21話、恵みの雨
メリーさんを私の部屋に泊める。そう決意をしたものの、メリーさんに言い出せないまま一週間が経過してしまった。
さり気なく聞けばいい。そう思うのは簡単なんです。なんとでも思えますし、考えるだけならタダなんです。
けれども、メリーさんと目を合わせると、途端に口が重くなって言い出せなくなってしまいます。思うだけなら簡単ですが、本人に言うのはとても難しい。
もし言っても、メリーさんが快諾してくれる保証なんてどこにもない。
最悪の場合、そのせいでメリーさんが私の事を嫌いになり、二度とこの部屋に来なくなってしまう可能性だってあります。
メリーさんを私の部屋に泊める。これは、メリーさんを人間にしてあげたいという、私の願望が含まれている。
そして、ずっとメリーさんと一緒に居たいという甘えた気持ちも、少しだけ。
結局、今日も言い出せないまま、楽しくて温かな夜ご飯が終わってしまった。
メリーさんは今、私の対面に居て、とてもいい笑顔で食後の余韻に浸っている。このまま何も言わなければ、メリーさんは私にお礼を言って帰ってしまう。
何か、何か切っ掛けが欲しい。どんな些細な事でもいい。メリーさんを私の部屋に泊まらせる事が出来る、ちょっとした切っ掛けが。
無い物ねだりをしてしまうから、大学に入ってからも友達が出来なかったのかもしれない。私はたぶん、臆病者なんでしょうね。
「
「お口に合ってなによりです。メリーさんって、好き嫌いが無いんですね」
「うんっ、食べ物は全部大好きよ」
「そうですか、羨ましいです」
ごく普通の会話なら、頭を空っぽにしても自然にできる。だってそれには、地雷が無いからだ。
私が言い出せないでいる『私の部屋に泊まっていきませんか?』。この言葉がメリーさんにとって地雷になるのか、ならないのか。それだけでもいいから、すごく知りたい。
それさえ分かってしまえば、今すぐにでも言い出せるのに。
こんな事を思ってしまうから、私は臆病者で弱虫なのかもしれない。自己嫌悪を繰り返しては、情けない称号だけが増えていく。
「それじゃあ帰るわね、バイバイッ」
「あっ! ……は、はい。お気をつけて帰ってくださいね」
私が大声を出してしまったせいか、メリーさんは一瞬だけキョトンとするも、すぐに笑みを浮かべ、扉をすり抜けて帰ってしまった。
いつになったら言えるんだろうか。それとも、ずっとこのままの関係で終わってしまうんだろうか。……あれ? メリーさんが
「どうしたんですかメリーさん? 忘れ物ですか?」
「……雨が降ってきちゃった」
「雨……? あっ、本当だ。天気予報では、今日は降らないハズだったのに……」
窓から外を覗いてみると、街頭に照らされた道路が湿っているのが分かった。夜になっているせいか、黒さが際立っていてちょっと不気味だ。
メリーさんが部屋に戻ってきたという事は、やはり、都市伝説の存在でも雨に濡れてしまうからだろうか?
それとも、大事そうに持っている、猫のぬいぐるみが濡れるのがイヤだからだろうか?
……待てよ。もしかして、この雨は恵みの雨では?
神様が、私に切っ掛けを与えてくれたのかもしれない。そうだ、そうに違いない。今だったら言える。『私の部屋に泊まっていきませんか?』と、ごく自然の流れで言えるぞ!
「め、メリーさんっ!」
「んっ、なにかしら?」
「えっと、その……、ですね」
言え、言うんだ私。このチャンスを逃したら、今度はいつ言えるか分からない。
もしかしたら、これが最初で最後のチャンスかもしれない。勇気を絞り出して、言うんだ。
「わっ……、私の部屋に、泊まって、いきま、せん、……か?」
言ってしまった。情けないほどか細い声でだけど、とうとう言ってしまった。メリーさんの反応が怖い。
チラッとメリーさんを見てみると、目をパチクリとさせて、小さな口をポカンと開けている。
呆気に取られてしまったんだろうか? それとも、どう断ろうか思案しているのだろうか? どちらにせよ、いい返事をもらえなそうだ……。
「い、いいの?」
「……えっ?」
「私なんかが、香住の部屋に泊まっちゃっても、いいの? 本当に、いいの?」
この返事は……。いい、とてもいいぞっ! 実はメリーさんも私の部屋に泊まってみたかったけど、なかなか言い出せなかったとか、たぶんそんな感じの言い方だ!
「ええっ、いいですよ! 自分の部屋だと思って、ゆっくりくつろいでください!」
「……やったっ! ありがとっ、香住っ!」
とても喜んでる! よかった、本当によかった。結果論ですけど、こうなるんだったらもっと早く言い出しておけばよかった。
自ら作り出した最初の難関は、無事に突破できた。あとは、一緒にお風呂に入って、一緒に寝るだけだ。……できるだろうか?
そうだ、切っ掛けを作ってくれた恵みの雨に感謝しておかないと。ありがとうございます。本当に、ありがとうございます。
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