第2話
そう言って咲真は、丁寧に紙に包んだものを広げて見せる。中には、ふわりと小さな薄紅色が、敷き詰められるように入っていた。傷も無く状態の良い桜の花びらを、咲真は潰さないようにと非常に丁寧に扱って持ってきたのだ。彼は、明日華がこの病院に入院してから今日まで、春になると毎日こうして桜の花びらを持ってきた。他の花でもない、常に彼が持ってくる花と言えば、必ず桜の花弁だった。
「…ねえ、なんでいつも持ってくるのはこの花なの? しかも花びらだけって…ちょっと失礼じゃないかしら?」
「それはまだ内緒な。明日華には、これ以上に見せたいものがあるから、それまでのお楽しみということで♪」
「何それケチ」
理由を聞いても、いつもこの回答で流されてしまう。こういった対応は、彼の普段からの癖のようなものだった。サプライズすることが好きなのか、何かと自分に対して隠し事をしてきた。答えを明かしてくれるまで何度とはぐらかされ、ふとある時に驚かされるのだ。この花びらも、彼が一体何をしようとしているのか全く検討もつかない。何もわからないまま、今まで彼が持ってきた花びらは全て、実は大事にきれいな瓶に入れて本人には秘密に残してある。空気に触れていない分、思った以上に綺麗な状態を保ったものが殆ど残ってくれている。きっとこれを見たら、彼は驚いて嬉しそうに笑うのだろうけど。その答えを教えてもらうまで、私もこの瓶は彼にまだ見せないことを決めている。
「まあ、綺麗だから貰っとくけど…しばらくしたらダメになるから、捨てちゃうわよ?」
「やっぱりダメになるかぁ…なるべくたくさん残しておきたいんだけどな…」
「そんなに貴重なものなら、そこまで必死にならなくても良いのに…」
「ダメ、俺が嫌なの。これだけは絶対やり遂げたいし、明日華に見せたい。見せてあげたいんだ」
「………」
いつになく、彼のその言葉は真剣だった。思わずその瞳に吸い込まれてしまいそうで、一瞬気が抜けてしまう自分がいた。すぐに我に返ると、まもなく今日の面会の最終時間に迫っていた。彼との会話だけで、いつの間にかこんなに時間が経っていたことにも驚いたが、自分がこんなに彼の話に夢中になるとは思ってもいなかったのだ。きっと興味なさげに聞いていたにもかかわらず話し続けていた彼も、相当の物好きだと思うが。
「そろそろ時間か…じゃあ明日華、また来るから。ゆっくり休めよー」
「えっ、ちょっ…」
(またって…!)
そう言って咲真は、引き止める間もなく荷物をまとめて病室を出て行ってしまった。残された明日華は、行き場を失った手を伸ばしたまま固まっている。そして彼が出て行った後には、面会最終時間を告げる放送が流れていた。
彼は宣言したとおり、きっと明日もやって来るだろう。明日華は確信すると同時に、少し寂しさも感じていた。
(咲真は…私のことをどう思っているのかしら…ただの幼なじみ…? それとも…)
そこまで考えて、やめた。きっとそんなこと、彼が、あいつがそこまで考えているとは思えなかったのだ。また来る、というのは事実だろう。でもその理由だけは、咲真本人のみが知る事実なのだと、改めて思い知らされる。何故ここまで自分に構ってくるのかも、今の明日華にはわからないままだった。少しだけ、彼女の胸の奥がざわついていた。
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