16話-3、嫌いな視線

「お待たせしましたメリー様。こちら、アッサムティーとショートケーキでございます」


「あ、ありがとっ」


 急に態度を改めてきたわね、こいつ。なにか企んでるに違いないわっ。変に敬語を使われると、なんだか私までかしこまっちゃうわね。やりにくいったらありゃしない。

 こいつが持ってきた物だけど、まずショートケーキっていうヤツ。ふわふわした白い物の上に、大きくて真っ赤な、イチゴ、だったかしら?

 確かそうね。香住かすみと一緒に食べた事があるからわかる。とっても甘くておいしい果物。


 それと、アッサムティーっていうヤツ。これは初めて見る。とても綺麗に透き通ってる、なんだか飲むのが勿体ないわっ。

 赤が深いけど、いったいどんな味がするのかしら? 先にこっちを飲んでみよっと。


「……うえぇ~っ、渋いっ。全然おいしくないわっ」


「むっ!? ストレートはお口に合いませんでしたか。イギリス女王の風貌を思わせるメリー様には合うかと思っていましたが……。申し訳ありません。ミルクを足しましょう。少々お待ちください」


 私が持ってたカップをそっと取って、奥に行っちゃった。いぎりすじょうおうとか、ふうぼうとか、何を言ってるのかサッパリわからないわっ。

 ……う~ん、口の中がずっと渋い。全然取れないじゃないの。とんでもない物を飲ませてくれたわね、あいつ。


 こうなってくると、このケーキってヤツもあまり期待ができないわね。上に乗ってるイチゴだけ食べちゃおうかしら。

 ……しまった。イチゴを取ったら、底の方に白いがベッタリくっついちゃってる。むう、仕方ない。我慢してペロッて舐めちゃおう。


「んっ……? あ、甘いっ!」


「その様子ですと、生クリームは初めて食べるようですね」


「なま、くりーむ?」


「はい、その白いのは生クリームと申します。とても甘いでございましょう。そしてこちら、アッサムミルクティーでございます。これならメリー様のお口にも合うかと」


 さっき持っていかれたのが白く濁ってる、何をしたのかしら? ミルクとか言ってたけど、それも香住と一緒に飲んだ事があるから知ってる。ならこれも、甘くなってるハズね。

 だけど、ミルクを入れただけで渋かった物が甘くなるのかしら? 味が変わってなかったら、文句を言ってさっさと帰っちゃいましょ。


「……おいひいっ」


「お口に合ってよかったです。メリー様は、甘い物が好きっと」


 私が甘い物をおいしいと言うや否や、手に持ってるバインダーに何かを書き始めた。なんなのかしら。いやらしい目で見てくるし、なんだか観察されてる気分だわっ。

 この気分は好きじゃない、むしろ大嫌いだ。あいつの目もそうだけど、昔のイヤな記憶を思い出してくる。


 人間にも妖怪にもなれなかった、あの頃をね。正直に言うと、香住と清美きよみ、公園にいる子供達以外の人間は嫌いだ。昔ほどではないけど、未だに多少の恐怖を感じる。

 そう、だからこいつも大嫌いだ。私を物珍しそうに見てくる目。こいつの事は絶対に好きになれない。本能がそう言ってる。だから、ケーキを食べてすぐに帰ろう。


「……このケーキっていうの、どうやって食べるのかしら?」


「目の前に、銀色で先が尖った物がありますでしょう? そちらをフォークといいます。それでケーキをすくってお食べ下さい。……ケーキ及び、ケーキの食べ方、フォークを知らないっと」


 また何か書いてる、ムカついてくるわね。まあいいわっ。少し恥を晒したけど、こいつの所には二度と来ないんだ。大目に見てあげましょ。

 このフォークっていうヤツですくうのよね。先っぽの方から食べてみようかしら。うまくすくえないから、刺して食べちゃおっと。


「んっ……、んん~っ! 甘くておいひいっ!!」


「その様子ですと、気に入ってくれたみたいですね」


「うんっ! ……ハッ」


 だ、ダメよメリー! こいつに気を許しちゃ。こいつは私にとって、気に入らないとても悪い奴なんだ。だけど、このケーキをくれたって事は、そこまで悪い奴じゃないのかも。

 マズイ、ケーキがおいしすぎて正常な判断ができないわっ……。こいつは悪い奴、こいつは悪い奴、こいつは良い奴。ダメだ、ケーキの誘惑が強すぎる。


 あらっ? 夢中になってたせいか、ケーキがもう無くなってる……。もっと味わって食べたかったのに。


「ケーキ、無くなっちゃった……」


「ああっ、申し訳ございません。そちらが最後の一つでして。また来て頂けるのであれば、その時は沢山用意しておきましょう」


「ほ、ほんとっ?」


「ええ、嘘はつきません。約束致しましょう」


 またケーキが食べられるなんて夢のようだわっ。そんなの、またここに来るしかないじゃない! しかも、いっぱい用意するですって。こいつ絶対に良い奴だわっ。


「わかったっ、また来るわっ!」


「ありがとうございます。おっと、自己紹介が遅れました。私、『妖々院ようよういん れい』と申します。以後、お見知りおきを。それではお気をつけてお帰りくださいませ」


「よーよーいんれーね! また来る時になったら電話をするわっ。じゃあね、バイバイ!」





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 外に出た途端、正気に戻ったけど、私のバカッ! なんて約束をしちゃったのかしら……。全てはあのケーキのせいだわっ。ケーキのバカッ!

 だけども、本当においしかった。あの憎たらしい視線に耐えさえすれば、またケーキがいっぱい食べられる。悪くない条件だけど、なんだか負けた気分で悔しいわね。


 香住や清美も、ケーキの事を知ってるのかしら? 今度会った時にでも話してみよう。とっても甘くておいしい物があるってね。

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