第14話 仲間 後編
この時、つばさの脳裏に、昨日の出来事が思い浮かんだ。
「まさか、また何か現れたの?」
昨日の事を思い出したつばさの緊張がピークに達する。自分の心臓の音が手に取るように分かった。彼女はすぐに辺りをキョロキョロと見回す。こんな時はどの建物も怪しく見えてしまう。
逃げ出したいけど逃げられない、そんな空気がつばさの身体を包んでいた。
昨日の戦いを思い出したつばさは覚悟を決めて精神を集中する。目を閉じて真剣に念じたけれど、そんな簡単に女神化は出来なかった。襲い来る恐怖と不安が集中力をかき乱していく。
この恐怖の正体が判明するまでは身動きが取れない。
この時、つばさは1人で帰った事を後悔していた。そして、もしかしたら自分が本を読んでいる時に部長が教室に入って来ていたんじゃないか? 帰る前にもう一度暗室に声をかけた方が良かったんじゃないかと、今更ながら部室を出る前の自分の行動を省みてもいた。迫り来る不安と恐怖にイヤな汗が一筋流れ出る。
その時、つばさは周りが霧に包まれていくのに気が付いた。その状況は昨日と全く同じだ。悪夢のような霧は、やがてつばさの前で人の形になっていく。
そうして完全に人の姿になったそれは、つばさに向かって手を伸ばしてきた。
「うわあああっ!」
間一髪! 極限状態の恐怖のおかげで女神化に成功したつばさは霧の攻撃を紙一重でかわすと、すぐにその場から離脱する。
素早く距離を取った彼女は、早速昨日と同じ作戦を実行した。
「女神ビーム!」
つばさの手から放たれた光線は霧人間の体をすーっと何事もなくすり抜ける。霧相手に女神ビームは効果がなかった。
「うそお……」
とっておきの作戦が失敗に終わり、つばさは落胆する。とは言え、立ち止まっていてはいずれやられてしまう。他に有効な攻撃手段を何も思いつけたなかった彼女はとにかく走って逃げる事にした。女神化で強化された脚力でつばさは風のように疾走する。
けれど、霧はそこら中に漂っていて、霧は逃げた先々で実体化。いくら逃げても先回りされてしまうのだった。
(たかが霧だし、捕まったって大した事ないんじゃ……?)
と、一瞬油断したその時、霧の手がつばさを捕らえる! 霧の手に口を塞がれ、彼女は息が出来ない。霧に取り込まれた瞬間、全ての身体の自由を奪われてしまった。
(こ、こんな時、夢なら目が覚めるのに……)
この謎の霧に完全に取り込まれた彼女の意識は段々朦朧としていく。こうしてつばさは闇の世界に取り込まれていった。その中で彼女は何か邪悪な声を聞いた様な気がしていた。
そうして闇の中で自分と向き合う事で自分の本当の姿、自分の生まれた意味、自分がしなければならない使命、それらの謎もここにいると分かるような気もしていた。
こうして闇の中を漂いながら、大いなる沈黙がつばさの心を支配していく。
「ギュギャァァァ!」
その時、この世のものと思えない悲鳴が公園内に響き渡った。その叫び声の後、霧は蒸発していく。この蒸発によって開放されたつばさはその場に力なく倒れ込んだ。
霧人間を倒した影はつばさの無事を確認すると、そっと何も言わずにその場を去っていく。その光景をつばさはおぼろげな意識で見るので精いっぱいだった。
(誰だろう……あれ……)
その後、また記憶が途切れていく。
気が付くと、つばさは自室のベットで寝ていた。どうやら路上で倒れているのが見つかり、色々あって家まで運ばれて来たようだ。ベットの上でつばさは霧に包まれていた時の事をぼんやりと思い浮かべていた。
自分の正体、自分のするべき使命――。
それらの答えはまだ見つかってはいなかったものの、女神の力を得た自分は何か特別な事をしなければいけないような、そんな気がするのだった。
「それにしても、私を助けてくれたのは誰だったんだろう?」
つばさは自分を助けてくれた影についても考えを巡らせる。女神化出来る彼女を狙う敵を倒したと言う事は、やっぱり同じ女神化出来る人物なのだろうか?
と言う事は、もしかしたらつばさの仲間なのかも知れない。では何故何も喋らずに去って行ったのだろう?
――はは~ん、シャイなんだな、きっと。
こうして色々思案を巡らせた結果、つばさの中で今回の出来事は「シャイな仲間が助けてくれた」と言う事になっていた。自分の他にも似たような境遇の仲間がいる――まだ推論でしかないけれど、この事でつばさは大いに安心感を得る事が出来たのだった。
「これで何が襲って来ても安心だーっ!」
そう叫びながら背伸びをしたつばさは勢いよくベットに倒れ込む。バフッと言う音と共に布団の優しさが彼女を包み込んだ。
その優しさ甘えていると、安心したせいなのか急にお腹が空いて来たので、彼女は自室を出て食料を求めに階段を降りて行く。
「母さーん、何か食べる物ある~っ?」
こうして平和な夜は更けていくのだった。
つばさを助けた陰は本当に味方なのか? 敵の正体、目的もまだ謎のままである。
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