」


歯を剥き出しにしながら振り向いたオオトカゲは、目を見開いた。


「ハ、ハロ~……」


ミウがぎこちない笑顔で手を振った。

その瞬間、オオトカゲの身体が、ボコボコと変形した。

ソフトクリーム、カップラーメン、映画のパッケージ、ブサイクなクマのキーホルダーなど、様々なものが無数に身体から膨れ出てきて、それらが一斉にバンと弾ける。


「ギイイィ‼」


オオトカゲは思わず悲鳴をあげながら、その場に倒れ込んだ。


「うまくいった!」


隠れていた二人が出てきて、オオトカゲを取り囲む。


「それで後は⁉」

「物理で殴るっ!」


三人は、あらかじめ用意していた手ごろな丸太で、ぼこすかとオオトカゲを殴り始めた。

身体が弾けた衝撃で倒れ込んでいたオオトカゲは、初めこそやられるばかりだったが、すぐにぎょろりと鋭い目で三人を睨みつけた。

一瞬で身体を翻し、しっぽの一振りによって、彼女達を吹き飛ばす。


「きゃああ‼」


三人は為す術もなく倒れ込んだ。

オオトカゲが、ゆっくりと立ち上がる。

いくら呪いが弱まったといっても、ひ弱な女子高生の攻撃では、まるで歯が立たない。


「キシャアアアア‼」


威嚇するように大口を開け、オオトカゲが倒れ込んだ瞳にめがけて駆けだした。


「瞳っ‼」


柚子は決死の形相で向かって来るオオトカゲを見た。

身体が震え、足が動かない。


怖い……! 怖い……!


しかし柚子は、ジェイ君の言っていた言葉を思い出した。


『自分が怖がりであることを理解し、それでもあきらめない人間だけが呪いに打ち勝つことができる。最後に勝つのはいつだって、怖がりで、そして勇気を持った人間だ』


恐怖を飲み込み、柚子は大きく足を踏み出した。

逃げられずにいる瞳の前に立ち、オオトカゲと対面する。


「私の親友から離れろおおおお‼」


柚子は目を瞑り、殺虫スプレーを噴きかけた。


「ギアアアアア‼」


顔面に直接スプレーがかかり、オオトカゲは地面に倒れ込んだ。

顔にかかったものを拭き取ろうと、手でバリバリと顔を引っかき、のたうち回っている。

それを見て、柚子はへなへなとその場に崩れ落ちた。


「ゆ、柚子っ! だいじょうぶ⁉」

「こ、腰……抜けちゃった……」


涙目になりながら、柚子はそう言った。


「……ありがとう、柚子。あなたは命の恩人よ」


それは柚子にとって、ずっと瞳に言って欲しかった言葉だった。

柚子は涙を拭い、満面の笑みを浮かべて、えへへと笑った。


「二人ともあぶない‼」


ミウの叫び声が聞こえた瞬間、柚子の身体をオオトカゲが抱え込んだ。


「柚子‼」


柚子がオオトカゲの手の中でもがくも、まったくほどけない。


「キキキキ。形勢逆転ダ」


オオトカゲはじろりと柚子を睨み、ゆっくりと舌なめずりをした。

それを見て、柚子は、ぞっと身体を震わせた。


「安心しロ。友達もあとでちゃんと、あノ世に送ってヤル」


オオトカゲが大きな口を開ける。

柚子は思わず目を瞑った。

オオトカゲが、柚子を飲み込まんとした時、ぴたりとその動きが止まった。


「……何の音?」


ミウの言う通り、ほんの小さなものだが、何か奇妙な音が聞こえていた。


ゥゥゥ……


全員が、音のする場所に目を向けた。

まるで墓のように、木が山積みになっている場所を。


ブウゥゥ……


その音は、どんどん大きくなっていく。

まるで怒りを貯め込んだ獣の咆哮だ。

しかしそうではないことに、遅ればせながら瞳達は気付いた。

そう。これは、エンジンを吹かせる音だ。


ブウウウウウ‼


それは、折り重なった木を両断しながら姿を現した。

高速回転する刃の切っ先が顔を出し、ゆっくりと移動する。その度に、木の切断面はどんどん大きくなっていく。

とうとう山を両断するように弧を描き、木々がばらばらと崩れていった。

そこから現れたのは、傷一つない身体で、チェーンソーを手にしたジェイ君だった。


「ジェイ君……!」


思わず、瞳は顔をほころばせる。

それとは逆に、オオトカゲは、ごくりと息を飲んだ。

ジェイ君が、じろりとオオトカゲを睨む。

オオトカゲは、慌てて柚子を盾にするように突き出した。


「その武器を捨てナ! この娘を食い殺すゾ」

「……いいだろう」


意外にもジェイ君は、素直にうなずいた。

ハンマー投げの要領で、ぶんぶんとチェーンソーを振り回し、遠く彼方へと放り投げる。


怯えた様子でそれを見ていたオオトカゲは、チェーンソーが空高く舞い上がるのを見て、かわいた笑みを浮かべた。


「キ、キキキ。素直なのは良いことダ。よっぽどコイツラが大事らしイ」


瞳とミウは唖然としていた。

空高く舞い上がったはずのチェーンソーが、空中でぴたりと止まっていたのだ。


「ダガ、武器を捨てたからトイッテ、殺さないトハ言ってなイ」


ジェイ君が、くいと手のひらを向ける。


「指をくわえて見てナ。コイツが食われるところヲな」


オオトカゲが口を開けた瞬間、チェーンソーが回転しながらオオトカゲの方へ急降下した。

一瞬の内に、口を開けていたオオトカゲの身体が、頭から真っ二つになった。


「……ア?」


あまりに突然のことに、オオトカゲが、思わず自分の身体を見た。

そのまま、二つに分かれた身体がぼとりと倒れる。

それと同時に、柚子は地面にしりもちをついた。


「柚子‼」


二人が駆け寄り、オオトカゲから距離を取る。

ジェイ君は、ゆっくりとオオトカゲの残骸に近づいた。


「く……そ……」


半分になったオオトカゲの身体が、グチュグチュと音をたてて変形し、腕の付け根から顔が生える。

その瞬間、ジェイ君はその顔を踏みつけた。


「グエッ!」

「いくらでも再生するがいい。その度に、何度でも切り刻んでやる」


ブゥンと音をたてて、チェーンソーが唸った。


「解体ショーの時間だ」


ブシュアアアア‼


「ギャアアアア‼」


肉が裂ける音と叫び声のユニゾンが、森の中に響き渡る。

そのあまりの惨劇に、瞳は柚子とミウの目を手で隠し、瞳自身もぎゅっと目を瞑った。


細切れになり、それでもぴくぴくと動いているオオトカゲを見て、ジェイ君はあらぬ方向へ手を伸ばした。

すると、闇の中からガソリンタンクが引き寄せられ、ジェイ君の手に収まった。

ジェイ君は慣れた手つきでバラバラになったオオトカゲの身体にガソリンをまくと、マッチ棒に火をつける。

ぴんと指で弾くと、そのままマッチ棒はゆっくりと地面に着地し、一瞬の内に炎を舞い上がらせた。


「ギャアアアアア‼」


再び悲鳴が響き渡る。

しかしそれも長くは続かず、先程まで痙攣していた身体は黒く焦げ、そのまま動かなくなった。


ジェイ君がそれを見届けていると、突然、瞳がその身体に抱きついた。


「よかった……。本当に、ジェイ君が無事でよかった」


ジェイ君は、涙を流しながらそうこぼす瞳を、じっと見下ろしていた。

瞳も、ゆっくりとジェイ君を見上げる。


「ねぇ。ジェイ君って本当は──」


その時、ぴくりとオオトカゲの身体が動いた。

ジェイ君がそれに気付いた時、バラバラになったオオトカゲの身体の一部が、素早く動いた。

炎に焼かれながら身体を巨大化させ、柚子へと迫る。


「危ないっ!」


炎に塗れたオオトカゲの手が、柚子を引き裂こうとした時だった。


「ごめんね」


ぴたりと、その手は止まった。


「私のせいで、二回もこんな思いをさせて。……あなたは、何も悪くないのに」


オオトカゲは動かなかった。

そのまま身体は炭になり、ぼろぼろと崩れ、火が鎮火すると共に消えた。


ぽとりと、オオトカゲが消えた場所から、何かが落ちる。

それはトカゲのミイラだった。

柚子の母親によって、バラバラにされたはずの身体だった。


柚子は、それを両手ですくうようにして持ち上げる。

瞳は、そんな柚子の肩に優しく触れた。


「……今度は、ちゃんと埋葬してあげないとね」

「……うん」


柚子は涙を流しながら、何度もうなずいた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る