桜ヴェールが舞う空に

琴花翠音

第1話

 私は、が嫌いだ。いつからこんなにあの花に嫌悪感を抱くようになってしまったのだろう。いつから、こんなにになっていたのだろう…

         *

 私──東條とうじょう明日華あすかは元より体が弱い。恵まれた家庭に育ったものの、幼い頃から一人、腕のいい医師のもとで、病院に隔離されるようにして過ごしてきた。自然の豊かな土地で療養する、なんてよく考えられるようなことも、この体は拒絶してしまうため、無機質で清潔すぎる白い病室に閉じ込まった日々を送ってきた。そんな生活が続き、高校への進学までも親の伝手でなんとかなっている状況だった。結局、高校の名簿に名前があるだけで、そのほとんどはいつもと変わらない病院での生活。度々自分が惨めに思い、消えてなくなりたいと考えるときもあった。

 しかしそんな私の心の中に、するりと入ってくるやつもいる。それは…


「明日華ーっ! 起きてるかー!?」

(来た…)


 無に近いほど静まりかえっていた病室だったが、騒々しくその扉を開けて入ってきた男子が一人。明日華は、病室が個室で良かったと、ため息をつきながら思った。


咲真さくま…病院は静かにしなさいって何度言ったらわかるの…というか、私あなたの母親じゃないんだけど?」

「あー…すまん、つい…」


 明日華の説教に謝るのは、彼女の幼なじみの西園にしぞの咲真さくま。両家族で親交が深く、二人は生まれたときから一緒にいたような仲だった。彼女が病院での生活を始めてからも、それは変わらなかった。というのも、咲真がほぼ毎日のように病室を訪ねてくるのだ。明日華にしてみれば、「別に頼んだ訳じゃない」と一蹴してしまうが、彼はそんな冷たい対応にも臆せず、自分が来たいから、と今のように元気いっぱいに扉を開けてくるのだ。

 特に高校へ進学してからは、その頻度が増していった。二人の実家と明日華のいる病院は、電車を使っても小一時間はかかる距離にある。二人の高校からも、病院までは十駅近く離れていた。それにも関わらず、彼は学校が終わる度に病院へ寄り道して明日華に会いに来た。その度にいつも、学校であったことや、授業の内容などを楽しそうに彼女に話していた。


「今日はさー、オリエンテーションとかばっかで全然楽しめねえの。新入生の子たちからなんか避けられてる気がするし…」

「ふーん…」

(避けられてるっていうより、そもそも近づけないんじゃ…)


 一年前の高校入学とともに咲真は、イメチェンと言って、髪の色を校則に引っかからない程度の茶髪に染めた。元々顔も整っていたため、女子から言い寄られることが多かった彼が、髪の色一つで、なんとも近寄りがたい雰囲気を醸し出すようになっていた。恐らく後輩たちからしてみれば、そんな彼を不良として認識してしまったのだろう。それはそれで気の毒に思った明日華である。

 またこの日も、他愛もない話をしていく咲真。その時ばかりは、心底楽しそうに話すものだから、明日華もその空間が心地良く感じた。そしてふと、思い出したように咲真が話を遮る。


「あっ! そうだ明日華っ今日も持ってきたぞ!」

「え…?」

「じゃんっ! 今日はまたたくさん取れたんだ!」

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