4月「登場! 最凶? 最強!! 新任は元走り屋」(後編)


 8


「ねえ、兄貴は私に会いに来てくれたの?」

 階段を上りながら、私は兄貴に言う。

「もしさ、私に会いに来てくれたって言うなら――」

「な訳ねえだろ。たまたまだっつの」

「そうかぁ……。もしもそうなら、私、本気になっちゃうところだったな」

「本気に? 何にだよ」

「兄貴にだよ」

 私はくるりと回って、兄貴の方を振り向く。

「私、ちょっとだけ好きになっちゃっているんだよ?」

「女子に好かれるのはありがてえ話だ」

「そういう好かれるじゃないよ。恋愛の方かもしれないよ?」

「なら、俺のことは諦めろ。同級生にしておけ」

「同級生には興味ないっつの」

 わかってないな、と私は前を見て階段を上る。

「兄貴、たくさんの女子や男子に狙われてるんだよ」

「何でだよ」

「硬派! て感じの男に、いやさ漢にさ。みんな憧れてるの。うちの図書室見る? 九割そういうものだよ」

「マジかよ。どんな高校だ」

「さあね。よくわかんないけど、階段の段数は地味に一個一個違うし。四階は音楽室と美術室と生徒会室と……、まあ特別教室しかないの」

 着いた、と私は言って兄貴の手を引く。

「生徒会室は私の部屋。生徒会、私しかいないし」

「はあ゛ん!? なんつー学校なんだ……。ここはパンピーが多いんじゃねえのか?」

「藁一は別名藁谷町特別支援学校なのだよ。兄貴」

 だから、色々ある。

 教師たちは、私たち生徒を諦めている。

 どんなに悪さをしても、叱るとかはない。

 問題児しかいないから。

 刺激を与えずに、ということらしい。

「どうだ、参ったか! ガハハッ」

「女の子が、そんな笑い方をするもんじゃねえぞ。貴子」

 やれやれ、と兄貴は四階の教室を眺める。

「音楽室が二個あるのはなぜだ?」

「うちに音楽はないよ。あれは五月蝿い奴を放るための部屋」

「はあ゛ん?」

「あと、さっきから気になってたけど。兄貴、それ口癖? ヤンキー感が凄いよ」

「あ、悪い。驚いたりすると、ついな」

「私たちは全然良いけどさ。他の学校の子だったら泣いてるよ」

「あー、そうか……。気を付けるよ」

 悪いな、と兄貴は申し訳なさそうに笑った。


 9


 四階の後は三階。

 三階は、私たち三年生が使うものしかない。

 三年生を担当する教師たちの部屋もここにある。

 一応職員室は一階にあるけど。

 そこを使っているのは、今、川原さんくらい。

 基本的に、何かあったらすぐに行けるよう、自分のクラスにいたりする。

 高校とは思えない。

「貴子、あそこにある部屋は?」

 兄貴は、開かずの教室を指す。

「何となく血の匂いがするのだが」

「嗅覚えぐ。兄貴、ヤバイな」

「嗅覚以外も鋭い方だよ、俺は」

「気になる」

 えっと、と私は兄貴に言う。

「あそこは昔、教師が自殺した部屋なの」

「自殺?」

「そ。教師同士の虐めみたいな……。かなり酷いものだったらしいよ。私がここに来る四年前だけど」

「四年前ね……」

「ん。兄貴、どうかした?」

「いや。虐めなんて許せねえな、と」

「私も許せないよ。でも、仕方ないんじゃない?」

「仕方ない?」

「うん。私やここに通う生徒はみんなどっかしら大勢と違うからね。気に入らないんでしょ? 私は生活面が問題少しあるだけだけど。それでも、小学生の頃は嫌がらせをされまくったもん。一人残らず泣かせたけどな」

「最後の一言がなければ可哀想で終わったはず」

「可哀想なんて嫌。私は可哀想ではない」

 可哀想って、完全に人を見下している。

 自分はこの子よりマシ。

 この子なんかより平気。

 そういう気持ちから来るものだと思う。

 だから、たとえ親にでも私はそう思われたくない。

 そのために、強くなろうとしている。

「何だか暗くなりそう。やめよ? この話」

 私が笑うと、兄貴は優しく私の頭を撫でる。

「無理すんなよ、生徒会長」

「……うん。ありがと」

 また、そうやって。

 兄貴は私に想われてしまう。

 好きになったりするのは嫌だ。

 恋愛なんて、面倒くさいだけだもん。

 でも。

 兄貴になら、悪くないのかな。

 なんて。


 10


 二階は一年生と二年生の教室。

 人数が少ないから、この二つの学年は一緒の階になっている。

 一階は職員室と保健室。

 体育館に繋がる廊下。

 部室棟に繋がる廊下でもある。

 一通り見た後、私は帰ろうと昇降口に向かうと。

 兄貴が部室等に繋がる廊下に立って、外を見たまま怖い顔をしていた。

 何かあったのか、と思って兄貴の方に行くと。

 外で部活をしていたはずの奏が傷だらけになっていた。

「奏!」

 私は奏の名前を呼び、彼女の方に駆け寄る。

「奏、その傷どうしたんだよ!」

「……最近の一年生はやんちゃだな。気に食わないと、人に刃物を投げつけるらしい」

「え……」

「あたしはダイジョーブ。貴子、気を付けるんだよ? あんたは敵を作りやすいんだ。味方を作りやすいのと同じで」

 じゃ、と帰ろうとする奏を兄貴が止める。

愛花まなか。お前、平気じゃねえだろ」

「さ、佐野先生……」

「刃物以外にも色々あったんじゃねえのか?」

「っ!」

「俺に話しづらいなら、せめて貴子には話してやれ。貴子、本気でお前のことを心配してる」

 じゃあ、と兄貴は奏に何かを渡して去って行った。

 奏は兄貴に渡された物を見て、口元を押さえて泣いた。


 11


 少し泣き止んだ奏を、私は保健室に連れて行った。

 ベッドに座らせ、私も隣に座ると。

 奏は俯きながら話し出す。

「突然だった。刃物を向けられ、脅された。私の胸と尻が大きいのが悪いんだってさ」

 奏は自分の胸に手を当てて話す。

「好きでこんな身体になったわけじゃない。私もこんな身体嫌だ」

「…………」

「最初はね、三人だったんだよ。それが、気づいたら十人近くいた。みんな、私を――」

「それ以上は良い。よく話してくれたな。ありがと」

 私は奏を抱きしめる。

「気づけなくて悪かった」

「ううん。でも、あの……佐野先生って凄いね。よくわかったな、何があったか」

「うん。で、多分……今頃ヤった奴らを懲らしめているかも」

「それはわからないでしょ? 名前なんて知らない。一年生としか……」

「うーむ」

 兄貴ならやりかねない。

 何だか、そんな気がした。

「ん?」

 私は保健室の扉の方に人影が見えた気がして。

 奏から離れ、扉の方に行く。

 すると、ガラリと扉が開き、四人の男子生徒が私の身体を押さえた。

「何すんだ! 放せ!」

 私が叫ぶと、その内の一人が私の頭を思いっきり殴った。


 12


 気絶をしてしまっていたらしい。

 目を覚ますと、少し肌寒かった。

 見ると、目の前に私の制服があった。

 ――何で?

 誰かに脱がされた?

 誰に?

「どういうこと……?」

 身動きが取れない。

 何かに縛られているみたい。

「匂い的に、保健室だよな……」

 と、考えていると、少し離れたところで奏の叫び声が聞こえた。

「奏……!」

 早く縄やら何やらを解いて、助けに行かないと。

 あいつは私が守るんだ。

 守らねえと。

「くっそ! 上手くいかねえ!」

 どうしよう。

 と、思っていると、男子生徒の声がする。

『言えよ! お前は、叔父に犯されたとかさ! あの巨乳の生徒会長に欲情しているとかさあ!』

『どうせお前はセックスしか脳のない奴だろ!』

 奏を蔑む言葉と、嘲笑する声。

 きっとカーテンの向こうだ。

 奏は泣いている。

 てか、あいつが叔父に犯された?

 私に欲情?

 半分合っていて、半分間違っている。

「ざけんじゃねえぞ!」

 私は叫ぶ。

「奏はなあ! 私に欲情なんてしてねえ!!」

 あいつに何度も告られているから知ってる。

 何も知らないくせに。

 何もわかっていないくせに。

「奏を! 勝手に雌扱いすんな!」

 そう叫ぶと、カーテンが乱暴に開き。

 男子生徒は私を思いっきり殴る。

「五月蝿え! 殺されてえのか!?」

「人をレイプして殺すとか、人として最悪だな……。その最低最悪のクズ野郎として一生生きる覚悟があるならどうぞ」

 やれよ、と私は笑う。

「身動き取れない今がチャンスだぞ。クズ共」

「このアマ!」

 男子生徒が私の首に手を伸ばしたとき。

 ヒュッと音と共に一本の鉛筆が男子生徒の手に刺さった。


 13


「え……?」

 驚いて、鉛筆が飛んできた方を見ると。

 そこには兄貴が立っていた。

「兄貴……?」

 私が呟くと、兄貴は私と奏のところに来て。

 無言で、私にはスーツの上着。

 奏には特攻服を被せる。

「煙草臭いのは許せよ?」

 兄貴はそう言って、笑う。

 けど、目は笑っていなかった。

 鉛筆が刺さった男子生徒は、他の三人の男子生徒に「殺れ!」と言う。

「殺っちまえ!」

 その言葉を合図に、三人の男子生徒は兄貴に襲いかかる。

 兄貴はそれを避けながら言う。

「どこのどいつか知らんけど、俺の教え子に手を出した罪は重いけぇな」

 兄貴は一人一人の腕を一本ずつ折る。

「今回はこのくらいにしといちゃる。次、同じことをしたら命はない思え」

 兄貴の台詞に、男子生徒たちは慌てて保健室を飛び出した。


 14


「遅くなって悪かった。病院まで連れてく」

 兄貴の台詞に、私は首を横に振る。

「私は良い。奏をよろしく」

「はあ゛ん? お前もだよ」

「怪我とかしてない。掠り傷程度」

「念のためだ」

 行くぞ、と兄貴は疲れ果てて倒れ込む奏を背負い、私の手を引いた。

 手を引かれながら、私は兄貴に訊く。

「どうして、そこまでしてくれるの?」

「教え子だからだ」

「それだけ?」

「それだけ」

「……奏のこと知ってた?」

「はあ゛ん? 教え子だとしても、他人だ。他人のプライベートに土足で踏み入るような男ではないからな。俺」

「……そっか」

「たとえ知っていても、知らねえ振りをするよ。知られたくねえことだってあんだろ?」

「そうだね」

 ねえ、と私は兄貴に訊く。

「どうやって病院につれてくの?」

「バイク」

「三人乗るの無理じゃない?」

「俺をなめるなよ。よく三人乗りした。警察に捕まりかけたがな」

「え、ダメでしょ。やっぱり私は帰る。頭、殴られたけど平気」

「貴子がこれ以上馬鹿になったら困る」

「なーんだとー!」

「冗談」

 仕方ない、と兄貴は奏を背負い、私の手を引いたまま病院に連れて行ってくれた。

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恋は走り屋のように面倒くさいものだと思っていたけれど、案外そうでもないらしい。 春血暫 @mr-0o

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