第16話 絆 後編

「何1人で帰ってるのよ!」


 彼女が1人で考え事をしながら歩いていて、ちょうど住宅街に出たところで、まるで待ち合わせをしていたみたいに静香が現れた。どうやら彼女はつばさの行動を読んで先回りをしていたらしい。


「うそ~ん」


 この彼女の行動につばさは感心するしかなかった。まだ夕方には時間もある事だし、昨日騒動に巻き込んでしまった事もあって、つばさは静香に今話せるだけの事を話しておく事にする。


「じゃあ、公園で話しましょ」


 こうして2人は仲良く並んでベンチに腰掛けた。つばさは鏡の事、女神化の事、敵の事など、自分の知っている限りの事を詳しく話す。


「じゃあ、一番怪しいのはその鏡をくれたお店の人だね!」

「そうかもね。あの人なら何か知っているのかも」

「今も街のどこかで店を出してるんじゃない?」


 あのアンティークショップはあの日以降見つかっていない。散々探して見つからず、つばさとしてはもう探す気力すらなくしていた。

 けれど、こうして静香にまた話しかけられて、彼女はまたその気力を復活させていた。


「あ! それはあるかも」

「今度2人で探してみようよ!」

「行く? 今度は見つかるといいなぁ」

「そう言えば、結局マホ研は見つからなかったよね」


 2人が今後の事に付いて談笑していると、いつの間にか日は暮れてしまっていた。敵の出現を警戒してつばさは急いで公園を出る。


「やばっ! もうこんな時間だよ!」

「ちょっと、つばさ~っ!」


 静香も急いで後を追いかけた。が、時すでに遅し、闇がつばさと静香を包み込んでしまう。


「静香、ごめん、またつき合わせちゃったみたい」

「今更いいよ! それより、今度はどんな奴が出てくるのかな?」


 緊迫感を感じるつばさとは対象的に、静香はどこかこの状況を楽しんでいるっぽかった。つばさは静香を守りながら、闇の向こうからやってくる悪意を察知しようと感覚を研ぎ澄ませる。


「そんな余裕がある内はいいけどねっ!」

「ヤバいのが来るのかな?」

「さあて、ね!」


 2人がそんな会話をしている内に闇が上空まですっぽりと覆った。いよいよ敵の御登場だ。


「グルルルルルル……」


 闇に包まれてすぐにまた例の声が聞こえてきた。今回も魔獣が襲ってくるのだろうか?


「先手必勝! 女神カッターッ!」


 つばさは素早く女神化し、速攻で声のした方向に自慢の光輪を投げ込む!

 けれど、光は空を裂いただけで何の手応えもなく消えてしまった。


「嘘?」


 あてが外れたつばさは辺りを凝視する。そこに敵の姿はない。


「つばさ、上!」


 静香の言葉につばさが空を見上げると、そこには翼を生やした悪魔の姿をした敵が彼女を狙っていた。


「わあぁぁっ!」


 その姿を目視で確認したつばさは、初めて見るその異形の存在に思わず大声を上げる。それが合図になったのか、悪魔の矢がつばさを狙った。矢は音も立てずに標的に向かってまっすぐに飛び、彼女の頬をかすめる。

 つばさは傷を負った昨日の戦闘を思い出し、恐怖に顔を強張らせた。


「新手だよぉ、静香」

「そんな事私に言われても……」


 突然話しかけられて静香も困惑する。彼女の困り顔を見たつばさは我に返ると、上空に浮かぶ悪魔に狙いを定めて攻撃を再開させた。


「女神ビーム!」


 けれど、このつばさの攻撃を悪魔はニヤニヤと邪悪な笑みを浮かべながら機敏な動きでスルリと避けてしまう。


「効かないよぉ~静香ぁ~!」

「だから、私に言わないでよぉ~!」


 得意の攻撃が当たらなかった事で2人はパニック状態になってしまった。混乱して何も出来ないでいたその時、一筋の光が悪魔を切り裂く! その一撃で悪魔は断末魔の叫びを上げる間もなくあっさりと消滅した。


「まったく、しょうがないお嬢さん達だね」


 悪魔を倒したのは昨日の謎少女だった。その鮮やかな手口は正に戦闘慣れしていると言っていい。2人で抱き合っていたつばさ達は一瞬で状況が好転して唖然としていたものの、敵がいなくなったと言う事ですぐに正気に戻る。

 そうして、つばさは助けてくれた謎少女にペコリと頭を下げた。


「あ、有り難うございます、お姉様!」

「敵は色んなのがいるんだから、戦闘もそれに合わせていかないといけないよ」

「お姉様はずっとこの戦いを?」

「て言うか、お姉様ってのは止めてよ」

「え? え~と……」


 不機嫌そうな謎少女に対し、一体何と呼びかけていいか分からずにつばさは困惑する。微妙な空気が流れる中、この沈黙に耐えられなかった少女はここで自らの名前を口にした。


「宏子」

「んじゃ、宏子さん、この戦いの……」

「シッ! まだ敵がいる!」


 その言葉に場は緊張感で静まり返る。沈黙は時間の流れを止め、あたかも静止した空間で自分達だけが取り残されたような状態を作り出していた。


「ウキキキキッ!」


 闇の中から聞こえてきたのはまた悪魔の声だ。宏子とつばさはすぐに声のした天空を見つめる。

 けれど、その悪魔は上空ではなくつばさ達の目の前にいた。女神2人がその存在に気付いた時、悪魔はまたさっきと同じく矢を射ってきた。2人は間一髪で何とかそれを避ける。

 そうして避けた矢はそのまま静香に向かって飛んでいった。攻撃が自分に向かっていると気付いた彼女は恐怖で大声を上げる。


「キャアアッ!」

「しまったッ!」


 友人の危機に気付いたつばさは静香を救出に向かうものの、矢は一足先に彼女の身体に接触した。その瞬間、辺りが閃光に包まれる。その閃光が治まった時、そこにはさっきまでの静香はいなかった。

 突然のこの状況に驚きながらも、彼女のもとにつばさは駆け寄る。


「し、静香……?」

「私、どうかしたのかな?」


 静香はまだ自分の身に何が起きたか理解出来てはいなかった。光に包まれたと言う事で分かる通り、静香もまた女神の1人だったのだ。悪魔の放った矢は彼女の発した光によって消滅。なので、静香には全くダメージは発生していなかった。

 彼女の無事な姿を見てつばさは安堵する。


「良かった、無事で」


 変身した静香は自身の体に起こった変化をまだ受け入れられず、ただその場で呆然としていた。彼女を撃った悪魔もそれは同様だったようで、どうしていいのか分からずに動きを止めている。その隙を突いて、宏子が素早く悪魔を倒した。今度こそ敵を倒しきったと言う事で、闇の霧はゆっくりと晴れていった。

 敵がいなくなったので、女神化を解いた宏子はまたいつものようにそっけなく踵を返す。


「それじゃ、私は帰るから」

「待って、宏子さん」


 彼女に色々と聞きたい事のあったつばさは宏子を呼び止めた。帰りかけた彼女もその呼びかけに足を止める。


「何?」

「私達って何なんですか? どうして敵に狙われるんですか?」

「いずれ分かるよ、いずれね」


 宏子はそう言うと、今度こそ夜の街に消えていった。結局謎は謎のままで終わり、つばさはガックリと肩を落とす。そうして今度は振り返って静香の方を見た。


「静香も私と同じだったんだね」


 その言葉で静香は我に返る。


「私、女神化しちゃったんだ……」

「信じられないでしょ?」


 つばさは笑いながら言った。


「うん、信じられない」


 静香も笑いながら答える。こう言う時はもう笑うしかない。


「それじゃあね、静香」

「またね、つばさ!」


 あんな事があった後なのに、極めて普通に別れの挨拶をする2人。異常な事が起こりすぎて一回りして元に戻った、そんな感じだった。


 いきなり仲間が3人になったつばさ達。この先で一体何が起こるのか? そして他にもつばさの仲間は現れるのか? 敵の正体は何なのか?

 謎が謎を呼びつつも、これからも何とかなるようなそんな気がするつばさなのだった。

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