第224話 好きな人

 ほどなくしてリュティエら獣人の戦士たちが到着する。

 そのまま夕飯となったわけだが、グラーフの門の外で大宴会となったんだ。彼らの数は全部で52名。これにリュティエ、アイシャ、マッスルブを加え55名となる。

 これだけの人数が先行した俺たちも含めて食事をするわけだから、そらもう盛大なものとなった。

 煮炊きは薪や炭で行うから、俺としてはキャンプにでもきた気分だ。

 フェリックスにリュティエたちを紹介してから、彼らも宴会に加わる。

 街の人たちも呼んだらどうかとジェレミーに相談したところ、「事が終わったらお願いします」と謝辞された。

 そうだな、うん。

 作戦が終わって戻ってきたら、街の人と祝杯をあげよう。それまで彼らとの食事を取っておいた方が、その時の喜びもひとしおだろう。


 戦士たちは我が土地の外で食事を取っているけど、俺はもちろん敷地の中に引きこもっている。

 俺からみんなに、ということでゴミ箱と缶ビール、オレンジジュースを提供した。

 ちゃんとゴミをゴミ箱に捨ててくれているようで、さっきからひっきりなしに「おいちい」の音声が聞こえてくる。


 俺は今、芝生の上にあぐらをかき、アイシャ、マッスルブと食事を囲んでいた。

 フレイは「ガーゴイルの操作がある」とプレハブの中で食事をとっていて、他のみんなはそれぞれ戦士たちと一緒になど思い思いの場所で食事をとっている。


「おいしいみゅ」

「お、おう」


 オレンジジュースのついでにふとウサギならニンジン好きかなと冗談で出してみたら、そのままアイシャが齧り出してしまった。

 ニンジン葉っぱまで食べるもんだから驚いてしまった……。


「食糧は充分用意しているぶー。フジシマも沢山食べるといいぶー」

「ありがとう」


 マッスルブから、骨つき肉をいただき塩をパラパラと振りかけてかぶりつく。

 お、おお。

 豚というか牛というかそんな肉だった。悪くはない。


「そういや、ジルバは来てないのかな」

「ジルバは家畜……特にクーシーを見てもらわないといけないんだぶー。アイシャ以外だとジルバが一番ぶー」

「そういうことかあ」

「そういうことぶー」


 喋りながらも食べるのを止めないマッスルブは相変わらずだった。

 そんな彼の様子にくすりとくる。


「ふじちま君。ニンジンおいしかったみゅ」

「まだ出せるけど、あ、セロリ試してみる?」

「みゅ、そろそろお腹いっぱいみゅ」

「じゃあ、道中で食べてくれ」


 セロリ、ブロッコリー、カリフラワー、ニンジンを出し、紙袋に入れてアイシャに手渡す。

 しっかし、マッスルブはよく食べるなあ。アルコールを飲まないアイシャが手持ち無沙汰になってしまっている。

 あ、そうだ。

 

「アイシャ、ティンパニって子のこと知ってる?」

「ピンクがかった灰色の毛の子かみゅ?」


 毛並みのことを言われても、俺は会ったこともないんだぞ。


「たぶん、ワギャンやジルバと近い年齢の子だと思うんだけど、ティンパニって名前の子は他にいないのかな」

「うん。コボルトの女の子みゅ。ワギャンのことが大好きなの」

「ワギャンはティンパニが自分を好きなことを知っているの?」

「番になっていないと思うみゅ」

「へえへえへえ。むふう」


 いいのお。若いっていいのお。

 思わず変な声が出てしまった。

 ワギャンたらあ、もう。両想いじゃないかよお。ワギャンの口ぶりから、まさかまだお付き合いしていないとは思わなかったよ。

 変な事を言わなくてよかった。

 

「ふじちま君」

「う、うお」


 むふむふしていたら、いつのまにか背後に回ったアイシャが俺の肩を揺する。


「変な声出しているから何か喉に詰まったのかと思ったみゅ」

「も、問題ない。それより、当たって……」

「食べ物に当たったのかみゅ?」

「いや、何でもない。あ」

「みゅ?」


 異世界に来て以来、こうゆっさゆっさしている女の子はアイシャだけなんだよな。

 だからどうだってことはないが、この距離感は慣れない。

 おっと、マッスルブもいるんだった。このまま聞いちゃあまずいよな。

 振り返り、アイシャの耳元に口を寄せる。

 

「アイシャの好きな人って?」

「みゅうう!」


 あ、首元が真っ赤になっちゃった。

 こいつは分かりやすい。誰だあ、誰だあ。

 良いですのお。良いですのお。初々しい。

 

「どうかしたのかぶー?」


 マッスルブがくちゃくちゃさせながら俺たちへ目を向ける。

 

「ふじちま君が変な事言うから」

「どんなことぶー?」

「す、好きな人がいるのとか……」

「ジルバがどうしたぶー?」

「え、ええええ! な、何で知っているみゅ!」

「見たらすぐ分かるぶー」


 な、何だと。俺は全く気が付かなかったぞ。

 マッスルブ、恐ろしい子。食のこと以外何も考えていないと思っていたが、意外なところで聡かったのか。

 

「ジルバはどう思っているんだろうな」


 しまった。つい失言してしまった。

 これはさすがにデリカシーが無さ過ぎる。

 しかし、意外にも二人はさほど気にした様子もなく、彼のことを語り出した。


「ジルバは複雑ぶー。自分が声を失ったことを気にしているぶー」

「でもとっても優しいんだみゅ。ジルバの心の傷が癒えるまでもう少し時間がかかるみゅ」


 ジルバは自分が喋れないことに負い目でも感じているのだろうか。

 喋れなくとも彼の意思は充分俺に伝わって来るし、何より彼は狩りも上手いとワギャンから聞く。

 だから、恋をすることに対しても自分はその資格がないとか思っていたりする?

 それは違うと言いたいところだが、俺が口を出すところじゃないよな。

 彼の事情も分からないし、二人の言葉から察するにジルバは徐々にではあるが前を向き始めていると思う。

 そっと彼が踏み出せることを見まもる他ない。

 

「ジルバは病とか怪我で喉をやられたのかな?」

「喉を火傷して、九死に一生を得たんだみゅ」

「そうだったのか、でも生きていてくれて本当に良かった。ジルバという友人に出会えたんだから」


 喉を火傷するとか、どんなことをしたらそうなるのか想像もつかねえ。

 熱風か何かを吸い込んだ? この世界なら龍のブレスとかもあるし……怖え、やっぱり異世界は怖い。

 やはり、我が敷地の中に引きこもることこそ至上。そういえば、俺、最初に埋葬で外に出て以来、敷地の外に出ていないな。

 今後も出る気はないけどね。

 

「ふじちま。まだ食べていたのか」


 挨拶周りでもしていたのかな?

 ワギャンが缶ビール片手に右手をあげる。


「ワギャン、いや、俺はもう缶ビールだけだよ。食べているのはマッスルブだけだ」

「マッスルブは相変わらずだな。いくらでも食べる」

「そうだな。でもいいじゃないか。幸せそうに食べるんだから」

「違いない。僕も彼の食べる姿は好きだ」

「あたしもみゅ」

 

 アイシャも話に加わり、三人で声をあげて笑う。


「おかわりをとってくるぶー。ワギャンもフジシマのも取ってくるぶー」

「いや、俺はもうお腹一杯だよ」

「僕もだ」

「そうかぶー」


 最後に残った骨をバリバリと噛み砕き、ごっくんしたマッスルブは、焼けた肉をとりに行くのだった。

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