指名手配中の妹がフードコートにいる。

ひふみん

指名手配中の妹がフードコートにいる


 

 それは世間が夏休みに入り、1ヶ月も経たない頃。

 遠い昔に妹と一緒に出かけた思い出のある、この町で唯一の大型ショッピングモールへ向かった時だった。

 建物の大きさの割に静かな店内。それもそのはず、この町は俗に言う田舎だ。それも、人々の想像するような超ド田舎でもなく、かといって外を出歩いても店が数軒あるだけの、たちの悪い田舎だ。望んでここに住もうだなんて人は、少ないのだろう。

 『お兄ちゃん。ここのチーズバーガー、おいしいね』

 ふと、昔の妹との会話が蘇る。

 『いや、マックの方がおいしいでしょ』

 なぜ昔の俺はそんなことで張り合ってしまったのか。ムッとした顔で俺を睨む妹。

 そんな妹と最後に会話をしたのは確か……6年くらい前だったかな。


忘れもしない6年前。朝起きると、妹がいなかった。

俺がそれを大事だと認識したのは、妹の荷物すべてが部屋から消えていたのを認識し、それと同時に家のチャイムが鳴らされた時だった。

 「警察です。開けてください」

け、警察?もしかして、昨日のサイトの年齢確認偽ったのがばれたのか? それとも、ゲームに課金するために親の財布から金パクったやつか? それとも……。

 当時高校3年生だった俺は、ろくに受験勉強もせずに毎日PCと向き合う日々。そんな時期に寝起きから警察が家にやってきたのだ。心当たりしか無かった。

 「……おまわりさん、おはようございます。なんの用でしょうか」

 僕は内心震えながら、そう訪ねる。後で気づいたが、そのときの俺の足は生まれたての子鹿のそれだった。

 「こちらに、妹さんは居りますかね? 居たら是非、お話を伺いたいのですが」

 「い、妹ですか?」

そういえば、どこへ行ったのだろう。多感な時期だ、朝早くから一人で自分探しのたびでも出かけたのだろうか。

 「おそらく、自分探しのたびに……いえ、なんでもないです。実はですね、今日の朝起きたら妹がいなかったんですよね。なにかあったんですか?」

 妹を警察が訪ねるとは。しかし、妹はまだ16歳である。可能性としては、学校でなにかあったか、友人間のいざこざか、せいぜいその程度だろう。そういうことを経験して、成長していくんだよな。

 「実はですね、妹さんは電子計算機使用詐欺罪で……」

ん、詐欺罪? あいつが? こりゃ自分探しどころじゃないだろ。大変なことになった。おそらく、生きてきた中で初めてケツが切れたときぐらいの衝撃だ。

 更に俺は警察の次の言葉に耳を疑った。

 「指名手配、されています」

 その言葉を聞いた時の俺の顔は、形容するなら有り金全部FXで溶かしたような、エースが死んだ後の精神崩壊寸前のルフィのような、そんな顔をしていた。

 自分探しどころか、サツがお前を探してんだよ。聞いてるか妹よ。

それ以降の警察の話をまとめると、どうやら妹は老人たちに不正送金をさせて金を盗んでいたようだ。しかも、あろうことか国の金にまで手をつけたらしい。そして、数億もの金を盗んで、今現在逃亡していると。

「では、なにかわかったら連絡していただけるとありがたいです。」

そう言い残し、警察は去って行った。

いや、成長しすぎだろ。しかも悪い方に。

今思い返しても、全然そんなことをしているような素振りはなかった。なぜかあいつの部屋に、絶対俺たちの小遣いじゃ買えないような電子機器があったり、妹の財布を見たときに銀行口座のカードがたくさん入ってて不思議に思ったりしたけど、全然気づかなかった。

「指名手配、か」


あの日から6年経つ。しかし未だに信じられない。妹が指名手配だなんて。


感慨に耽りながら、俺はショッピングモールを歩く。あてもなく歩いていると、懐かしい場所へ着いた。

「フードコート、今も全然変わらないな」

俺はあの日の記憶を元に、妹と一緒に食べたハンバーガー屋に向かう。すると、そこには大きなMの文字が。いや、潰れてるやんけ。全然変わってるわ。しかもマックになっとるやんけ。

 カルチャーショックというべきか、昔のことを思い出したからか、少し疲れた。

どこかに座る場所は無いだろうか。なにしろ今は昼時で、ここはフードコート。席は埋め尽くされ、どこにも座る場所なんか……いや、あった。というか空きすぎだろ。経営大丈夫なのかこれ。

 俺は一番近くの席を探し、座ろうとする。が、そこには先客がいた。

 「お兄ちゃん、久しぶり」

 「おう、久しぶり。ここ座っていいですか?」

そうして俺は席に着く。誰かに話しかけられた気がしたが、オタク特有のスルースキルでやり過ごした。何を食べようかな。

「……え、それだけ? 6年ぶりだよ!?」

 ……ん?6年?それに、この声……

「妹、なのか?」

 指名手配犯を捕まえたときの報酬金の3000万円のことや、それで何を買うか、どうやって妹を警察に連れて行くか。この6年間積み重なった思いが頭を巡る。  

「そうだよ。妹だよ。指名手配されてる、妹。」

「な、んで、ここに」

 いろいろなことを考えすぎて、言葉が詰まってしまう。ゲーミングPCも欲しいし、ニンテンドースイッチも2台くらい欲しいな。

「実はね、私いままで一人で逃げてきたけど、さすがにもう疲れてきたの。だから、私の逃走、手伝ってくれないかな……? 」

何を言っているんだ、こいつは。そんなことをしたら俺まで指名手配にされかねないじゃないか。受けるわけ無いだろう。

「もし手伝ってくれたら、報酬金の倍、6000万円、あげちゃう」

「……何をすればいい?」

最愛の妹の願いだ、兄として助けてあげるしか無いだろう。

「じゃあ……「ついに見つけたぞ、指名手配犯」」

  突如飛び込んできたこの声にも聞き覚えがあるぞ。6年前、俺を子鹿に仕立て上げたあの警察じゃないか。

 「今まではどこで行方をくらませていたのかしらんが、どういうわけかこのフードコートに戻ってきたのが運の尽きだったな。素直に捕まってもらおう」

 そう言い終えると、待ち構えていたようだ、武装集団が妹の周りを取り囲む。もちろん、俺も妹と同じ席にいるわけだから取り囲まれている。いや、助けて。

 「お兄ちゃん、久しぶりに会えたけれど、どうやらここまでみたい。もう少し話したかったかも」

 「すまんな、妹。ここでおさらばだ」

 そう言い、俺は妹を捕まえ、動けないように拘束し、警察に突き出す。

 ああ、さらば6000万円。また、いつか会おう。

 

 「協力、感謝します。ようやく、私もこの仕事を終えるときが来たようです」

 「へぇ。そんなことより、報酬金ちゃんと振り込んでおいてくださいね」

 「わかりましたよ」

苦笑いで警察は去って行く。

 「あ、そうだ。最後に妹さんに、なにか伝えたいことがあれば、是非」


 伝えたいこと……俺はしばらく考える。

そうだ、これは、これだけは絶対に伝えたい、いや伝えなければいけない。


 「妹ぉーーー!」


妹がこちらを振り返る。やっぱり――


 「やっぱり、マックの方が人気だったな!」

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指名手配中の妹がフードコートにいる。 ひふみん @sritinino

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