第6話
翌日の日曜日は家具の調達に過ごした。ふたつのベッド、居間のソファー、衣服を収納するドレッサー、ダイニングテーブルと椅子を注文した。週末には運ばれる予定だ。
「家具を買うのははじめてだけど、結構高価なのね。でも真新しい家具で楽しみだわ」
「今のアパートの家具はどうしたの?」
「前のテナントが家賃の支払を滞っていたので、家主が訴えて家具を押さえてしまったらしいの。全部揃っていて引越しは楽だったわ」
前庭と裏庭の芝生を刈るための芝刈り機を買わなければ、と中畑がシアーズ・ローバックの店に立ち寄り、手押しの芝刈り機を買った。当時の中型車のトランクは広くて深く、芝刈り機が入った大きなボックスを収納することができた。
アパートに帰ると非番のルームメイトがもどっていた。夕食をいっしょしようと四人でラッシュストリートから近いイタリアンに向かう。
歩きながら、「ボーイフレンドと話をしたの?」と中畑が尋ねると、
「喜んで、両手を広げて抱きついてきたわ。これからはもうトップレス・バーに出かけるような無駄遣いはしない、と真面目な顔付きだったわよ」
「それはよかった。この週末に中古車を買いに空港の傍に出かける。君のボーイフレンドはカーキチだよね。立ち会ってくれるだろうか?」
「それは素敵。わたしもいっしょするわ。ちょっと待ってて」といって近くの公衆電話に駆け寄る。
電話を済ませたルームメイトが、「よろこんで立ち会うそうよ。お役に立てるのが嬉しい」
中古車を探す日がきた。土曜日なのでルームメイトとジミーも乗せて郊外の中古車ディーラーに向かった。借家からものの数分の地にあるそのディーラーには先に着いたルームメイトのボーイフレンドが待っていた。同じ業界だからかディーラーの社員とも顔なじみのようでセールスマンと思しきふたりと立ち話をしている。
ボーイフレンドはあらかじめ伝えてあった価格帯の三台を選び出してくれてあった。フードを開けて、エンジンのスタート音に耳を傾けている。
三台のエンジン音を聞き終えたボーイフレンドがグレーのGM製のノバを指さす。
「前のオーナーは乱暴な運転をしなかったようでこの車のエンジンは回転がスムーズだ。外装がグレーで地味だが、ノバは大量に売られている大衆車だから部品もすぐ手に入り修理も容易だ。お薦めするよ」
「ちょっと近辺を試運転してもよいかね?」中畑がセールスマンに尋ねる。
「アア、いいよ」といって運転席のドアーを開ける。中畑はサラに向かってルームメイトのボーイフレンドに添乗してもらって試運転するように促す。
車が道路に出ると、そのセールスマンが、「あんたは日本人だそうだね。近くこちらに移ってくるあの商社の社員かね」と握手を求めてきた。
「そうだ。どこで知ったのですか?」
「地元の新聞に載っていた。日本企業は社員を大切にするとかで、地元では期待されているのさ」
「あんたがその責任者かね?」もうひとりのセールスマンが尋ねる。
「そうだ。ご近所付き合いをよろしく」とそのセールスマンとも握手をする。
試運転からノバがもどってきた。
「運転し易いわ」とサラが降りてくる。ルームメイトのボーイフレンドもいいんじゃないかな、と頷く。
そのノバを買って車は借家のガレージに納めた。ちょうど家具が搬入されるのと同時であった。ルームメイトが家具を撫でながら、「サラ、まっさらな家具。羨ましいな」
ボーイフレンドが中畑の新車のグラナダを見て、オイルを交換したかと尋ねる。
買ったばかりでオイル交換はまだだ、と告げると、ルームメイトが世話になっているお礼にガソリンスタンドで無料でオイル交換をしてあげるという。新車に搭載されたエンジンには工場での機械加工の切り屑が残っている可能性があるので、定期検査を待たずに交換した方が無難だと解説してくれた。
この男ならば一生を託してもいいのではないか、と中畑がルームメイトの耳元で囁く。
家と車の手配が終わったふたりはいよいよサラの就職先探しに移った。米国では日曜日の新聞は通常の数倍の厚さで、数ページの求人欄も含まれている。
その求人欄を丹念に目で追っていたサラが、エルク・グローブ・ヴィレッジにあるサービスマーチャンダイズ社の配送センターが社員を募集していることを見付けた。
配送センターで入出荷の作業にあたる職で、経験を問わずとある。同社はカタログを見た消費者が注文する当時では通信販売の最大手で、インターネットが出現する前の時代には繁盛していた。現在のアマゾンの前身とも呼べる。商品の大半は生活必需品や装飾品など小型のもので女性でも務まると添え書きがある。
「いいんじゃないかな。賃金は安いだろうが、先ず就業の実績を積むことが肝心だし、大手企業だから健康保険が手に入るのが魅力だ」
「企業年金もあるわ。四〇一Kとあるけどこれが年金みたいね」
「最近広まり始めた制度で、雇用主もマッチングをするはずだ」
「二パーセントのマッチングとあるわ。入社後半年すれば加入資格が取れるとある」
「早い方がよい。履歴書を作ろう。それに高校の卒業証書と初級簿記の修了証書を添付すればよい。事務職の可能性もあるかもしれない。卒業証書はここにある?」
サラがベッドの下のスーツケースから証書を取り出した。
「履歴書の照会先に僕の名を記載して置けばよい。近所に新設する企業に知り合いを持つ者ならば身元を云々されることもないんじゃないかな。中古車のセールスマンの話では、事務所の開設が地元の新聞に大きく報道されたらしい」
「トップレス・バーを前職に書くわけにはいかないしね。あなたの名を借りることにするわ」
「明日は新事務所の内装の下検分に出かけることになっているから好都合だ。サービスマーチャンダイズに立ち寄ろう」
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