第228話 立つ鳥あとをにごす
あの後、七重塔最上階に大型モニターとソファー、テーブルを設置した。
それだけじゃなく、バーカウンターも作成して飲み物も充実させたのだ。これで快適さは完璧である。ははは。
どうせ、観戦をするなら本格的に快適空間をと思ってな。
モニターには金髪サラサラヘアーの兄弟が映っている。二人とも見目麗しいので画面映えするねえ。うんうん。
なんだか懐かしのテレビ番組を観ているようで楽しくなってきた。
おっと、うかれていてはいけない。ちゃんと動くか、いや、動かせるか確かめておかないと。
俺が二人へ指示を送るために準備したのはヘッドセットだ。
こいつを使えば、危急の事態に備えることができるってね。
そんなわけで、得意気に机の上に置かれた黒のヘッドセットを手に取る。
ヘッドセットは小さなピンマイクが口元にくるような作りになっていた。
しゃきんとヘッドセットを装着し、ピンマイクの位置を調整……よし。
『あー、あー。マイクのテスト中。聞こえたら手をあげて』
俺の指令に画面の向こうの二人が反応する。
フェリックスはピンと指先まで伸ばして右腕を上にあげた。
一方でマルーブルクは嫌そうに胸の辺りで手首だけ上に持っていく。
『良辰様。わたくしの声は聞こえますか?』
背伸びして手を振るフェリックスだったが、こちらからは彼の後ろ姿しか見えない。画面は動かせるんだけど、建物側からの見下ろしビューになる。
角度は真上から直角までいけるが、建物と反対側を向かれると顔を映せないってわけだ。
『うん。モニターが音を拾っているよ。小さな音だと聞こえないので注意して欲しい』
『ふうん』
マルーブルクは今どの角度から映しているのかを把握できているのか、嫌らしく微笑む顔がバッチリ映っているぞ。
こちらの状況も確認しておこう。
隣で茶色のふさふさした耳をピンと立てじっと画面を見つめるワギャンへ声をかける。
「リュティエたちはいつごろ到着しそう?」
「早くても日が暮れる頃だ。騎竜の兵士がリュティエたちを見ることはない」
「了解。ありがとう」
お次は尻尾ををピンと立てて、立ったまま画面を眺めているフレイに。
「ガーゴイルはどの辺にいる?」
「現在私が活動しておりますので、藪の中で停止しております」
「魔族の国までガーゴイルを飛ばしたらどれくらいかかるの?」
「そうですね。丸一日あれば、でしょうか」
「分かった。ガーゴイルをずっと稼働させる時はベッドルームを使ってくれ」
「はい。ご指示をお待ちしております」
無表情に頭を下げるフレイだったがら尻尾をパタパタ振っている。
顔に出なくても尻尾に出るとはおもしろい。頑張りますって感じなのかな。
お次はっと。
「ジェレミーはフェリックスの様子を見ていてくれ。普段から彼に接しているジェレミーなら彼の些細な違いも見逃さないだろうから」
「承知いたしました。お任せください」
ジェレミーがフレデリックと同じように上品な礼を行う。
この礼は公国の礼儀作法なのだろうか。二人とも毎回完璧に同じ動作をトレースしている。お辞儀一つでも修練を積んでいるのだろうなあ。
俺には厳しい社会だ。貴族界隈も楽ではない。
最後に。俺の隣にいる艷のある長い髪を伸ばしたスレンダーな少女に顔を向ける。
「タイタニアは俺と一緒に状況を見てほしい。俺は兵士のことがまるでわからないから知ってることがあれば都度教えて欲しい」
「うん!」
タイタニアは胸の前で両手を握り、大きく頷く。
「じゃあ、みんなマルーブルクとフェスを観よう」
『パネエッス』
話は終わったので、二人の様子を観戦するのだ。
『パネエッス!』
何か耳がキンキンする。肩が妙に重たい。
肩に乗るサイズじゃあないだろ。俺の頭より大きいんだぞ……。
「まだ兵士は来ないみたいだな。もうすぐか」
「フジィ。ハトさんが肩から落ちそうだよ」
『パネエッス! 餌が欲しいっす!』
ハトのことを無視してたのにい。タイタニアが触れてしまった。
仕方ない。このままだと煩いし……。
憮然とした顔でタブレットを出し、餌を注文する。今回はなんとかミールとかいう幼虫だ。なかなかに怖気が走る。
では、ポチッと。
決定をタップすると、このフロアに置いた宝箱からゴトリと音が響く。
「取ってくるね」
「いや、僕が行こう」
音がしたことに気がついたタイタニアとワギャンが言葉を交わす。
ワギャンが歩き出すと、ハトも彼の後ろによちよちとついて行った。
やれやれ……ハトはワギャンを乗せて空から偵察できる貴重な存在であることは確かだ。
だけど、遊ばせとくとマイペース過ぎて面倒なんだよねえ。お腹がすくと煩いし。
カラスも食べ物には煩いことから、喋る鳥類はみんな食欲には貪欲なのかもしれない。習性なら仕方ない……のか?
いやいや、少しは我慢しろよ!
ハトはカラスと違って食事回数も多いわけだしさ。
「来たね、フジィ」
頭を抱えたところでタイタニアが俺の名を呼んだ。
モニターを指差す彼女に従い、画面を覗き込む……お、おお。
騎竜がマルーブルクの前で止まったぞ。
騎竜はダチョウの足を短くして顔と首が鱗に覆われた鳥とトカゲの中間といった動物である。
クラウスやタイタニアによると、馬より遅く体力は無いが、悪路に強く山道や傾斜の緩い崖さえも平気なんだという。
『マルーブルク、フェス。二人とも俺が魔法で作った敷地から出ないようにしてくれよ。俺の敷地は石畳にしておいたから』
インカム越しに伝えると、二人はコクリと頷く。同じような仕草だったから、やっぱり兄弟なんだなあとか的外れな感想を抱いてしまった。
二人の立っている場所は七重塔を背にクリスタルパレスの方を向いている。
彼らは我が土地である石畳の際に立ち、騎竜に乗った兵士三名と対峙していた。
マルーブルクらから見て五メートルほどまできた兵士は騎竜を止め、慌てた様子で下馬ならぬ下竜する。
三名の兵士は並んで進みマルーブルクたちから一メートルくらいの距離まで近寄ってきた。
続けて彼らはその場でしゃきっと背筋を伸ばす。
「フェリックス様、マルーブルク様へ敬礼!」
中央にいる兵士がこれでもかというほどに声を張り上げ、三人揃って敬礼を行う。
「何用だい?」
マルーブルクが少し迷惑そうに前髪に指先を当て、兵士達に応じる。
そこでいけしゃあしゃあと言ってのけるマルーブルクは大物過ぎるだろ。
「無礼を承知で申し上げます。突如出現した神の住まわすような御殿に公爵様だけでなく、臣民全てが驚愕しております」
「そうだろうね。それでここまで見に来たってわけかな」
「おっしゃる通りです。マルーブルク様が神々しいこの御殿を建造されたのですか?」
「いやいや。まさかそんな。そうだね。姉様」
飄々と対応していたマルーブルクはここでフェリックスへ話を振る。
フェリックスは彼とは対照的に緊張した面持ちでギュッと拳を握りしめながら口を開く。
「エルンスト兄さまへ導師様が参りましたとお伝え頂けませんでしょうか?」
「ど、導師様ですか! 導師様が降臨されたとでも!」
叫ぶ中央の兵士。脇を固める二人の兵士もあまりの驚きから顎が開きっぱなしになっていた。
「詳しくはエルンスト兄さまご自身か、使者の方にお話しいたします。導師様は慈悲深きお方です。クリスタルパレスに害を成すおつもりはございません」
「光の雨を降らせたりなどは行わないと言う事でしょうか……」
「はい。わたくしとマルーブルクがこうしてここに立っていることが証明となりませんでしょうか?」
「りょ、了解いたしました。一度、戻り、公爵様とエルンスト様にお伝えいたします」
「よろしくおねがいいたしますわ」
ペコリとフェリックスがお辞儀をすると、兵士達は恐縮したように敬礼を返す。
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