第12話 て、敵? 後編

(な、なんかヤバい!)


 そう思ったつばさはその場から逃れようと一目散に走り出した。ほとばしる汗、涙目になりながら彼女は走る。無我夢中だったため、自分がどこに向かって走り出したのかすら分からない。

 ただデタラメに、その場から逃れる事だけを目標に彼女は走り続けた。


 ハァ、ハァ、ハァ……。


 どれくらい走っただろうか。肩で息をしながらつばさが振り返ると、そこで驚愕の事実が判明する。何と彼女はその場所から一歩も動いていなかったのだ!


「なんで~ッ!」


 思わずつばさは大声を上げる。いつの間にか逃れられない空気がつばさを取り囲んでいた。観念した彼女はこれからの事をじっと考える。

 この時点で、もう矢でも鉄砲でも持って来いと言う心境になっていた。


 グルルルル……。


 その時、凶悪な獣の声がどこからか聞こえて来た。人間なんか一口で平らげてしまう、そんな大型肉食獣の存在を感じ取ったつばさは、声の主がいるである方向に本能的に視線を向ける。

 恐る恐る振り向くと、そこには初めて見る生物の姿があった。


「……!!」


 その姿のあまりに恐ろしさに彼女は声を出せなくなってしまう。ただ、その姿はゲームとかで見慣れた魔獣にとても近いものがあった。

 全体的なフォルムは犬に近いものの、全長は2メートルくらいでフサフサとした黒い毛が全身を覆っている。目は赤く光り、口には牙が、額には凶悪そうな角が生えていた。

 そんな、今までに一度も見た事のない生物が目の前にいた。


 こんな事が現実に起こるはずがないと、この状況を前につばさはパニックになる。考えのまとまらない彼女は一歩も動けない。対する魔獣の方はと言うと、目の前の少女に興味を持ったのか、ゆっくりとつばさに近寄ってきた。

 相変わらずのパニックのままの彼女は頬をつねるものの、その痛みから現実の出来事だと自覚する。

 目の前の危機が現実だと分かった後は、この状況に対する唯一の打開策として、ひたすら自分の中の未知なる能力の発現を祈っていた。


(女神の力~ッ! もう一度~ッ!)


 射程範囲内まで近付かれ、魔獣はつばさに襲いかかる。その鋭い爪が彼女を切り裂こうとしたその瞬間、まばゆい光が彼女を包んだ。その光によってまた彼女は女神化する。

 そう、今度は自分の意志で女神化する事に成功したのだ。この光に驚いた魔獣は素早く後ずさり、改めて距離を取った。

 一方、女神化したつばさはこの成功に少し戸惑っていた。


(これまで何度試しても駄目だったのに……)


 彼女は2度目の女神化以来、何度か自力で女神化に挑戦していたものの、あれ以来一度も成功していなかったのだ。


(やっぱりせっぱ詰まらないと駄目なのかな?)


 つばさは今回の女神化のプロセスをしっかりと頭に刻み込む。

 しかし、事態はこれで改善された訳ではない。突然発生した光に魔獣は一瞬その場を離れたものの、つばさに狙いを定めている事自体は変わっていないのだ。


「何で私を狙うのか分からないけど、それ以上近寄ったらお仕置きよッ!」


 女神化したつばさは少し強気になって自分を狙う魔獣に命令する。そんな警告が通じるはずもなく、魔獣はつばさの警告を無視して襲いかかってきた。 

 グガアッと言う叫び声と共に鋭い爪がつばさを狙う! ザシュッと言う風を切る音が辺りに響く。それをつばさは何とか間一髪で避ける事に成功した。


「やっぱり身体能力は上がっているみたい!」


 魔獣の目にも止まらない速さの攻撃を避ける事が出来たので、つばさは女神化した時の自分の能力を確信する。間髪を入れずに魔獣の第二撃! これもぎりぎりで避ける事が出来た。


「こーんどはこっちの番~っ!」


 ここでつばさは今まで思い描いていた技が使えるかどうか試してみた。それは光球を頭でイメージし、それを指先で放つと言うもの。色んなバトル系の漫画でよく使われる技を実戦した訳だ。


「女神ビームッ!」


 とっさだったのもあって、取って付けた様な名前でその技を放つ。ちょっとダサイかな、と叫んでいる時にもうすでに彼女は後悔していた。

 考えてみれば技名を叫ぶ必要もなかったりするのだけど、今はそこまで頭は回っていなかったのだ。


 こうして放たれた女神ビームは見事に魔獣に直撃し、断末魔の叫びを上げる間もなく消滅。終わってみればかなりあっけない結末だった。

 この結果につばさが呆然としている間に、周りの景色が元の世界に戻っていく。

 ただ、少しは時間が経っていたらしく、空には丸いお月様が淡い光を放っていた。


「わ! もう8時だよ~、早く帰らなきゃ~っ!」


 つばさは走って家に帰っていく。帰宅したつばさは玄関前で自分の顔を鏡で確認する。すると、そこに映っていたのはいつもの格好をした見慣れた姿だった。

 そこで安心して、彼女は玄関のドアを開ける。帰りが遅くなったので母親に少し怒られたものの、説教が済めば暖かく迎えられた。その後はいつもの時間が過ぎていく。


 ただ、つばさはこれから先、もっと危険な目に出会う事を確信していた。


「早くこの女神の能力を見極めないと……」


 彼女は自室の窓から夜空を見上げながらそう意気込む。こうして、この出来事を境につばさは戦いに巻き込まれて行く事になるのであった。

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