おみおくり
「……」
アマナ東部。正門のあるアマナの玄関であり、出口。
それなりの量の荷物と、ヤチが居る事からガーニー借りてそこまで来た八十一は無言で槍を抜き、自身の背負っていた荷物をヤチの牽くそりに下し、そのそりを牽くヤチを解放する。
「――」
「……雛菊に付け」
くるる。喉を鳴らす様にして周囲を威嚇するヤチ。
竜狼の鋭敏な感覚はその匂いを捉え、リーダーの言葉を実行する。
葬竜拳士の研ぎ澄まされた感覚はソレを捉え、単身、誘う様に歩く。
「……よぉ、聖王姫に嫌われた聖女の見送りにしちゃ随分と豪勢だな、おい?」
槍。穂先の袋は外し、肩に。
口角、挑発的に持ち上げて、八重歯覗かす。
眼光は鋭く、気配は、殺気は更に鋭く。赤の架空元素、ゆらりと昇る。
完全な戦闘態勢。出方を伺う等と言うまどろっこしい行為を彼方に置き去りに、八十一が見据えるのは――鎧、鎧、鎧。無骨で、頑強で、十字をあしらった教会騎士のスチームアーマー。その群れ。
掲ぐはランスか、クレイモアか、それとも大楯か。教会騎士は各々の得物を持ったまま、八十一達を囲む様に陣を敷く。
何だ。思考。一秒。知るか。結論。
雛菊の見送りにしては数が多く、随分と物騒だ。では、雛菊では無く八十一か?
確かに八十一は、教会とは何度も揉めている。恨みは買っているだろうが、ここまで大規模な歓迎をされるほどでは無い。更に悲しいかな、戦力差。他国と皇国の質の違い。
(――この数でも……まぁ、何とか成るか……)
これでも、未だ突破できる。殺し切れる。自惚れでは無く、それが分かる。
正直、何がしたいのかが分からない。分からないが、あまり友好的な雰囲気では無いので、臨戦態勢だけは取っておく。
そして内心で首を傾げる八十一。「は、」。不意に吐き棄てるようにして笑う。その眼が見据えるのは、前。スチームアーマー以外の装備を纏った三人。
見覚えがあるのが二人、無いのが一人。
その中で一番頭が悪そうな獣種、そいつが進み出て叫ぶ。
「遂に見つけたぞ、鬼灯八十一ぃ!」
「……」
ジーク。屑。
無言で見据え、眼光鋭くしてやれば、それだけで退く様な取るに足らないモノ。だが、どうやらこの場を造った元凶。
「……言ったよな、俺は。二度目はねぇって。なぁ、てめぇ、これが二度目だぜ?」
ばりっ。歯が成る。ソレだけで「ひっ」と悲鳴が上がる。何がしたいのか分からない。
だが、あっさりと下がるジークに対し、残る二人は前に出る。
「――……」
一人は、無言。足運びは穏やかで、視線はミラーグラスで隠され、感情は読み取れなくとも、以前見た時とは異なる明らかに戦闘用の動き易そうな改造カソックと肩に担いだ長ドスを見れば何をしに来たかはわかる。
銀次。そう名乗った神父は――戦いに来ている。誰と? 決まっている。八十一とだ。この場に居る教会騎士全員を相手取れても、あの神父一人だけはそうは行かない。
恐らくは、同類。方は違うが――葬竜拳士。
「ッ!」
もう一人も、やはり無言。しかして幼い瞳には確かな怒りをにじませる鱗種の子供。
唯一面識が無かった相手。それでも、何処かで見たことが有る様な気がするその子供を見て、八十一は内心で首を傾げる。
主犯が馬鹿で。実行が神父。ならば、あの子は何だ? と。
そして、その答えが提示される。
「おまえが、鬼灯八十一かっ!」
「あぁ、そうだが……何だよ、てめぇ?」
憎しみ。明らかなソレを込めて叫ぶ子供によって。
「どうして兄ちゃんを殺したんだっ!」
「……あぁ」
その子の言葉に周囲が殺気立つ。それは囲む騎士であり、その言葉を聞いた野次馬連中。見て。成程。そういう事か。納得をする。主犯が馬鹿で。実行が神父。そしてこの子は――動機だ。
殺した。一足で。踏み抜いた頭蓋を。
ジークの取り巻きの鱗種。その弟か、この子は。八十一は納得した。
上手い手だ。その純粋な怒りは八十一を問答無用の悪人へ落とす。周囲の空気は明らかに八十一を断罪するモノ。
「は、」
笑う。だが、笑う。その程度で引けるような精神構造を、八十一はしていない。殺した。それは悪だ。だが、殺した相手は、殺して良い相手だった。恥ずかしい奴だった。だから八十一は幼さで加工された怒りも、無知の正義も飲み込んで見せる。
「教えてやるよ、ガキ。てめぇの兄ちゃんが屑だったからだよ」
「ッ! なんだとっ! 兄ちゃんはクズじゃないっ! 兄ちゃんは、兄ちゃんは、僕たちの為に働いてて、学校にも行かせてくれててっ!」
「で、その裏で暴力で女を食いもんにしてた、と」
「っ、な! う、嘘だっ!」
「悪ぃな。マジだ。てめぇの兄ちゃんはそう言う種類の屑だ」
「――!」
躊躇わない。加工しない。正義で、悪で、言葉で行為を飾らない八十一は躊躇いなく無く子供に告げる。容赦なく。死んだお前の兄は屑だ、と。
空気は、悪くなる。八十一に対して。
泣いている子供と、泣かせている少年。その構図に加え、話している内容。周囲は敵に成る。だが、八十一はソレを気にしない。
それは、鬼灯九十九が矯正出来なかった鬼灯八十一の悪癖だ。
城塞鬼種の理想として、それは正しい。存続の為の法度、ヒトと言う種を生かすためのソレに迷い無く従う。それは城塞鬼種の理想としては正しい。
だが、ソレを実践するのは時に悪手だ。今の様に周囲全てが敵に成る。
九十九は孫が一人だったからそれ程強く矯正しなかった。孫は強く、そして自身の法度の為なら死ぬ覚悟をしてしまっていたから、強くは矯正しなかった。何時か気づいてくれれば――と願うだけに留まっていた。
何の事は無い。鬼灯九十九も強者であり、質を優先する性質だった。だから、数の脅威をどこかで軽視していた。
「下がって居ろ! 奴はヒト殺しだ! ここは我々教会が引き受けるっ!」
だから、そこを狙った。ジークは、弱者は、数を武器に選んだ。
「鬼灯八十一! 無辜の民を殺したその罪! そして今、聖女を攫おうとしているその罪! 我々教会騎士団が断罪するっ!」
演説。空っぽのソレ。大声で叫ばれて。
「オオオオオオオオォォォォォォォォォォ――っ!」
空気が吠える。
騎士が、野次馬が、悪を断罪しろと叫ぶ。
雛菊はその感情の渦に小さく悲鳴を上げてヤチに抱き着き。
ヤチはそんな雛菊を守るべく、きりっとした顔で周囲を警戒し。
八十一は――
「――へぇ、やってみろよ」
「――っ!」
煉瓦を踏み抜くだけでソレを黙らせた。
轟音に合わせ、放射状に広がるヒビ。
合わせ、付加術式である弐式・爆火を発動。赤備えが、槍が、鬼灯八十一が火を纏う。
皇の地が産んだ、異端の血。
ヒトの形をしたヒト成らざる者。
《竜》を殺す為だけに品種改良を繰り返して来た純正の城塞鬼種の殺気。それを受けて動けるのは――
「坊。若いねぇ。アンタは若い。若過ぎるぜ。――早死に、しやすぜ?」
「構わねぇよ」
一人の神父だけだった。
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