第3話

 穏やかな春の陽気はとっくに過ぎ去り、季節は梅雨の真っ只中という頃。ぐずついた天気に気分も晴れない日が続いていた時、それは起こってしまった。その日も、しとしとと雨が降り続く天気で、空は常に薄暗く重かった。時間の経過でだんだん本格的に空が暗くなり始め、「さすがに今日は来ないか」と思い始めたその時、廊下で声が聞こえた。しかし、なんだかいつもと様子が違う。

 こちらへ向かってくるのが咲真だとわかる。だがそれと同時に、また別の声も共にこちらへ近づいてくるのだ。それも、咲真は焦っているような、怒っているような雰囲気で話しているように聞こえるのだ。どうやら、看護師と話している訳ではないらしい。では誰がこのような病院に同行してくるというのか。咲真が病室の扉を開けた瞬間、答えはすぐにわかった。彼の一歩後ろに、同じ学校の制服を着た女子が二人、まるで彼から離れまいと言わんばかりに付いてきている。


「…ごめん、余計なの連れてきちまった…」

「余計なのとかひどーい!」

「天気悪いのに、わざわざこんな遠いところまでお見舞い? てかあの子誰よー」

「だーっ! 俺が来たくて来てんの! さっきも言ったろ! 邪魔するなら帰れって!」

「やー、と一緒がいいー」

「あたしもー! ねえっここで何すんの? ゲーム?」

「だからくっつくなって!」

(…って…呼ばれてるの…?)


 明日華を余所に、盛り上がっている女生徒二人。彼に対する聞き慣れない呼び名に、ちくりと胸を痛めた。


「二人ともいい加減静かにしろって…! 明日華の体に障るだろ!」

…?…あぁ、この子ぉ?」

「どうもー、なんか地味ねー…あ、入院してるんだから当たり前か」

「お前ら…!」

「ねーえー、こんなつまらないところじゃなくて、どっか遊びに行こうよー」

「毎日すぐ帰っちゃうんだもん。付き合い悪すぎ! 今日こそはって思って付いてきたんだもん。たまには良いでしょー?」


 明日華のことは眼中に無いということか。まるで駄々をこねる子供のように、女生徒たちは咲真に擦り寄る。そんな彼女たちの態度に、明日華もさすがに腹が立ってきていた。そして何より、咲真が他の女子に言い寄られているところを目の当たりにし、それを苦痛にも感じていた。すると。


「お前らいい加減にしろ!!」

「っ!」


 咲真がとうとう二人に対して怒りを見せたのだ。彼にくっついていた二人も手を離し、呆然としている。咲真が他人にここまで怒りを見せるのは、正直滅多にないことだった。普段から気さくで温和な彼がここまで怒るのだから、彼女たちの言動も常日頃からこんな感じなのだろう。そこで、いよいよ堪忍袋の緒が切れてしまったようだ。咲真は二人に詰め寄り一蹴する。


「二人とも頼むから、ここから今すぐ出て行ってくれ。明日以降、金輪際俺に関わってくるな」

「え…」

「ご、ごめんってサク! もう騒いだりしないから、お願い!」

「そういう問題じゃねぇんだよ。二人の態度にはもううんざりなんだよ…もう一度言う、出て行ってくれ」

「………」


 咲真のその言葉に、二人の女生徒は何も言えず、肩を落として病室を後にした。残された明日華が声を掛けるより先に、咲真が振り向き謝った。

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