第4話 加速する運命
梅毒と女が泣くので
それならば生かしておいていようかと思ふ
夢野久作
怪我を完治させた私は涼の家を出た。取り敢えずは自分の家に戻ったが両親は特に何も言っては来なかった。
学校に行くと、またあの刑事達が来ていた。
今日は伸城壱流が殺害されたことについて聞きに来たそうだ。
毎日毎日飽きもせずによく頑張るなと感心していると花田が真っ直ぐにこっちに向かって来た。
「君、伸城壱流君が殺害された日から学校を休んでいるよね。家にも行ったんだけど、あなたずっと家に帰って来なかったわよね」
「だから何ですか?其れだけで私を犯人に仕立て上げる気ですか?」
挑戦的な眼を私は花田に向けた。花田は挑発に乗せられないように気を付けながら次の質問をした。
「噂があるのよ。あなたがやったんじゃないかって」
「噂で人を捕まえるなら法律なんて不要ですね」
ニッコリ笑って私は言った。
「捕まえるならどうぞお好きに。駄目になって困る人生じゃないので」
「証拠がない人間を捕まえることはできないわ」
「じゃあもう行ってもいいですか?」
花田からの返事はない。其れを肯定と取った私は学校の中に入った。久し振りに教室に入ると、みんなの視線が私に向いた。
「殺人鬼のお出ましだ」
女子の誰かが言った。
「おい、お前がやったんじゃねぇのか?」
「お前、普通じゃねぇもんな」
男子がそういうと其れを筆頭に周りから笑いが起こった。
「みんな暇人だね。そういうのは証拠が見つかったらにしたら?其れともでっち上げる?ならお手伝いでもしてあげようか?」
何を言われても余裕で其れを躱す私を見て誰も何も言わなくなった。
「普通って何?あなた達と同じになればいいの?
流行りのファッションをして流行りの物を持っていれば、其れが普通なの?」
私は自分の言葉を鼻で笑い飛ばした。
「個性がないのね」
そう言って私は自分の席に着いた。其の際、誰も私と眼を合わせようとはしなかった。
昼休み
私は誰も居ない静かな場所を求めて校舎内を彷徨っていた。すると其処へ近藤春華という女子生徒が来た。話があると言うので誰も居ない図書室に行った。
此の学校の生徒はあまり読書が好きではないようでだだっ広い図書室は閑散としていた。
「何?」
「伸城壱流って知っているよね。そいつがね、殺される前に私に言ったの。犯人はアンタだって」
「そういう噂が流れているからね」
「そいつもアンタと一緒で『異常者』って呼ばれていたわ」
「どうして?」
「さぁ。私は其処まで人に興味がないから。でも、色々な噂があったのは事実よ」
「例えば?」
「自分の母親を殺したとか、アイツ自身が母親に殺されかけたことがあるとか。動物を虐めて楽しんでいる場面を何度かクラスの子が目撃したこともある。
まぁ、尾ひれがついていて何処までが本当なのか分からないけど」
「噂なんて所詮はそんなものでしょ。其の人が見た数だけ真実があり、其の人が話した数だけ噂がある」
「そうね。だから私は噂なんて信じていないし、どうでもいい。でもアンタが殺人鬼だって噂は信じる」
「其の方が自分に都合が良いから?」
全てを見透かされたような眼を向けてくる。
隠す必要はなかった。
「そうよ。アンタに頼みがあるの」
「何?」
私には分かっていた。彼女が、近藤春華が私を呼び止めた理由が。でも敢えて質問をぶつける。
「私を殺してほしいの」
知っていた。だって、そういう眼をしていたから。
「私、私の親は物心つく頃から不仲で、私が中学の時仕事を理由に海外に行ってしまったの。私を一人、残して」
聞いてもいないのに彼女は自分の生い立ちを語りだした。其れを私は冷めた眼で見つめる。でも、俯いてしまった彼女は其れさえ気づかなかった。
「生活費は毎日送られて来た。でも、電話どころか手紙さえ送っては来ないの。本当に形だけの家族」
そう言って、彼女は自嘲気味に笑う。
「毎月、増えていく数字を見る度に私の心は空っぽになっていった。私って何だろうって。もう嫌なの。何も考えたくはない。だから殺してほしいの」
きっと彼女は気がついてはいなのだろう。自分が本当に死にたがっている理由を。
人生に飽きたから?
違う。
人生に嫌気がさしたから?
違う。
彼女はただ親に構ってほしいだけなのだ。自分が死ぬことで彼に自分のことを思い出してほしいのだ。其の為の選択として彼女は『死』を選ぶと言っている。
何て浅はかなんだろう。
「お断りね。そんなに死にたければ自分で死ねばいいじゃない」
「其れができないから言ってんでしょう!自分じゃ、怖くてできないのよ」
「殺人はね死を恐れる者を殺すのが楽しいの。生きたくて、生きたくて、必死に足掻く姿を見るのが好きなの」
此の時、狂気に満ちた殺人鬼の眼を見て、春華は恐怖した。自分が覗こうとした深淵の深さを知ってしまったのだ。
深淵を覗く時、深淵もまた此方を見ている。
其の言葉を代弁するかのように美しき殺人鬼の漆黒に染まった瞳が近藤春華という人間を見ていた。
「あなたみたいな人間を殺したって楽しくもなんともない」
「・・・・・っ」
話し合いは決別した。其の時、司書の先生が来た。
「君達、何をしている?もう直ぐ授業が始まるから早く教室に戻りなさい」
私は先生の手を引っ張った。体勢を崩し、前かがみになった先生の首に私は伸ばしていた自分の爪を使って切り裂いた。
私の顔や服、床に血が飛び散った。
「うわぁぁぁぁ」
運悪く其れを見てしまった啓祐が図書室を飛び出す姿が眼の端に映ったが私は気にしなかった。
私は腰を抜かした近藤春華を見下ろした。
「本当に死にたい人はね、恐怖何て感じないの。だって、全てがどうでもよく思えてしまうから。
あなたはインターネットとかで似たような境遇の人を見つけて感化されただけ。きっと、自殺願望があったのも同じなんでしょうね。だから死にたいって気持ちが強まった。でも、怖くて自分じゃ死ねなかった。
だから私を頼って来たんでしょうけど、恐怖を感じるってことはね、まだ希望を捨てきれていない証よ。
『明日はもしかしたら良いことがあるかもしれない』って希望をね」
私は何も言えずに体を小刻みに震わせる春華に薬を一錠渡した。
「本当に死にたくなったら使いなさい」
程なくして警察と数人の教師が図書室の中に流れ込んで来た。
おそらく尋常ではない啓祐の取り乱しように「何かある」と判断した彼らは駆け付けたのだろう。
教師も警察も図書室の惨状に言葉を失っていた。
やがて気を取り直したかのように花田が私の両手に手錠を嵌めた。
「十三時三分、現行犯逮捕だ」
私は花田に大人しく従った。
パトカーに乗り込む際、集まった野次馬の中に涼の姿があった。私は何も言わずに其の前を通り過ぎる。涼も特に何も言ってこなかった。
約束はまだ無効じゃないから会いたいと思えばいつでも会いに行ける。
お互いにそう思っていたからだ。
すれ違つた女が 眼の前で血まみれになる 白昼の幻想
夢野久作
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