女神の休日

第9話 女神の休日 前編

 明けて日曜日。清々しい太陽が瑞穂乃町を明るく照らし始める。外から聞こえてくる雀の声が耳に優しい。この時、目覚ましが鳴るも、つばさは布団の中から手だけを伸ばして一瞬で止めてしまった。条件反射とは恐ろしい。

 目覚まし時計が示す時間は7時15分。この後、つばさは更に2時間たっぷりと眠り続けるのだった。


「おかあさ~ん、朝ご飯~……」


 ようやく起き上がった彼女は寝ぼけまなこで階段を降りる。つばさの部屋は2階にあるのだ。


「適当にあっためて食べてちょうだいな~♪」


 娘の声につばさママも明るく答える。彼女はライターの仕事をしているので、いつも家にいる。たまに旅行の記事を書く為に家を一週間くらい開ける事もあるけれど。

 ちょっとボケてるけど、明るくて優しい母だ。


 つばさはテーブルに用意されていた味噌汁とハムエッグとご飯とたくわんと言う和食メニューをたいらげる。時間のない平日はパン食だけど、休日はゆっくりご飯を食べると彼女は決めていた。

 ご飯を食べ終わったつばさはしばらくぼけーっと窓から外の景色とかを眺める。ふと時計を見ると10時30分を指していた。まあ、普段の休日ならいつものスケジュールである。

 でも、今日は約束の日。それを思い出したのが11時。


(あ、約束10時だっけ?)


 つばさが自分の部屋でおぼろげに過去の記憶を思い出していると、家の電話が鳴リ響く。見当は付いていたものの、恐る恐る電話に出ると、受話器の向こうの声の主はやはり静香だった。


「もしもし、つばささんのお宅でしょうか?」


 彼女はとっくに家を出て、待ち合わせ場所でずっと待ちぼうけをしているようだ。その声から感情ははっきりとは読みとれない。つばさは自分の失態を誤魔化すように明るく返事を返す。


「ハ~イ、静香♪ ごめ~ん、今から行くからちょ~っと待っててね~♪」

「つばささ~ん? まだ家にいたんですか~?」


 静香はつばさの親に出発の確認をしようとしていたのだろう。電話に出たのが本人と分かって驚いている様子が電話越しにはっきり分かる。下手したら怒らせてしまうと直感で感じ取ったつばさは、すぐに謝罪モードに切り替わる。


「ごめん、本当にごめん」

「いいですよ~、じゃあ早く来て下さいね~」


 その声を聞く限り、待ち合わせ時間に1時間も遅れていると言うのに静香はそこまで怒ってはいないっぽい。必死の謝罪で何とか機嫌を悪くする事に回避に成功したつばさは、すぐに現地へ向かう事を約束する。


「あ、ありがとう、マッハで行くから!」

「じゃあ、待ってますね」

「じゃ……」


 会話を終えて受話器を置いたつばさはスゥ~ッと一呼吸すると、速攻で出かける準備を始めた。時間がない為、超大急ぎモード発動! 直感で着る服を選んでいく。

 2階でバタバタしていても、つばさママは何も気にする事なくマイペースで原稿を仕上げている。こう言う事は日常茶飯事のようだ。


「行って来ま~す!」


 つばさが家を出たのは11時25分。この頃、太陽が容赦なく照りつけ、汗が滝の様に流れていく。髪の毛のセットが満足出来るものではなかったけれど、今の彼女にそんな事言っている暇はなかった。



 場所は変わって、こちらは静香がつばさを待つ瑞穂乃町中央通り公園。その噴水の前のベンチに小説を読む静香の姿があった。手にしている小説はもう2冊目に突入している。


(電話した時にまだ家にいたから、12時頃にここに着くくらいかな?)


 公園の時計を見ながら彼女はそう思った。1時間以上待ち合わせに遅れたら普通は怒ると思うのだけど、静香は全然怒っていない。かなりのんびり屋さんだ。向こうから誘って来たので、今日のプランはすべてつばさにお任せと言う考えらしい。

 詰まるところ彼女も暇を持て余していた、と言うところなのだろうか?


 その時、公園に向かって誰かが急いで走ってくる声が聞こえてきた。


「遅れてごめ~ん! 随分待たせちゃったね~ッ!」


 そう、その声の主はつばさ。想定よりかなり早く現れたために、静香は目を丸くする。


「は、早いね、もっと遅いのかと思った……」

「マッハで来ました!」

「とりあえず座ったら? 汗もすごいし」

「ごっつあんです!」


 つばさはしばらく肩で息をしていたけど、少し落ち着くと静香の隣に座って汗を拭いた。


「いやあ、いつもの日曜と勘違いしてたよ」

「自分から誘った癖に?」


 悪戯っぽく静香は笑う。つばさは良い返しが思い浮かばず、ペコリと頭を下げた。


「本当にごめんね」

「いいよ。今日は何の予定もないし、ゆっくり本も読めたし」

「怒ってない?」

「全然♪」


 どうやら本当に静香は怒っていないらしい。その表情を見て安心したつばさは、びしっと敬礼をする。


「今度から気を付けます!」

「素直でよろしい♪」

「あはは」

「アハハ」


 一通りの弁明が終わったところで、つばさは時間を確認する。現在時刻は11時50分。


「それじゃあ、先にご飯食べよっか♪」


 彼女の提案に静香もうなずく。つばさは遅れてきた罪滅ぼしをしなくてはと、ある提案を持ちかけた。


「遅れて来たから私の驕りネ♪」

「え? いいの?」

「その代わり、高いのはやめてね~」

「了解♪」


 こうして公園を後にしたつばさ達は近くのファーストフード店に入って行く。そこで2人はバリューセットを頼んだ。このセットにすればお金を余りかけずにお腹一杯になるのだ。

 注文したバーガーを手に適当な席に座り、それを頬張りながら静香は話しかける。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る