6.黒い花

 悪夢を見ない夜が過ぎた。朝の日差しにエイレスは起こされる。周りの者たちは皆、出発の用意をしているようで、物音と声が聞こえた。希望に満ちた日の光はエイレスにとって邪悪なものに感じた。

 外に出てみるとすぐに男が寄ってくる。エイレスを見つけたあの男だ。

 「エイレスお前と仕事ができて嬉しいぜ。楽しもうぜ。一番大切なのはなんでも楽しむことだと思うんだよな俺は」

 そう言って肩を叩いて準備のためにせわしなく動いている。エイレスの表情は昨日より一層重くなていたが、なるべく気が付かれないようにしようと心がけた。

 エイレスは少し離れたところでこの村の人々の亡骸を見つめ祈った。自分一人では隊を止めることも出来ない。

 自分ですら戦うことしか出来ないのに隊を止めるなんて考えるべきではないのだと思った。

 しかし、昨夜隊長に言われたことは気にしていた。隊長はすべてを見抜いている。そして選べと言ったのだ。エイレスの心は再び動き始めた。死を覚悟して歯向かうのか、死を恐れて従うのか。

 


 ガーディンは戦闘隊形を整えいつでも応戦できるようにしていた。絶対に負けるわけには行かないのだという想いが全員を奮い立たせているのだ。村人は村に続く道で何かをやっている。それが戦いに関係があるのかはわからない。村長もガーディン達の後ろに立っている。どうやら戦う気であるようだった。村人も村長が前線にいるのは見たことがなくそれほどの敵なのだと不安を覚えた。

 「もし負けたりしたら私たちは殺されちまうんだろ」

 「そんなこと言ってても仕方がない。いざとなったら俺達も戦うんだ。」

 「でも、ガーディンが負けるような相手だったら勝ち目なんかないぞ」

 その話の中にはエイレスのことについても聞こえてくる。

 「エイレスは戻ってきてくれるだろうか」

 「もともと剣士なんだ。きっと戻っては来ないさ」それを聞いていたエウは横から入り「絶対帰ってきますから、待ちましょう。あんなに村のために働いてくれたんです。帰ってこないわけがありません。きっとエイレスなら前に進むことができます。」真っ直ぐなエウの言葉に話をしていた村人も頷くしか無かった。

 エウはガーディンの方へ向かった。エウの表情は覚悟を決めたように見えた。

 「ガーディン。話があるんです」

 ガーディンは心配そうに「何でしょう、ここは危ないですから後ろに下がっていてください。」

 「はい。でも私はここにいます。エイレスに声を掛けたいのです」

 「いけません。危険すぎます。」

 「どうしても話しがしたいんです。どちらにしても最後になるかもしれない。私達が死ぬにしても生きるにしても。だから決めさせてあげたい。どう生きてどう死ぬかを」

 「しかし__」ガーディンは駄目だと言いたかったが村長が近くに来て言った。

 「良いではないかエウも覚悟を決めたことだ。エウについては私が守る」

 ガーディンは困った顔で「駄目です村長。エウ様は私どもで責任を持って守りますから村長は後ろに居てください」と言うので村長は笑いながら後ろに戻っていった。

 ガーディンはエウに「危ないと思ったら逃げてください。私達が食い止めますから」その頼もしい言いぶりに微笑みながら頷いた。

 やけに猛禽類がこの村の頭上を飛んでいる。まだ誰も死んでいないのに彼等にはこの戦いの結果がわかっているのだろうか。それに先程まで晴れていた空は曇りだした。午後には雨が降るに違いない。

 人を数十人乗せた幾つかの馬車は西に向かっていた。エイレスは覚悟したように外の景色を眺めている。

 一緒に乗っている男はエイレスに話しかけてきた。 

 「なんだか顔色が良いじゃねぇか。」エイレスは微笑しながら言う。

 「心配なことが解決したんだ」男はそれを聞いて「そうか。大丈夫さ久しぶりだからってお前が負けるわけない。」

 男もまた外を見ていた「私はお前と話したことがなかったな」

 「そうだったか。まあ、これだけいればそんなこともあるさ。」男も微笑しながら言う。

 「戦いについてお前はどう思っている」

 エイレスはその男の雰囲気が他のものと違うの感じ取りそんなことを聞いてみた。

 「戦いか。人を何百人も殺せて英雄にもなれてそれで祖国へ帰れば讃えられる。素晴らしいことだ。」そう言った後、フンと鼻をならし顔を近づけエイレスに聞こえるくらいの声で表情を硬くして話した。

 「人を殺して気持ち良いなんて言ってるやつは壊れちまった奴らさ、自分がやってることがどんなことか分かっちゃいないんだ。俺達がやってることは全く戦いでも何でもない一方的に弱い相手を消してるだけさ。リスクなんかない、俺達はそんなずるい人間だ。本当の戦いを知らない。だからエイレス。お前が賞賛されても俺は認めない」それを聞きエイレスは一人高笑いをした。

 「そうか。なら私のやることをしっかり見て考えるんだな。」エイレスの笑い声に反応し皆も個々で話始め笑いが起こり楽しげに馬車は進んでいった。

 しばらくすると、道沿いに黒い花が気味悪く咲いていた。皆話を止めその様子を見ていた。エイレスにはその花に見覚えがあった。


 そして遠くに十人ほどの剣士と思われる人間が立っている。馬車はその者たちから距離を空け止まった。その馬車から続々と人が降りてくる。そして歩き始めた。

 隊長を先頭にして進むその形は戦闘ができる体制であった。エイレスはその体制の真中辺りに居た。

 思った通り雨が徐々に降ってきた。隊長は村を守る者らに言った。

 「即刻武装解除し抵抗無きように願う。」

 ガーディンは「断る。我が領地ゆえにここから先立ち入りを禁ずる。」隊長は「わかった」そう言うと剣を抜き「正義のもとに皆成敗する」

 それを合図に剣士達も剣を抜き攻め込もうとした時、突然女が叫んだ。

 「エイレス。私はあなたを信じています。あなたなら絶対に正しい道に進むことができる。私は、私たちは今でもあなたを待っていますから」あたりはその途端静まり返り、剣士達は「エイレス?」と口々に名前を出し戸惑いを見せた。

 それを聞いたエイレスは急に笑い始めた。剣士達は異常に笑うエイレスの方を見た。そして剣士達の前に出ていき言う。

 「隊長。私は決めましたよ。自分の死に方も生き方も。私達、一からやり直しませんか隊長。私と戦い、私が死ねば決めたとおりこの村を攻めてください。そしてあなたが死んだら」そう言いかけたところで突然声を張り上げ「皆隊長が死んだら、祖国に帰れ、もしそれを聞かなければここで私が皆殺しにする。」

 剣士達はどよめきエイレスに言った。

 「何だお前、村に肩入れしてただですむと思うなよ。」

 「お前なんか隊長に殺されてしまえ。」

 「反逆者め」エイレスに罵声を浴びせた。

 エイレスは続ける「お前らみたいなろくでもない奴らは剣士でも何でもない。これから本物の戦いを見せてやる。しっかり見ておけ」そう叫んだ。

 ガーディンたち村の人々も驚き話し始めた。

 エウはそれに対して「絶対に勝って。絶対に負けないで。絶対に帰ってきて。絶対にです」と叫ぶ。

 エイレスは剣を抜く。「良いだろう。お前の気持ちに答えよう。」

 隊長は上着を脱ぎ剣を構えた。一瞬で辺りは凍りついた。皆妙な寒気がした。その間に流れる空気は一息吸い込むだけで凍ってしまうのではないかと思うくらい冷たかった。雨は時間を追うごとに強くなってくる。

 

 隊長とエイレス。エイレスが間合いを詰め攻め入る。

 金属同士がぶつかり不気味な音を奏でた。

 エイレスは素早く切り返すがそれも防がれてしまう。

 そしてまた素早く間合いを取る。またにらみ合いは始まり、今度は隊長がエイレスに切り込んだ。防がれても防がれても切り込んでくる。

 完全にエイレスは押されていた。

 隊長の力はエイレスよりも遥かに強かった。

 このままでは確実に力負けしてしまうだろう。

 斬りかかってくる隊長を防ぐだけではなく避けも加えエイレスは動き回った。

 そして隙きを見て斬りかかるその時皆息を飲んだ。

 剣は隊長の腕を捕らえていた。しかし切り込みが浅くかすり傷くらいにしかならなかった。

 「エイレスまだまだだな。この私を殺すなどと言っていたがこんな傷では殺せないぞ。さあかかって来い」

 挑発に乗り切りかかったがエイレスは、致命的に足に傷を負ってしまう。

 エイレスは辛そうに顔を歪ませながらすぐに後退する。

 流れ出る血を手で抑えるが止まらない。

 「ここまでだな。エイレス。」隊長は近づいてくる。そこを再び突いていく。

 隊長はそれをかわしエイレスの剣を持つ腕を切断した。

 気が狂ったように叫び声を上げるエイレス。隊長から離れようと無事な手足をうまく使いながら後ずさった。

 隊長はそれでもゆっくりとその距離を詰めていく。

 空には稲妻が走っていた。雷鳴は鳴り響き大地は揺れる。

 そして少しの距離を取って隊長は言う。

 「エイレス、お前とここで別れるのは残念に思う。父上もこんなことは望んでいなかっただろう。」

 エイレスは苦しそうな声で叫ぶ「お前が今やっていることを知ったら恥だと思うはずだ。剣士の面汚しがッ!」

 「それだけか、言いたいことは」

 間合いを再び詰めようとした時、村の方からエイレスに向かって剣が投げられた。剣はエイレスの手の届くところに落ちる。

 その剣はまだ戦え諦めるな。そうエイレスに言っているようだった。

 エイレスはその剣を掴もうとする。隊長は手にする前に斬り捨てるつもりで足早に近寄る。

 しかし、その間合いに雷は落ちる。

 隊長は怯んだがエイレスは瞬時に剣を掴み。その距離が剣先の届く範囲と見て怯まず確実に心臓めがけて突き刺した。

 動く足で踏み込み深くまで刺した。隊長は微かに口を動かしたが致命的な反撃になすべなく倒れ込んだ。エイレスも突き倒したまますでに動けなくなっていた。

 勝敗はこれで決した剣士達はその衝撃的な結末に驚き皆引いていった。ガーディン達はエイレスの元に駆け寄りすぐに手当に掛かった。

 そこに一人だけエイレスの元に近寄る剣士がいた。ガーディン達は警戒したが男に敵意は感じなかった。そしてエイレスに言った。

 「お前の行いしっかりと見届けたぞ。」そう言うとすぐにその場を離れて行った。

 雨は止み徐々に雲の隙間から光が差し込んできた。エイレスをその時、村の皆が讃えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る