16話-2、早く帰りたいけど、甘い誘惑には勝てない

 地下室の扉の前まで来て、姿を気配を消して先に部屋の様子を見てみたけど、やっぱり薄気味悪い場所ね。


 古びた本がギッチリ詰まっている棚の上には、ガラスの容器が並んでいて、その中にお腹が開いたネズミが入っている。床には大小様々なパイプが乱雑に伸びてて、とても歩きにくそう。 

 そのまま真上を向いてみたら、吊るされてる鉄柵が目に入った。これで私を捕まえる気でいるのかしら? ……たぶんそうに違いないわね。


 そして部屋の奥には、怪しい光を放ってるパソコンがいっぱいあって、その前にはニヤニヤしながら扉を見ている男が一人。

 薄汚いヨレヨレの白衣を着てて、黒縁メガネをかけてる。寝起きなのか、青い髪の毛はボサボサになってるわね。


 右手にある携帯電話をチラチラと見てるけど、私の電話を待ってるのかしら? 経験上だけども、こういうのってロクな奴じゃないのよね。

 やっぱり、さっきの電話は無かった事にして帰りたくなってきたわっ……。でも、私が予想した通りに動いてる姿も見てみたいし……。

 う~ん……。しょうがない、好奇心には勝てないわっ。部屋の外に戻って電話してやろっと。


 プ、ガチャッ。


「私、メリーさん。いま―――」


「部屋の前にいるのだろう!? 待ちくたびれているんだ、早く来てくれたまえっ!!」


「うっ……」


「部屋の中に入ったら、ちゃんと扉は閉めてくれよ! おっと! 理由は聞かないで―――」


 ガチャッ……、ツーッ……、ツーッ……。


 私を捕まえる気マンマンじゃないの……。私が鉄柵の中に入ったら、今の奴は相当喜ぶに違いない。

 それで一通り喜ばせておいて、その後に鉄柵をすり抜けて外に出たら、すごく驚くでしょうね。

 そういう驚かせ方もアリっちゃありね。あいつが用意した物を逆に利用してやろっと。でも、一回引っ掛かるのはマヌケみたいで、なんか癪に障るけども……。


 とりあえず、扉を開けて部屋に入ろうかしら。

 

「来たっ、君がメリーさんだね! ようこそ我が研究所へ! ささ、早く扉を閉めてくれたまえ!」


 私が驚かせる隙を与えないほど興奮してるわっ……。どうせ扉を閉めた瞬間に、鉄柵が落ちてくるんでしょ? 開けたままだと、扉に鉄柵が引っ掛かっちゃうからね。


「フハハハハハハハッ!! バカめ、ちゃんと律儀に扉を閉めたなぁっ!! 食らうがいいっ!」


 奴がレバーみたいな物を引いたって事は、鉄柵が落ちてくるわね。当たらないようにしないと。

 そう思った途端に、鉄柵がガシャァンッっていうものすごい音を立てて、私を囲むように落ちてきた。

 あまりにうるさい音だったから、思わず体がビクッてしちゃった。ちょっと恥ずかしい……。


「アッハッハッハッハッハッ!! 捕まえたっ! とうとうメリーさんを捕まえたぞぉーーッッ!!」


 電話に出た奴、顔を抑えて勝ち誇ったようにすごく喜んでる。ここまで思った通りに話が進むと、逆に私も笑えてくるわっ。

 ここからどうしよう。一応捕まったフリをして、演技をするのもいいかもしれない。少しだけ奴に付き合ってやろうかしらね。


「うわー、鉄柵が落ちてきたから出られないわーっ。いったい私をどうするつもりなのー」


「無論ッ!! 解剖して色々データを取らせてもらう! そして、そのデータを国やメディアを通して発表すれば、私は一躍有名人に! いや、時の人になれるっていう寸法さぁ!!」


 かいぼう? 棚の上にある、ネズミの開きみたいにされちゃうのかしら? お腹を切られてあんな風にされるのは、流石にイヤだわっ。なんかどっと疲れたし、もう帰ろっと。


「もう飽きちゃったし、疲れたから帰るわっ」


「捕まっているっていうのに、どうやって帰るというのだねぇ! ……あれ、鉄柵の外にいる!? い、いったいどうやって抜け出したというのかね!?」


「どうやってって、普通にすり抜けたのよ」


「すり抜けた、だとっ……!? その鉄柵には塩をふんだんに練り込んでいるから、そんな事は不可能なハズなのに!」


 塩……。お化けとかそういうたぐいに効くとか聞いた事があるけど、私は怪異や都市伝説のたぐいだし、まったく意味がないわっ。

 でも、怪異でも塩が効く奴がいるのかしら? そういう奴がいたら、こいつに捕まっちゃうじゃないの。なんだか可哀想ね。


「もう二度と来ないわっ、バイバイ」


「ま、待て! 待ってくれっ! ……ぐぬぬぬっ! な、何かいい物をあげるから! もう少しだけここに居てくれないかっ!?」


「……いい物? 例えば?」


「へっ!? えーっと……、えーっと!!」


 私が返答したら、必死な表情になって辺りをキョロキョロし始めたわね。本当はいい物なんて無いんでしょ?

 気味の悪い部屋だし、なんだかホコリやカビ臭いし、どうせ変な物しかないハズ。期待するだけ無駄だわっ。


「紅茶やケーキなんてどうかね!? ほ、他にも、甘くて美味しい物があるぞ!!」


「甘くておいしい、物? ……ほ、ほんと?」


「ああっ! メリー様の為に、いっぱい用意してあげよう!」


 紅茶とケーキって初めて聞く物ね。甘くて美味しい物って言ってたけど、本当かしら? ここにある物だからゲテモノだと思うけど……。ちょっと気になるし、見ていこうかしらね。

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