5.居場所

 夜エイレスは自分の居場所がここしかないのだと思い始めていた。

 エウには村で励まされたが人を殺したことは消せない。いくら組織の人間に讃えられても、それは明らかな罪である。

 自害を選ぶ勇気もなく自分は自分に与えられたことをやるしか無い。

 所詮は人殺し、今更平和を愛しているなんて言うことはできない。私の血は汚れた血なのだ。そう自分を否定し続けていた。夜のうちに剣の刃を壊し斬れぬよう細工をした。

 所詮は気休めだった。なぜ、こんなところで生まれ育たのか。もし違うところで、あの村のようなとこに生まれ育っていたのならこうはならなかったのだろう。

 普通の生活に憧れ、いろいろなことを想像した。

 花や動植物を育てることも出来ていたかもしれない。農作業をしながら汗を流し働いていたかもしれない。友達が出来て楽しく遊んだり、話したり笑いあったりできていたかもしれない。

 どうして自分は自分に生まれたのだろうか。神様がいるとしたならどうして私に辛い運命を背負わせたのだろうか。私はこのまま何も変わらず死んでゆくのだろうか。自由になりたい。普通の平穏な暮らしをしたい。誰かの平穏な生活を守れたなら、あの村でも良い、平和を守れたならどんなに素晴らしいことだろうか。

 そんなことをエイレスは考えていた。戦わなければならない現実を受け入れるしか無いとエイレスは諦めかけていた。

 明日、村に攻め込むと言う話だった。エイレスはどうすればいいか考え悩んでいた。できることなら誰も傷つけたくない。今から村に戻ることも出来ないと考えていた。優しい村の人々も今度は許しはしないだろう。


 外に出ると、焚き火を囲う男たちが居て馬鹿笑いをしている。夜空には青白く輝く月が見えた。普段より大きく見えるその月は悲しげに感じた。こんな戦いを仕掛けた。祖国をエイレスは恨んだ。

 王は領地を広げることと金品、食糧を奪うことしか考えていない。世代交代で王が変わり、今までの王が考えていたことを壊そうとする者がいる。それが今の王である。

 この剣士隊は小さな村や街を征服するために作られたのだった。しかし、今では剣士隊の趣旨が変わってきてしまった。それは皆が人を殺すことに快楽を覚えるようになったからである。奴隷を確保するのも任務の一つであったがこの隊ではそれを行わない。皆殺しがルールとなっている。また、他の兵団が国に攻め多くの奴隷を確保できるので問題が無かったために国自体もそれを黙認している状態だ。百人近くの精鋭部隊、人殺しを楽しむようになって大分落ちぶれてしまった。

 「エイレス」隊長が寄って来て声を掛けた。

 「はい」エイレスは返事を返した。

 「お前裏切る気だったな」エイレスはその言葉に冷たい汗をかいていた。

 「そんなことありません」そう言っても弁解にはなっていない。だから怖かったのだ。実際隊長の言うことは事実であった。組織を裏切り逃げようとした。

 「今日あの女が来たときなぜ殺さなかった。お前らしくない。つまりお前は心変わりしたってことだ乙女心でも芽生えたか」鋭い眼光でエイレスを威圧した。

 いくら讃えられたエイレスでも隊長には勝てる気がしなかった。エイレスはすぐに片膝をつく敬礼をして言う。

 「私はこの隊に命を掛けて尽くす所存であります」

 隊長は敬礼するエイレスの身体を蹴り飛ばした。そして倒れたエイレスに近づき髪を掴み上げ言った。

 「お前が迷っていいれば皆迷い始める。お前がいることはこの組織のためにもならない。お前が自分で道を決めろ。その答え次第で俺はお前を殺すことになる。私に恥をかかせるな」そう言うと掴んでいた髪を離し去っていった。

 地面に顔を付けたままエイレスはじっと倒れ込んだままだった。他の者はエイレスと隊長のやり取りを見ていなかったらしく未だに馬鹿騒ぎは続いていた。

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