第15話 絆 前編

 辺りは漆黒の闇。この時、つばさは後悔していた。


(あの時、静香と別れていれば良かった……)


 そこには迫り繰る闇の恐怖の側で脅える静香の姿があった。そう、あれから毎日闇の刺客はつばさを襲っていたのだ。

 つばさも敵の攻撃に馴れ、毎日それとなく対応はしていた。必殺技も、女神ビームに女神キック、女神パンチ、女神カッターなど次々に開発して、少しくらいの攻撃には動じなくもなってきていた。


 そう言う日々が続き、つい油断して敵の出現する禁断の時間まで静香と一緒にいてしまったのだ。

 いや、奴らの現れる時間が速まったのかも知れない。とにかく、つばさが油断していた事には変わりなかった。


「つ、つばさちゃん、なんだか恐いよ……」

「静香! 私の側を離れないでね!」


 緊張感が辺りを包む。いつもより闇の気配が濃い。今回、つばさは苦戦しそうな、そんな気がしていた。


「キャアァッ!!」


 静香が声をあげる。前方から魔獣が3匹飛び出してきたのだ!


「女神化ッ!」


 つばさは女神化の光で魔獣を追い払う。

 しかし、その光はすぐに消え、魔獣も体勢を整える。


「つ、つばさちゃん……?」

「今は黙ってて!」


 つばさの強い声に静香は黙った。質問出来る雰囲気ではなかったのだ。そう、今まさにこの空間は戦場だった。


 食うか、食われるか――。


 静香は思った。つばさはいつからこんな過酷な生活をしていたのだろう。毎日いつも通りに生活をしていたのに、裏ではこんな命のやり取りをしていただなんて――。

 この世ならざるものと戦う為に、やはり現実離れした姿に変わって戦闘を続ける、こんな世界が本当にあったのだと。

 彼女の心配はいつの間にか憧れへと変わっていた。


「3匹か……キツいなぁ」


 つばさは一度に複数の敵と戦うのは今回が初めてだった。しかも、背後に静香をかくまいながら戦わなければならない。この結構ヤバメな状況に対して、まず彼女は目の前の1匹に集中して狙いを定める。

 たとえ敵が複数でも、こうして1匹ずつ当たれば意外に簡単に片付きそうだ。


「女神ビームッ!」


 光は魔獣めがけてまっすぐに飛んでいく。この光線が当たれば、雑魚魔獣ならば一撃で倒せるだろう。

 けれど、魔獣はその光の攻撃をサラリとかわし、つばさの目の前へと迫ってきた。そうして怒りに満ちた形相の魔獣がその鋭い爪で彼女を襲う! 危機を感じ取ったつばさは、静香を抱えて高く飛んだ。女神化した彼女は空を飛ぶ事が出来るのだ。そうして、その高い位置から魔獣を狙う。


「女神カッターッ!」


 つばさはそう叫ぶと、勢いよく腕を振り降ろす。するとその軌跡に沿って指先から光輪が放たれ、魔獣を真っ二つに切り裂いた。後2匹!


 まだ飛ぶのに慣れていないので、つばさは長時間浮いている事は出来ない。1人ならともかく、今は静香を抱えている。この状態で攻撃を受ける訳にも行かないと、彼女は取り敢えず一旦着地した。そうしてすぐに次の攻撃に備える。

 静香を守りながらの長期戦は不利だ。それもあってつばさは短期決戦でケリをつけようと考えていた。

 けれど、敵の次の攻撃の気配がまるで見えない。この状況につばさは焦る。この緊張状態が続けば攻撃を避けられずにダメージを受けてしまうかも知れない――。


「私、いいよ。自分の身は自分で守るから」


 緊迫する空気を読んだ静香は自分が負担になっていると考え、つばさから離れようとする。


「ダメだよ! 今はここでじっとしていて!」


 静香が狙われないようにと、つばさはその行動を制止した。と、そこに魔獣が2匹同時に襲いかかって来る。


「めがっ……!」


 このつばさの反応より、魔獣の爪の方が早かった。野生の凶悪な爪攻撃が彼女を襲う。紙一重で避けたつもりだったものの、その爪はつばさの身体に傷をつけていた。


「うぐッ!」


 幾多の戦闘を経た中での初めてのダメージ。そこまで深くはないものの、肩に受けた傷口からは血が垂れる。


「マ、マジでヤバいわ……」


 傷口を押さえながらつばさは次の魔獣の攻撃に備えた。次に攻撃を受ければ、今度こそ身動きが取れなくなるかも知れない。それだけは何としても避けたかった。


(こうなったら、私の全パワーを次の攻撃で使うしか!)


 つばさは決死の覚悟で戦闘に臨む。そして、その緊張感が冷める間もなくまた魔獣が襲って来た。


「女神フルパワーッ!」


 つばさは気合を入れてスピードを上げ、紙一重で魔獣の攻撃をかわす。そのスピードは流星のごとし! 何とか攻撃を避けた事で生まれた隙を突いて、女神ビームで1匹を撃破したものの、死角にはもう1匹が潜んでいた。


「グワアァッ!」


 つばさはその叫び声にすぐに振り向くものの、今からではとても攻撃は間に合わない。勝利を確信した魔獣の牙がつばさ達を襲う! ここで2人は観念してお互いに強くまぶたを閉じた。

 けれど、不思議な事にそれからも何も起こらない。しばらくの沈黙の後に恐る恐る2人がまぶたを上げると、魔獣の姿はどこにもなかった。


「片付といてやったよ。まったくだらしないね」


 魔獣の代わりにそこにいたのは、同じ女神の力を持つ謎の少女。この状況に理解の追い付かないつばさは少女に質問する。


「あなたは……、以前私を助けてくれた……?」

「たまたまね、ちょっと通りかかったから」

「そ、そうなんだ」


 少女のそっけない返事につばさはぎこちなく愛想笑いを浮かべた。


「次から気を付けなよ、じゃ!」


 そう言い残すと、少女はまた闇の中へと消えて行った。


「あ~あ、お礼くらい言わせて欲しかったな」


 つばさはすぐに消えたあの少女にまたいつの日か会えるんじゃないかと感じていた。魔獣を全て倒したので、周りの景色はいつの間にかいつもの姿に戻っている。

 それを確認した後、つばさは元の姿に戻った。さっき魔獣から受けた怪我も大した事はなさそうだ。こうして何もかも元通りになったと言う事で、彼女はまるで何事もなかったかのように友人に別れの挨拶をする。


「それじゃ、静香、またねっ!」

「え? ちょ、ちょっと!」


 静香の質問の声を聞こえないふりをして、つばさは急いで家に帰っていった。


「さっきのは一体何だったの?」


 1人取り残された静香は、まるで狐につままれたような感覚に包まれる。


「明日の部活で詳しく聞こうっと」


 そう考えると、何だか明日が待ち遠しくなる静香だった。



 そうして一夜明けて次の日の放課後。静香に質問されない様につばさは早めに帰り支度をする。今日はオカ研の部室にも寄らずまっすぐ家に帰ろうとしたのだ。

 闇の者が襲って来るのはいつも日が落ちた直後。逆に言えば、それより早く帰れば問題はないはず。ただ、それまでは自分もそれなりに対処出来ていた為、奴らにつき合っていたと言うところもあった。


 けれど、昨日は攻撃を受けてしまって命の危険を感じた為、もう敵に出会う前に帰ってしまおうと考えたのだ。もし下手に誰かと一緒にいる時にまた敵の出現時間になってしまったら、その子にも危険が生じてしまう。なので今日からは1人で帰る事にしたのだ。

 今まで友達と一緒に帰る事が多かったので、1人での帰り道はひどく淋しく感じたものの、これも仕方ない事だとつばさはあきらめる。


 そう言えば、未だに敵の正体も目的も分からない。考えてみれば自分が変身出来る理由や、その使命もまだ分かってはいない。

 って言うか、果たして自分に使命なんてあるのだろうか? 昨日出会ったあの子なら何か知っているのかな? と、帰りながらつばさの頭の中は疑問で一杯になっていた。

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