第5話 始まりは突然に

殺しても殺されぬ此の思ひ出よ

   闇から闇に行く 猫の声

            夢野久作






 私は今、取調室に居た。取り調べを担当したのは花田警部だ。

 「何で殺人なんかした?」

 「昔から殺人願望があったんです」

 「精神科に通ったりは?」

 「していませんよ。別に精神を病んでいるわけではないので」

 「ふざけるな!人を殺したいと思うことのどこが健康的な思考回路だ!どうかしているとしか言いようがない」

 怒りのままにぶつける花田を見て私はクスリと小さく笑った。

 「失礼。警部さんも私が異常だと思われますか?」

 「自分が正常だとでも思っているのか?」

 当然の解答に私はまた笑った。何がおかしいの分からない花田は苛々が募っていった。

 「私は昔から異常だと言われてきました」

 苛々している花田とは違い、私はいたって冷静だった。

 「異常者。常識から外れた者の名称です。そして其の常識はあなたのような正義に厚く、悪を糾弾するような立派な、健全な精神を持った大人が造った檻」

 「皮肉か?」

 「事実を述べただけですよ。何か違いましたか?」

 其の問いには答えず、花田は先を促した。

 「警部さんは此の一件で佐々木涼、近藤春華、花開院啓祐、伸城一流と接触していますね」

 「嗚呼」

 「佐々木涼、彼は特殊な能力を持っており、其れ故に両親に捨てられた」

 「能力?」

 花田は聞き返したが私は答える気はないので笑って誤魔化すことにした。

 「中学までは孤児院で、高校に入学してからは一人暮らしを始めています。彼は私が殺人鬼だということに薄々感づいていました。そしてそんな私と彼は同類だと彼は言うんです。

 周りにも自分にも無関心で、何にも執着しない。周りから見たら冷たい印象を受けるんじゃないですか?」

 花田は事情聴取の時の涼の姿を思い浮かべた。殺人鬼の意見に同調するのは不快だが、彼女も確かにそういう印象を彼に抱いていたのだ。

 「次に近藤春華。彼女は自殺願望を持っていました。両親は不仲で今は海外で仕事をしています。日本に残って暮らす彼女からしたら両親に捨てられたのと同じですね」

 「・・・・そうかもしれんな」

 「花開院啓祐。彼は母親の死を見てしまった為にPTSDの診断を受けています。

 時々酷く怯え、暴れ出す彼を周りは理解できず、クラスの中でも浮いていたでしょうね」

 私は淡々と話を進めていく。

 「最後に伸城一流ですが、知っていますか?彼の母親は自分の息子を道連れに心中しようとしたんですよ。運悪く生き残ってしまいましたが、此れが原因で彼は快楽殺人に目覚めた。彼ら三人は異常者の定義に当てはめようと思えば可能な分類に入るかもしれませんね」

 だって、みんなと違うことは『異常』だから。

 「いったいお前は何が言いたいんだ!」

 「分かりませんか?」

 痺れを切らした花田はドンッと机を拳で殴る。余裕の笑みを見せつける彼女の態度が花田には馬鹿にしているように映るのだ。

 「異常者を生み出したのはあなた方、常識のある大人達だと言っているのですよ」

 私の話は続行された。

 「彼ら三人は元はあなたの言う正常者でした。けれど身勝手な大人に振り回されて異常者に代わってしまった。異常者を生み出す正常者。果たして真の異常者はどっちなんでしょうね」

 取り調べは此処でいったん終わった。と、言うよりも花田の精神が持たなかったのだ。

 気分をリフレッシュさせる為に花田は取調室を出て近くの自販機で缶コーヒーを買い、一気に飲み干した後に体内に溜まった毒素を吐き出す様に深いため息をついた。

 「溜息を一つつくと幸せが逃げるそうですよ。今、花田警部の幸せが一つ逃げましたね」と冗談を言いながら築島が来た。

 「溜息もつきたくなるさ」

 外から取調室の様子を見ていた築島は妖艶な笑みを浮かべる殺人鬼の姿を思い浮かべた。

 「バツイチ子持ち三九歳の花田警部としてはどう思いましたか?」

 「お前えはいちいち余計なものをつけないと会話もできんのんか」

 花田は持っていた缶コーヒーで築島の頭を殴った。

 「痛てっ」

 「狂ってるとしか言いようがないよ」

 そう言って花田も彼女の姿を思い浮かべた。

 「だが狂わせたのは我々大人の失態だな」

 彼女の言うことを一理あると思ってしまった自分に「どうかしている」と花田は苦笑した。

 「選らんだのは彼女ですけどね」

 珍しく慰めてくれる築島に驚き、同時に其の不器用さに花田は笑った。






 翌日、両親が面会に来た。

 母は泣いていた。

 「どうして殺人何か。何処で育て方を間違えたのかしら」

 そんなこと繰り返しながら母は泣く。

 「恥ずかしい?普通じゃないことが。でも、此れが私だから。ごめんね」

 私は二人を拒絶するように席を立った。

 「嫌なら私の両親じゃなくていいよ。私はもう正常者(こっち側)には戻る気がないから。さようなら」

 其れが両親と交わした最後の言葉だった。会話らしい会話はしなかった。





 学校が暫く彼女の話題で持ちきりだった。ただどの話も飛躍しすぎて信憑性に欠ける。

 だが、其れも直ぐに冷めてしまう。

 俺の前から彼女が居なくなって月日が経った。そろそろ彼女が刑期を終えて世間に放たれる頃だろう。

 俺は以前、彼女に教えてもらった電話番号にかけた。本人は出なかった。だが、其れでいいのだ。

 此の電話は会話が目的ではないから。

 彼女が居なくなってからの月は俺にとっては地獄に等しかった。

 雑音ばかりで、どうして自分にはこんな不便な能力があるのだろうと拗ねて、部屋に閉じこもる日々が続いた。

 俺は特にすることもなくベッドの上でのんびり彼女が来るのを待った。

 すると開けたままになっていた窓から急に風が入り込み、カーテンが激しく揺れた。其処にはあの頃と変わらない殺人鬼の美しさを纏った彼女が居た。

 「久しぶり」

 「久しぶり」

 「約束を果たしに来た」

 「嗚呼。頼みがある」

 「何?」

 「俺を殺して」

 「いいよ」

 彼女の冷たく綺麗な指が俺の、佐々木涼の首に絡みつく。冷たい指に徐々に力が籠められ、俺の気道を圧迫する。

 美しく、妖艶な彼女を俺は息が止まる瞬間まで見つめていた。

 俺はやはりあの時、彼女という名の悪魔に魂を奪われていたのだろう。彼女から与えられる祝福(死)を望んでしまう程に。

 死ぬ時は思っていたよりも穏やかで優しかった。


 涼が息をしていないことを確認した私は彼の部屋から出て街中を目的もなく彷徨った。




 殺すくらゐ 何でもないと思いつつ 人ごみの中を闊歩して行く

                            夢野久作

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異常者 音無砂月 @cocomatunaga

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