22話、メリーさんの本音

 ご飯を食べ終わったから、いつのように山奥に帰ろうとしたけど、雨が降ってたせいで、思わず香住かすみの部屋に戻って来ちゃった。なんで部屋に戻ったのかは、自分でもわからない。


 雨に濡れるのは、とっくの昔から慣れてるハズなのに。


 ぬいぐるみのニャーちゃんが、濡れるのがイヤだから? でも、私が体で覆えば濡れる事はない。だけど、完全に濡れるワケじゃないし、少しだけこの気持ちがあったのかもしれない。

 濡れると寒いから? たぶんこれだろう。最近、肌寒い日が続いてるから、濡れるととっても寒い。山奥で風を浴びながら寝てるけど、よくクシャミをして目が覚めてしまう。

 じゃあ私は、無意識の内に香住に助けを求めたのかしら? この助けっていうのは、どういう意味なんだろう。


 香住ともっと一緒に居たいから? この気持ちはすごくあるけど、たぶん違う。


 香住が作ってくれた料理を、もっと食べたいから? これも違う、もうお腹いっぱいだ。 


 香住の部屋に泊まりたいから? これだ、間違いない。絶対にそうだ。


 実は少し前から、この気持ちは芽生えていた。だけどそれは言わずに、必死に我慢してきていた。

 ポップコーンや料理を毎日食べさせてくれるだけでも、申し訳ない気持ちでいっぱいになってるのに、その上、部屋に泊めてほしいだなんて、厚かましいったらありゃしないわっ。

 でも、部屋に戻ったら香住は「自分の部屋だと思って、ゆっくりくつろいでください」って、そう笑顔で言ってくれた。 

 

 嬉しかった、ものすごく嬉しかった。


 その後、香住と一緒にお風呂に入った時に、思わず泣いちゃった。でも、シャワーを浴びてたから、泣いてるのは香住にはバレず、お湯と共に涙は流れていったの。

 泣いてるのがバレたら、香住に心配されちゃうからね。ちょうどよかった。これ以上香住に迷惑をかけるのは、本当にイヤだもの。


 私は、この前出会った花梨かりんの事が大好きだけど、それと同じぐらいに香住の事も大好きだ。


 人間じゃない私を、こんなに良くしてくれるんだもの。最近は香住を驚かせるのはやめて、嫌われないよう当たり障りのない態度で接している。

 何気ない会話を楽しんで、よくわからないテレビを見て下駄笑いして、一緒に美味しいご飯を食べて、お腹がいっぱいになったら、天井を見ながらニコニコと余韻に浸ってる。


 香住は、私の事をどう思ってるんだろう……。


 私の事を好きでいるんだろうか? それとも、ただ珍しがって一緒に居てくれてるだけなんだろうか? とっても気になるけど、香住の返答次第では、私の心が傷つくかもしれない。

 そんな事を考えている内に、温かいお風呂から上がった。体をタオルで拭いてると、先に着替え終わった香住がタンスを漁り始めた。


「確かここら辺に……。あっ、あった!」


「香住っ、何を探してるの?」


「メリーさんのパジャマです。私が子供の頃に着ていたお古なんですが、よかったらメリーさんにあげます」


「私の、パジャマ……?」


 そう笑みを浮かべた香住が、私にカワイイ星の柄が散りばめられているパジャマを渡してきた。着てみるとサイズはピッタリで、とても温かくていい匂いがしてくる。


「私が、香住の大事なパジャマを着ちゃっても……、いいの?」


「ええっ。とっても似合ってますよ、メリーさん」


「似合ってる……、あ、ありが、と……」


 ダメだ。また香住の優しさに当てられて、目頭が熱くなってきた。感情の波が暴走して、もう抑えつける事ができない。

 その暴走してる感情の波に飲まれた私は、目に涙を浮かべながら、まだ言いたくなかった本音を口から漏らしてしまった。


「あ、あのねっ、香住……」


「はい、なんでしょうか?」


「あのね、私ね……、うまく言えないんだけど……」


「……はい」


「人間じゃない私の事を、ここまでしてくれる香住の事が、大好き、なの……」


「えっ?」


 突然の告白に、香住は困惑してるようだけど、頭の中がごちゃごちゃになってるせいで、私は今の香住の心境を考えないまま、涙声で話を続けた。


「でね、でねっ……。香住は私の事を……、どう、思ってるのかなって……、気になってるの……」


 涙と鼻水にまみれた顔での、最悪な告白。当然、香住はそんな私は邪険してるだろう。当たり前だ。くれたばかりの大切なパジャマを、私の汚い涙と鼻水で汚してしまって。

 その上、大好きだなんてふざけた事を言ってしまったんだ。呆れ返ってるに決まってる。心底ガッカリしてるに決まってる。たぶん、パジャマを脱いで出て行ってって言われるのがオチだろう。


 だけど、香住は嫌がるどころか、ずぶ濡れになってる私の顔をタオルで優しく吹いてくれて、ニコッと微笑んでくれた。


「私も、メリーさんの事が好きです。大好きです」


「えっ!? ……ほ、ほんとぉっ!?」


「はいっ! 実は私も、メリーさんにどう思われているのか、ずっと気になっていたんです。だから、メリーさんに大好きと言われて、本当に嬉しくなりました!」


 香住も本音を口にすると、右目から一粒の涙が零れた。その涙を見た私は、何もかもが我慢できなくなって、せっかく拭いてくれた顔をもっと濡らし、香住の身体に飛びついた。

 その後は、布団に入るまでの記憶が曖昧だけど、何度も何度も香住の名前を叫んでた気がする。

 そして落ち着いた頃には、私と香住は身体を抱き合っていて、一緒に温かい布団の中で眠っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る