入れ子構造に入れ子構造を重ねたメタミステリー作品です。
「自然数の全体を N と書き、そこにふくまれる自然数の個数(濃度)を可算濃度(アレフ・ヌル)と呼ぶ」(「連続体仮説 - Wikipedia」より引用)。……タイトルにある「アレフ・ヌル」という語の意味は上記の通りです。
が、見当違いであれば申し訳ないのですが、ここで想定されている文脈は数学用語的なところというよりもむしろ、もっと限定的でメタ的な意味合いの強い――有り体に言ってしまえば、SCP財団のオブジェクトのひとつ、「SCP-2508」に依拠しているのでは……といまググってから気づいたのですが、この勘繰りが妥当がどうかはともかく、〝世界のどこにも存在しない〟〝脱出不可能な場所〟という意味では、おそらくそういうコンテキストを加えることでより読み味が際立つ作品と感じました。
主要登場人物は「櫟」「膠」「陵」「蓬」そして「数」の5人。基本的な体裁はミステリー小説なのですが、作品世界内ではそのジャンル自体がメタ化されており、登場人物たち同士の実名小説投稿合戦、というていで物語は進んでいきます。
登場したと思った人物が次の話の語り手が書いた小説内の登場人物で、と思ったらその語り手もまた次の話の語り手が書いた小説の登場人物で……という展開が次々と連なっていく。故に、登場人物の立場も性別も生死の有無さえも話が移るとまるっと更新されてしまう。それでいて、まったく根幹が変わってしまうというのではなく、何かしらの設定は引き継がれている……というメタミステリーのネタ化とも取れる変転ぶりです。
入れ子構造というのはメタフィクションの常套です。小説を読んでいたと思っていたら、小説を読んでいたという人物の小説を読んでいたと思っていたら……と視点が自己言及的に移っていく、というものですが、それを各話ごとに繰り返し実践しているのがこちらの作品ということになります。
各話ごとに話の設定が更新されてしまうのだったら、ミステリーとしてのストーリーの一貫性が保たれないのでは……とも思えてしまいますが、そこは解決すべき軸と呼べる存在がしっかり貫かれています。
抗い得ない絶対者。ミステリー的なショートストーリーを繰り返す登場人物たち。次の話を開くとどのような世界となっているのか想像ができない。でも、何かしらの解決には向かっている。そういう漠然とした、しかし確固としたミステリー感が読み手を物語へといざないます。
各話タイトルを(主にメフィスト系の)実在する小説から採っているのもまたこの作品のメタ性をよく表すところです。(「私刑法廷 >火刑法廷」「無人荘の殺人 >屍人荘の殺人」「その可能性はすでに書いた >その可能性はすでに考えた」「邪味の雫 >邪魅の雫」「二枚のとんかつ >六枚のとんかつ」「虚数推理 >虚構推理」「今日ここの夢 >狂骨の夢」「そいねビリーバー >そいねドリーマー」……といった感じですね)(というかこれは実質「どすこい」のパロディでは)(そして作者様の別作品タイトルがしれっと混じっているのがまたくせもの)。
侵食する虚構! 蔓延する狂気! 敵対する超然!
――そういうキーワードや雰囲気が好きなひとは是非ご一読を。
オススメです!