17話、妖々院 怜という男

 オカルト研究員、妖々院ようよういん れいだ。もちろん、偽名の一つだがな。


 怪奇現象、幽霊、都市伝説、オーパーツ、UMA、超常現象。その他ありとあらゆる不可解な現象を追い求め、国から支援を受けて研究を行っている。

 オカルト自体は大の好みではあるが、今就いている仕事については、一切の遣り甲斐を感じていない。ほぼ皆無に等しい。


 私は、心霊スポット、いわく付きの物件や現場に実際訪れ、この目でしかと確認し、体験しなければ絶対に信用しないようにしている。

 が、国からの指示は、ジメジメと湿った薄暗い地下部屋でパソコンを駆使して情報収集し、有益な情報を見つければ上の奴らに知らせるだけ。

 言わば、下請けの下請け業者がやるような仕事である。 


 こんなくだらない誰でも出来るようなものなんぞ、やる気なんて湧くハズもなく。やり方さえ覚えれば、小学生でもできる。この国の奴らは馬鹿なのだろうか?

 一応、人並みに生活できるほどの給料は出ている。ただ、あまりにみすぼらしい生活よ。死んでいると言っても過言ではない。


 当たり前だ。パソコンを少し弄り、ハイ終了。それなのに対し、秘密裏に願いたいという国からの要望ゆえ、外出はままならないでいる。

 まるで元々いらない部品である、社会の歯車にされたような気分だ。あっても無くても関係ない、予備にすらならない歯車よ。


 辞めれば辞めるで、また色々と面倒臭い後処理に延々と追われ、最終的にはうやむやになり、またここで暮らす羽目になる。


 既に退路は無い。この地下部屋は私の牢獄であり、人生の終着点であり、少々広めの明るい墓場である。最早、来世に期待する為の準備すら始めていた。

 しかしだ、最近そうも言っていられなくなった。都市伝説の一つである『メリーさん』が、わざわざ向こうから私の元へと出向いて来たのだ。


 最初は胸が躍り、血肉がはち切れんばかりに興奮した。そう、最初だけな。


 甘味を餌にして、定期的に私の元に来させて観察を行っているが、なかなかどうして普通の人間の子供と大して変わらないのである。

 まず、こいつには恐怖という概念が無い。部屋に来るまではそれらしい態度を取っているのだが、いざこの部屋に来れば、ただの人間の子供に成り下がる。 


 非現実的な行動を取ってくれれば、それなりに良い研究成果を得られるのだが……。こいつは私が用意した安い紅茶やケーキを満面の笑みで食べ、お礼を言って帰っていく。ただ、それだけだ。

 唯一分かった事があるとすれば、このメリーさん、かなりの世間知らずである。

 この世に生を受けたばかりなのだろうか? 都市伝説とも人間とも言い難い中途半端な存在、全てにおいて半人前以下だ。


 一つ驚いた事を上げるとするならば、壁や鉄柵をすり抜ける事のみ。だがそんなの、生霊でもできる。


 正直言うと、拍子抜けだ。だが、貴重な被検体には変わりない。ゆっくりと餌付けして仲良くなり、骨の髄まで調べさせてもらおうか。

 だがこいつは、私に嫌悪感を抱いている。露骨な目で睨みつけてくるから、嫌でも分かる。

 なるべく刺激しないよう機嫌を取り、無難に接していって心を開いてもらわねばなるまい。


 非常に面倒臭い、時間の無駄である。


 麻酔やら毒が効けば、一発で終わる事なんだが……。如何せん、人間の物がこいつに効くとは限らない。今度、無味無臭の強力な睡眠薬を用意し、紅茶にでも混ぜてみるか。

 ただ、成功したとしても何時間効くのかも分からないし、なんせ、メリーさんの見た目は少女のそれだ。

 寝ている無抵抗な少女の身体を、私が弄り回す。想像するまでもなく、犯罪の臭いしかしない。


 しかし、こいつは人間ではない。都市伝説であり、怪異の一種である。人間でなければ、人間が考えたくだらん法律には触れないので、何をしても問題無い。


 メリーさんについては、まだ上には報告していない。報告すれば、すぐに飛びつかれて終わりだ。これ以上、個人での観察や情報収集が出来なくなる。

 幸いにも、監視カメラにはメリーさんの姿は映っていない。私の狂った一人芝居が映っているだけで、非常に滑稽で愉快である。実に馬鹿馬鹿しい。


 今後も時間の許す限り、ゆっくり観察を行っていこうかと思っている。願わくば、私の人生の終着点を先延ばししてくれるよう期待しているよ。

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