第3話


 老舗しにせの宿へ到着する頃には、夕方になっていた。クラスメイトの女子高生たちはテンションが高く、『アイちゃーん!来たんだー!』『体調大丈夫―?』『明日から楽しもうね!』なんて浴衣姿で話しかけてくる。もう風呂を済ませたのか。重大なイベントを逃がしてしまった。


 きゃっきゃと騒ぐ女子高生たちを他所に、浴衣姿の駒形は腕組みをして俺を待っていた。


「来たのか」


「逃亡に失敗した」


「だが、推理小説の筋書きは変わったぞ。あの本には『昼間の修学旅行を楽しむ伊勢崎アイ』の姿の描写があったんだ」


「まぁその頃俺はトイレでウンコしてたんだけどな」


 玄関ロビーには俺と駒形しかいない。テンションの高い女子高生たちは『また明日ねー』と言って去っていった。俺に明日があるかどうかはわからないが。



「いいか、よく聞け」


 駒形はそっと俺の耳に口を寄せる。


「第一犠牲者の『伊勢崎アイ』は、夜中に物音で目を覚ます。彼女の部屋からは中庭がよく見えて、そこで謎の人影が手を振っているのが見えるんだ。世間知らずの女子高生伊勢崎アイは、『もしかして怪我しているのかも、助けてあげなくきゃ』と思って、一人で部屋を抜け出し、旅館の中庭で殺害される……」


 駒形が、推理小説のあらすじを唱え始める。



 その時、玄関ロビーの自動ドアの開く音がした。俺と駒形は会話を止めたが、入ってきた人物を見て顔を見合わせた。


 真打登場。殺人鬼。俺を殺害する犯人。あの小説のタイトルにもなっている、『八重垣マクト』である。





 『八重垣マクトの事件簿』シリーズは、探偵の名を冠しているのではない。殺人鬼の名前を冠しているシリーズだ。


 このシリーズはちょっと変わっている。まず始めに、八重垣マクトが殺人をする。すると、その行為に誘発されたほかのキャラクターが連続殺人を始めるのである。


 例えば、この『高馬女子高等学園修学旅行殺人事件』では、まず八重垣マクトが伊勢崎アイを殺す。すると、それに触発された高校教師が、次々と生徒を殺し始める……という小説である。


 犠牲者は、全部で7人だったかな?馬鹿みたいな筋書きだが、推理小説というのは大体馬鹿みたいな筋書きのものが多い。え?犯人のネタバレだって?うるせえぞ。


 とにかく、この小説の主人公である八重垣マクトが、玄関ロビーに入ってきた。見た目は、そうだな……。なんか小説の表紙にいそうなイケメン。以上。


 八重垣マクトはきょろきょろとロビーを見回していたが、俺たちに気が付くと笑顔でにっこりと笑った。


 俺は、『今ここでコイツを刺し殺せば殺人事件は起きないのではないか?』と矛盾したことを考えた。ただし、ここで下手な言動に出れば、口封じに俺たち2人を殺しにかかることもありえるのではないだろうか。俺は元々殺される運命だが、それは駒形が可哀想だ。


 と、思っていたら、駒形が叫んだ。


「野郎、ぶっ殺してやるからな!」


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