葬竜拳士
赤の武者は槍。
黒衣の神父は長ドス。
間合いの優位は明らかに武者、八十一にあったが、互いが互い、その間合いが決定的なモノに成り得ない事を理解していた。
鵺式葬竜術、葬竜拳士。
弱者が強者に、ヒトが《竜》に抗う術。
槍の間合いと長ドスの間合いの差など、ヒトと《竜》のスケールの前には誤差にも成らない。手のひらサイズから、見上げる程の大きさのモノ。大小を問わず葬ってこその葬竜術、葬竜拳士。故に――
「――ッ!」
「疾!」
初手は、同時。
叩き割った煉瓦に残音だけを残し、八十一が駆け、体捌きのみでタイミングを合わせた銀次の薙ぎが突きを払う。
交差。避けられ、捌かれ、身体が流れる刹那に八十一が造った動きは――追。
穂先流し、石突にて克ち上げる様な掬い上げ。足の運びは直線的な地摺り、速度を優先したソレは風切り音を追い越す様に世界を切り裂く。
銀次、それを避ける。
紙一重。ミラーグラスの表面を八十一の一撃が撫でる程のギリギリの見切り。ともすれば見世物になりそうなソレは勿論、そんな分けは無く――返し。
これ見よがしの大振り。長ドス踊るは袈裟。八十一の左肩から入って右の腹に抜ける大振り。視界の端でそれを捉えていた八十一は当然の様にソレをうけるべく槍を合わせ――蹴りへ対応した。
軌跡は逆袈裟。右下から左に抜ける蹴り上げ。ドスに視線誘っておいての死角からの一撃。讃えるべきは、その気配を全く見せなかった銀次か、防いで見せた八十一か。
ぎりっ。足刀、足裏で受けられ、軋み――互いに距離を取る様に離れる。
「……クソ狸が」
「おや、もうお気付きですかい、坊?」
八十一の吐き出す悪態に、何処か楽しそうに銀次。
数旬前まで殺し合っていたとは思えない雰囲気で二人が会話を交わす。
「っ! な、何をやってんだよ、神父! さっさとそんな奴ぶっ殺せよ! わ、分かってんのか! お前、『分かってる』んだよな!」
それが面白くないのは、ジークだ。
恥をかかされた。恐怖を与えられた。目を付けていた女を取られた。実に取るに足らない様な下らない理由。それだけを糧に今回のシナリオを描いたジーク。彼にして見れば、自身の切り札である銀次が八十一と話していると言う現状は面白くないのだ。
「……なぁ、神父。俺はあんたの事は良く知らねぇ。良く知らねぇんだけどよ、てめぇ、立ち位置はこっちだろうがよ? 『汝、贖罪忘れる事なかれ』ってあるだろ? あの馬鹿に罪を贖わせる側だろうがよ?」
「ちげぇねぇ。こんな義も無いことはやりたくねぇですね。……まぁ、取り敢えずは坊が泣かせた子の為に……とでも誤魔化してやってやす」
「……そうかよ。だったら今後は、無く子供が居ねぇように祈ってから殺す事にするぜ」
「『汝、殺す事なかれ』」
「しらねぇよ」
ちり。ちりり。
空気が焦げる。会話は軽く、それでも叩き付ける殺気は鋭く、鋭く、ただ、鋭く。互いが互いの隙を伺い、互いが互いに隙を見せて相手を誘う。
「さて、それじゃ葬竜拳士として行きやしょうか、坊?」
「……あぁ」
「鵺式葬竜術・
「鵺式葬竜術・虎方が葬竜拳士、鬼灯八十一」
「「――参るッ」」
咆哮/重ね/咆哮
「っこぉぉぉぉおぉ――」
声を上げると同時、虎の口より白煙。虎方の基礎にして深奥で要の技法、虎気。熱せられた息吹きが白く濁って周囲を侵す。
身体能力の向上。感覚の鋭敏化。精神の高揚。
全てが全て戦う方向に整えられて――竜狩人がここに成る。
「疾っ!」
対し。
振りは大きく、勇ましく。
大振りの一撃。単純な一撃を八十一は後方に跳ぶ事で避ける。それは先に銀次が見せていた見切りに似ていた。間合い見取っての完璧な見切り。
しかして、先の結果はなぞらぬ見切り。
何故なら、そう。何故ならば――既に東堂銀次は葬竜拳士故に。
「――っ、な!」
衝撃、下方から。地面からの蹴り上げと言う意識の虚を突いた一撃に八十一はバランスを崩し、体制を崩す。
故にこういう技法が生きる。鵺式葬竜術・狸(むじな)方が一手――
「――
「御明察」
踏み足を、蹴りに。足で打たれた鼓は大地から空へと昇る最中に敵を蹴る。虚を突き、虚を造る一手。それ。まともに喰らい、崩れた所に容赦なく振るわれる長ドス。如何にか槍合わせ、絡め、流され、返され、打ち合う、打ち合う、打ち合う。
その間にも地面から飛んでくる蹴り上げに八十一はジリジリ削られる。やりづれぇ。舌先に乗せることなく口内で泡の様に溶ける悪態。銀次の練度が高い。知識にも、経験にも狸(むじな)の足鼓はある。だが、あそこまで自然体で、打てる奴は初めてだ。
(……流れが、相性が悪ぃな)
思考。どうする。思考。行く。結論。
「は、」笑う。好戦的に。鼓舞する様に。楽しい。そうだ――攻めない虎がどこにいる。
「――ッチィ! 上げやすか、坊!」
払い。合わせられ、刃が柄を絡めて流す。流されるまま、踏み足。無防備な背中を向ける回し蹴り。モーション盗まれ、下がる神父が八十一の視界に映る。間合い。誤魔化す。踏み足左で、蹴り足右。そして追いの踏み足は――槍。
棒高跳び宜しく回し蹴りの体制のまま撃ち出し、間合いを詰めて足刀。避けられる。しゃがんで。きりり。見える。ミラーグラスの奥、瞳が殺気に軋む。きり、きりり。カソックの奥の肉体、意志に軋む。見た。見えた。なら、もう一手。
左で蹴り上げる。不十分な体制、それでも蹴り上げ、八十一は銀次からコンマ数秒の時間を奪う。着地。両足に加え、左手も地面を掴み、三足で勢い良く地面を叩き、後方への離脱。虎方は攻めに特化した葬竜術だ。要たる技法、虎気も攻める為のモノであり、虎方の葬竜拳士の思考は攻める為にある。故に――
「参式・爆火ッ!」
「ッ、っっ!」
後退すらも、攻める為。
さんざん地面を武器に追い詰められた八十一の地面使っての反撃。
着地と同時に仕掛けた参式・爆火。簡易型故にその威力は弱く、虚を突くには十分。立ち昇った爆炎は足鼓よりは幾分かマシな威力を見せて、銀次の体制を大きく崩す。
重ねる。チャージ、突撃。穂先に殺意と気迫乗せての突き。足の捌きでは避けきれず、銀次の長ドスが体重を乗せてソレをそらす。
「は、」
八十一が笑う。振りに体重を、乗せた。即ち。足を、止めた。故に――隙。そこを突くは一手。鵺式葬竜術・虎方が一手――
「――
踏み込みと同時に上半身捻じり、放つは肘。描くは弧。虎の牙は小さく、鋭い弧を描いてその進路上の全てを喰らう。
ぱんっ。ともすれば気の抜けそうな破裂音。しかしてその成果は圧倒的。架空元素を纏い、赤備えを纏った八十一の肘は抉る。改造カソック、戦闘用に特殊な繊維を編み込まれたソレを、ソレの奥にある肉を。
赤が、噴き出した。
「御見事――」
万歳するような無様な体制。それでも直撃を避ける為、後方に下がった銀次の腹が虎の牙に食い破られ、出血。そして――
「――だが、若いッ!」
「――っ、ぎィ」
裂帛。気声。
掲げた手は重力に従い、止まった足は勢い良く地を蹴り上げて。鵺式葬竜術・
それが、残った虎の牙、八十一の左肘で爆ぜる。
骨が飛んだ。砕けた骨が肉を食い破り、潰れた関節が痛みを訴え、爆ぜた血管が、破れた肉が涙の様に血を流す。
「――チッ、潰れたかよ」
「ははっ、こっちは肉を持ってかれやしたね」
だれん。力無く垂れる左を見つめる八十一。
じわじわ。腹から流れる赤で黒服を染める銀次。
「――、」
何でもない様に会話する二人を、取り残された周囲のヒトビトだけが見ていた。野次馬は勿論、教会騎士に、雛菊やジークと言った関係者、全員がショックを受けた様に、二人を見ていた。
中でも一番ショックを受けたのは教会騎士だ。
教会騎士は皇国武者に劣る。彼等もその通説は知っていた。だが、スチームアーマーの普及に加え、実際に皇国に来た際、それはただの『語り』だと思った。
強いは、強い。だが、語られる程、圧倒的では無い。文字通りに一騎当千。戦時に語られた様なバケモノでは無い。そう判断し、緩やかだがその恐怖を薄くし、自信を取り戻していた。だが、今日、上書きされた。
アレが皇国武者。
王国と帝国の二国からの攻めを凌いで見せる《竜》に侵された国の戦士。
敵わない。届かない。速度が、威力が、そして何より命への考え方が違っている。アレはなんだ? 相手も死ぬが、自分もあんな戦い方では死ぬ。名誉も、地位も、死んだら得られないと言うのに、アレは自身の死すら駒としている。
怖い。使いモノに成らなくなった左腕を一瞥しただけで、槍を構える少年が。
怖い。破れた腹に適当に布を撒くだけで良しとした神父が。
パフォーマンスでは無い。
その事を証明する様に葬竜拳士二人をゆるりと間合いを詰める。
軋んだ空気が悲鳴を上げる。腹と肘からの血が煉瓦に落ちる。赤い瞳とミラーグラス越しの視線が絡み合う。
さぁ――第二ラウンドの開始だ。
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