恋は走り屋のように面倒くさいものだと思っていたけれど、案外そうでもないらしい。

春血暫

4月「登場! 最凶? 最強!! 新任は元走り屋」(前編)


 1


「じゃ! 行ってきまーす」

 私は朝食の食パンを片手に、家を飛び出した。

 今日から高校三年生になるのに。

 そのことをすっかり忘れて、オンラインゲームを夜通しでしていたから。

 実は若干遅刻している。

 ――完全にやらかした。

 走りながら、私は食パンを咥える。

 今どき、女子高生が食パンを咥えて走るなんて。

 と、思うかもしれない。

 けど、私は女子中学生の頃からやっている。

 この食パン咥え遅刻ダッシュ歴は五年目くらいだ。

 何だよ、食パン咥え遅刻ダッシュ歴って。

 そう、セルフツッコミをし、食パンを飲み込んで、正門を通る。

 すると、正門に立っていた見た目が幼女だし中身も幼女な川原かわはら文也ふみなりさんが私を見て「おはよです」と笑う。

永野ながの、遅刻はもうしないんじゃなかったです?」

「いや、始業式はノーカンじゃね!? 川原さぁんっ」

「そんなことないです。ちゃあんと、永野の名前は今日の遅刻者リストに書いておきましたです」

「そんなぁ! だって、昨日のオンラインゲームは最高だったんだよ!? 私の大天使ミカエルが無敵だったの! ガチャが神だったりもした!」

「関係ないです。大体、永野は生徒会長です。もっとしっかりするです」

「くぁー! そんなんやったら、やめたるわーい!」

「やめさせないです。永野がしっかりするために、みんな推薦したからです」

「くっそ、覚えとけよ! みんながビビるくらいの最強の生徒会長になってやっからよぉ!」

 私は泣きながら、昇降口に行った。


 2


「えっと、担任の名前は……佐野さの……何て読むのかな。まさる? ゆう? すぐる?」

 私が新クラスの表を見ていると、後ろから幼馴染みのかなでが声をかける。

「おはよ! 貴子たかこ

「はよ。奏」

「また今年も同じクラスじゃん。で、担任はチョーーーー!! がつくくらいのイケメンらしいよ!」

「女の評価だろ? 私ゃ信用しねえな」

「男からも言われてる。つーか、あんたにゃあ関係ねえか」

「何よ。私も女だよ? イケメンは好きだよ。水着ギャルの次にな」

「発言が女子高生じゃねえよ……」

 奏はそう言うと、別の女子の方に行った。

 それを何となく見ながら、私はため息を吐く。

「チョーーーーイケメンなぁ……」

 イケメンには興味がある。

 だけど、私が好きなのは少年漫画に出てくるような硬派な感じ。

 爽やかイケメンには興味がない。

 こう……男の中の男。

 漢! というようなイケメンだったら、ときめくんだけど。

 中々現実にはいない。

「私の春はまだだなぁ」

 そう呟いて、私は教室に向かった。


 3


 副担任は我が県立藁谷町第一高等学校で一番人気の社会科教師・川原さんだった。

 これは勝った。

 川原さんは、所謂男の娘だけど。

 見た目がガチロリなので、もう何だ、ただの天使である。

 語尾に「〜です」という口癖があったり。

 生徒に美味しいケーキを食べさせてもらったり。

 何だろう、存在が凄い。

 二次元だ。

 先日、近くの公園で静かに本を読み、肩にとまった小鳥と話していた。

 メルヘンかな。

「ふふふ、川原さんにラッキースケベし放題や……」

 と、一人で妄想していると、川原さんに出席簿で頭を叩かれた。

 川原さんは赤面しながら「馬鹿なことを考えないです!」と言った。

 とても。

 途轍もなく。

 可愛すぎて、ちょっと股間に響いた。


 4


 始業式が始まる時間になっても、担任の佐野先生は来なかった。

 川原さんが言うには、遅刻らしい。

 遅刻の理由は、遅い時間までバイクのメンテナンスをしていたからとのこと。

 バイクが趣味、という時点で好感度が上がった。

 始業式では、生徒会長から一言というものがあり。

 かったるいけど、やるしかないので。

 私はステージに立った。

「皆さん、今日から新学期です。三年生は残り少ない高校生生活を楽しみましょう。二年生は一年生の手本となるように頑張りましょう」

 と、書いてある文を読んだ後、少しため息を吐く。

「で、私はみんなの手本になるために頑張る予定はない! 私は私で楽しむ! ゆえに! みんな、適度に頑張り! 適度に休もう! 以上だ! ガハハハハッ」

 私は笑って、ステージから降りる。

 校長は笑っていたけど、教頭には少し怒られた。

 内心、舌打ちをして司会者席の方にいると。

 新任教師の紹介が始まった。

 数人の教師がステージに立ち、緊張しながら自己紹介をしていると。

 体育館の後ろから大きなバイクの音を立て「すいやっせーん!」と男の声がした。

 と思ったら、大きなバイクに乗った男が体育館に突っ込んできた。


 5


 男は特攻服の下に黒シャツで紺のスーツを着て、青いネクタイをテキトーに締めていて。

 完全にヤンキーだった。

 ヘルメットを外し、それをバイクのハンドルにかけた。

 ヘルメットを外したことにより、男の顔が見えたけど。

 なるほど、これはイケメンだ。

 金髪混じりの茶髪で、三白眼で金眼。

 ザ・漢! というような太くて凛々しい眉(色は黒)で。

 両耳には安全ピンが刺さっていた。

 男は少し走りながら、特攻服を脱いで、ステージに立つ。

「っと、俺かな? 次」

 男がそう言うと、校長は頷いた。

 それを見て、男は頷き「マジ、すみません」とマイクの傍に行く。

「俺は佐野優ゆう。にんべんに左、野原の野。優しいで優だ。大学生の時も、若干だが族にいた。髪の色は染めてるけど、目の色は生まれつき。渾名あだなは兄貴。全員、先公も含め兄貴と呼んでくれよな!」

 佐野先生――否、兄貴はそう言うとマイクから離れた。

 周りがザワザワしている中。

 私はときめいていた。

 完全に理想。

 特攻服で登場した辺りから、ときめいていたが。

「絶対、嫁になりたい。極道じゃん……。極妻だよ、夢の!」

 しゃ! と、私は全力でガッツポーズをした。


 6


「改めて、俺は佐野優。教科は社会。現社だな」

 始業式が終わり、教室に戻って。

 兄貴は改めて、自己紹介をする。

「大学に入学するまで、実家の広島にいた。だから、こっちに来てまだ日が浅い。方言が出ちまったら、悪いな」

「センセ!」

 私は兄貴を真っ直ぐ見て言う。

「質問、良いっすか?」

「はあ゛ん? 良いけど」

 えっと、と兄貴は出席簿を見る。

「永野貴子? あー、生徒会長か。何だ?」

「センセって、好きな人の体型ってどんなの? やっぱりボンキュッボン?」

「お前は馬鹿なのか? セクハラじゃねえか、完全に」

「いーじゃん! 教えてよ!」

「はぁ……。まあ、そりゃあボンキュッボンだが、バランスの取れた体型というかスタイルが一番だな。だから、俺はロリ巨乳は好きじゃない」

「あー、ね! めっちゃわかる! 後で、エロ本を持っていくから、どの子が一番か指差すのやろうよ!」

「何で女子高生がエロ本を持っとるんじゃ」

 馬鹿か、と兄貴は笑った。

 私と兄貴の会話を聞いた、他のクラスメイトも色々質問をした。

 それで知ったけど、兄貴はどうやら伝説を何個か残した人物だということ。

 益々気に入った。

 これは完全に極道だ。

 私は、どの女子、男子よりも兄貴に好かれ。

 いずれ結婚し、極妻になることを決意した。


 7


 下校時間になり、私は帰り支度をしていた。

 部活がある生徒は部活に行き。

 アルバイトがある生徒はアルバイト先に向かった。

 私はどちらもないから、ゆっくり本屋でエロ本でも見ようかな、と考えていた。

 すると、前黒板の方で兄貴が私に声をかけてきた。

 驚いて「何?」と訊くと、兄貴は「ああ、いや」と言う。

「お前、生徒会長だろ? ちょっと付き合ってくんね?」

「な、何! JKと付き合おうって!? グヘヘ、考えてることはみんな一緒やなぁ」

「そういう意味じゃねえよ、馬鹿。校内案内をしてくれ、てこと」

「あー、ね! そゆこと」

 良いよ、と私は荷物を持って兄貴の方に行く。

「腕、組んであげよっか?」

「結構だ。あと、エロ本もな」

「えー? 私のような大っきいおっぱい持っとる女子高生はそんなにいないぞ? ほれ、触りたくなるだろー」

「ならん。なぜ、昔迷子になって困っていたところを助けた女の子の胸を触らねばならんのだ」

「ほへ? 迷子? 助けた?」

「覚えてないなら、それは良いんだ。お前、あの時ちっちゃかったからな。四つくらいじゃねえか?」

「え? えー、と」

 私は兄貴の隣を歩きながら昔の記憶を辿る。

「あ、思い出した! パツキン兄ちゃん! あれ、兄貴だったの!?」

「声、でけえよ。貴子ちゃん」

「わ、久しぶりにそう呼ばれた。ときめきポイント爆発しそう」

「何じゃそりゃ」

 やれやれ、と言うように兄貴は私を見る。

「始業式で見て、もしかしてとは思ったが。こんなとこで再会するとはな」

「運命っしょ。ね、兄貴って極道の家でしょ? 私、極妻になりたいから結婚してよ」

「極道の家じゃねえし、たとえそうでもお前を嫁になんか取らん」

「ぬぇー。良いじゃん。花嫁修業してんだよ? 私」

「んなことより、お前は常識を学べ」

「それは兄貴の現社から学ぶもーん」

 ね? と、兄貴を見ると、兄貴はため息を吐く。

「仕方がないな。ちゃんと学べよ?」

「ぃやったー! これで、いつか兄貴に惚れてもらうんだぁ」

「俺は女子高生には興味ねえよ」

「女子高生終わったら、チャンスある?」

「さあな」

 兄貴はそう言うと、私の頭を軽く撫でる。

「それはお前次第だ。貴子」

「……ぜってえ、好きになってもらうわ」

 私はそう言って、背伸びをして兄貴にデコピンをする。

「覚悟してろよ」

「ん。してる」

 ニコッと兄貴は笑った。

 その笑顔に、私はときめいてしまった。

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